「ビジネスモデル特許」あれこれ

  はじめに
 1990年代後半からいわゆる「ビジネスモデル特許」が注目を浴びるようになってきた。
 これはパーソナルコンピュータや携帯電話器等の改良・開発、インターネット等、いわゆる情報化社会の社会的基盤の整備が非常に速く進行していることに対応するものである。情報技術(IT)を駆使した新しいビジネス手法の開発、提案、それにともなう「ビジネスモデル特許」の出願の急増となったのである。
 情報化社会の進展の下で、情報技術を駆使したビジネス手法に関する特許出願の増加は今後も予想されるところであり、また、この分野での新しいビジネスの展開が21世紀初頭における日本の経済、国民経済の発展にとって重要性を持つであろうことには疑いの余地がない。
 このような中で、特許庁は、ビジネス関連発明を含むコンピュータ・ソフトウェア関連発明の審査基準の改訂をはじめ、「ビジネス方法の特許」に関する対応方針を公表して、審査基準の明確化を図り、このような発明の保護と利用の促進を図ろうとしている。
 本書は、審査基準の改訂(案)を要約して紹介しながら「ビジネスモデル特許」を解説し、少なくとも、「純粋なビジネス手法にすぎないものに対しても特許が与えられるのではないか?」、「従来から行われてきたビジネス手法が第三者に特許権取得されることによって実施できなくなるのではないか?」等々の誤解、混乱の解消を図り、併せて、「ビジネスモデル特許」の出願、その実施、権利行使などにあたって、いかなる事項に留意すべきであるか簡明に指摘することを試みたものである。

  目次
 
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  1.「ビジネスモデル特許」とは
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 1998年7月に米国連邦巡回裁判所(CAFC)において、「ビジネス方法(この事件の場合は、経済法則を利用した投資信託に関するコンピュータシステムに関する発明であった。)」に関する発明であっても特許になり得るとの判決がなされた(ステートストリート事件)ことを契機として、この数年、ビジネス方法に関する特許が注目を受けるようになってきた。
 このビジネス方法に関する特許に関しては、明確な定義がされているわけではなく、ビジネスの方法をコンピュータやインターネット等の情報機器、情報技術を用いて実現させている発明、特許の全般に対して「ビジネスモデル特許」というような呼び方がなされている。
 (注)「ビジネスモデル特許」、「ビジネス特許」、「ビジネス方法の特許」、「ビジネスメソッド特許」「ビジネス関連発明」など種々の表現が用いられているが、ここでは、「ビジネスモデル特許」という表現に統一する。
 ビジネスモデル特許という言葉から、「ビジネスの手法・やり方そのもの、ビジネス上のアイディアそのものに特許が認められるようになったのですか?」、「今までの『特許』、『実用新案』、『意匠』、『商標』とは全く別個の、新しい概念としての『ビジネスモデル特許』というものが認められるようになったのですか?」等々の問い合わせがあるが、これはマスコミ等からの不正確な報道、情報に基づく誤解である。
 ビジネスモデル特許と呼ばれる、ビジネス方法をコンピュータ等のハードウェアを用いて実現している発明については、従来からソフトウェア関連発明として特許が認められていたものであって、これまでの特許とは全く異なる概念の「ビジネスモデル特許」なるものが認められるようになったのではない。
 コンピュータ等のハードウェアを用いてビジネス方法を実現している特許としては、例えば、1985年12月に特許出願され、1996年12月に登録された、株等の有価証券に対する自動化された売買市場を形成させるための営業システムに係る発明である「有価証券用複合データ処理システム」(特許第2587615号)、1997年10月に出願され、1999年3月に登録された、広告を見て資料請求してくる顧客の氏名、住所等の情報を自動的に集計し、その分析結果を広告主へ配信するシステムに係る発明である「顧客情報収集システム」(特許第2897127号)などがある。
 また、従来から特許で保護されることのなかった「人為的取決め」にすぎないビジネスの手法・やり方そのもの、ビジネス上のアイディアそのものに特許が認められないのはこれまでと同様である。
 しかし、情報技術の発達により、ビジネスの手法、ビジネス上のアイディアをコンピュータやインターネット等のネットワークを介して実現する事例が多くなっている。特に、これまで特許制度との関係がそれほど多くなかった広告、流通、金融、サービス産業的な分野において、他社がまだ採用していない新しいビジネス手法、ビジネス上のアイディアを、ネットワーク、コンピュータを介して実現させる事例すら多数登場してきており、情報機器・情報技術を用いて実現される新しいビジネス手法、ビジネス上のアイディアを、特許によって効果的に保護しておくことは、今後の企業活動、新しいビジネスの展開にとって大きな意味を持つようになっている。


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  2.「ビジネスモデル特許」として保護される発明とは
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 ビジネスの手法・やり方、ビジネス上のアイディアを、コンピュータやインターネット等のネットワークを介して実現する発明であるビジネスモデル特許は、従前から、ソフトウェア関連発明として保護されてきたところである。
 しかし、近年急激に注目されてきたものであり、また、これまで特許制度との関わりが比較的少なかった、いわゆるサービス産業の部門において特に注目されるものであるため、いかなるものがビジネスモデル特許として保護され得るのか混乱が生じていたところである。
 そこで、特許庁は、コンピュータ・ソフトウェア関連発明の審査基準を改訂すると共に、ビジネス関連発明に関する記述の明確化を図るべく、平成12年10月20日付で「コンピュータ・ソフトウェア関連発明の審査基準改訂(案)」を特許庁ホームページ(現アドレス http://www.jpo.go./jp)に掲載して公衆からの意見を求めると共に、この「審査基準改訂(案)」の理解に資することを目的として、「ビジネス方法の特許に関するQ&A」を公表した。
 以下、この「審査基準改訂(案)」、「ビジネス方法の特許に関するQ&A」を参考に、「ビジネスモデル特許」として保護される発明について説明する。


 特許法上の発明
 ビジネスモデル特許であれ、いかなる技術分野の特許であれ、まず、特許法上の発明に該当しなければ、特許権による保護を受けることはできない。
 特許法は、発明を「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」と定義しており、ここで、特に問題になるのは、「自然法則を利用した技術的思想の創作」という部分である。
 「水は高きから低きに流れる」等の「自然法則」を「利用」していなければならないので、「経済法則」、「(ゲームのルールそれ自体のような)人為的取決め」、「人間の精神的活動、あるいはこれのみを利用しているもの(例えば、ビジネスを行う方法それ自体)」、等は特許で保護される特許法上の発明たり得ない。
 ここで、ソフトウェア関連発明に関しては、従来から、コンピュータ等のハードウェアを用いて処理されるものであり、単にコンピュータを利用したという程度ではなく、コンピュータの機能をどのように利用するか(how to)まで記載されていれば、「自然法則を利用した技術的思想の創作」に該当するとされ、このように表現されている発明であれば、前述した「有価証券用複合データ処理システム」のようなビジネス方法に関する発明にも特許が認められてきたところである。
 また、ソフトウェア自体では特許法上の発明として保護を受けることはできないが、CD−ROM等の記憶媒体に記憶された状態のソフトウェアについては、特許法上の発明に該当するとして保護されてきており、この点、ネットワークを介して流通する、すなわちCD?ROM等の記憶媒体を介さない、ソフトウェアの保護に疑問が生じていたところである。
 今般、「コンピュータ・ソフトウェア関連発明の審査基準改訂(案)」によって、ビジネスモデル特許(ソフトウェア関連発明)に関して、特許法上の発明に該当するか否かの具体例がより明確に説明されると共に、「ソフトウェアによる情報処理が、ハードウェア資源を用いて具体的に実現されている場合」には、当該ソフトウェアは、「自然法則を利用した技術的思想の創作に該当する」と明記され、CD?ROM等の記憶媒体に記憶されていない状態のソフトウェアそのものについても特許法上の発明として保護することが明確にされた。
 すなわち、あるビジネス方法を実現するためのソフトウェアがコンピュータに読み込まれることにより、当該ソフトウェアとコンピュータのハード資源(CPU等の演算手段、メモリ等の記憶手段、等)とが協働した具体的手段によって、使用目的(ビジネス方法の実現)に応じた情報の演算または加工が実現され、使用目的(ビジネス方法の実現)に応じた特有の情報処理装置(機械、システム)またはその動作方法が構築される場合、このソフトウェアの発明は、「自然法則を利用した技術的思想の創作」=「発明」に該当すると明記されたのである。
 更に、CD−ROM等の記憶媒体に記憶されていない状態のソフトウェアそのものについても特許法上の発明として保護することが明確にされた。すなわち、「コンピュータに手順A、手順B、手順C、・・・を実行させるためのプログラム」、「コンピュータを手段D、手段E、手段F、・・・として機能させるためのプログラム」、「コンピュータに機能G、機能H、機能I、・・・を実現させるためのプログラム」などのように表現される発明が、物の発明として特許法によって保護されることになる。
 (注)ここでは、「ソフトウェア」は「コンピュータの動作に関するプログラム(コンピュータによる処理に適した命令の順番付けられた列からなるもの)」のことをいう。ただし、「審査基準」の改訂によっても、依然として「プログラムリスト(プログラムの、紙への印刷、画面への表示などによる提示そのもの)」は、「提示される情報の内容にのみ特徴を有するものであって、情報の提示を主たる目的とするもの」であるので、「自然法則を利用した技術的思想の創作」に該当せず、特許では保護されない。
 なお、コンピュータを利用したビジネス方法であっても、その本質が「人為的取決め」、「人間の精神的活動、あるいはこれのみを利用しているもの」に過ぎない場合には、「自然法則を利用した技術的思想の創作」=「発明」に該当せず、特許では保護されない。
 特許法上の発明として成立するか否かに関して、特許庁のホームページでは、「製造時刻が異なっていても、同じ種類の商品は同じ陳列棚に置かれ、しかも製造時刻が異なっていても同一価格で販売されるので、新鮮嗜好の消費者が製造時刻の新しい商品を購入してしまうと、古い商品が売れ残ってしまい、商店経営者側の損失になる」という問題点を解決するべく提案された「商品の売価決定方法」を仮想事例にして以下のような説明がされている。


 特許法上の発明たり得ない=自然法則を利用していないケース
特許請求の範囲
 商品の製造時に、商品の製造時刻と、該商品の販売期限と、該商品の定価とを示すラベルを当該商品に貼付しておき、商品を販売する時点で、売価を下記の式で決定する商品の売価決定方法。
 売価=f(商品の販売時刻)×商品の定価
 ただし、f(商品の販売時刻)は、単調減少関数であって、0≦f(商品の販売時刻)≦1

[解説]
 この商品の売価決定方法は、ラベルという物品を用いているが、経済法則(需要と供給のバランス)乃至人為的取決めに基づいているもので、全体として自然法則を利用していないものである。


 特許法上の発明たり得る=自然法則を利用しているケース
特許請求の範囲
 商品に貼付された、商品の製造時刻と、該商品の販売期限と、該商品の定価とを記録した二次元バーコードを読み取る二次元バーコード手段、
 現在の時刻を計算する計時手段、
 売価を計算する演算手段、
 売価を表示する表示手段、
 上記二次元バーコード手段、計時手段、演算手段、表示手段を制御する制御手段
 を備えたレジスターにおける商品の売価計算方法において、
 商品に貼付された二次元バーコードを上記二次元バーコード手段が読み取るステップ、
 上記二次元バーコード手段から出力された情報を上記制御手段が受けとるステップ、
 上記制御手段が上記情報と上記計時手段とによって得られる現在時刻を演算手段に出力するステップ、
 上記演算手段が、下記の式
  売価=f(商品の販売時刻)×商品の定価
  ただし、f(商品の販売時刻)は、単調減少関数であって、0≦f(商品の販売時刻)≦1に基づいて計算し、その計算結果を上記制御手段に出力するステップ、
 上記制御手段が上記計算結果を、上記表示手段によって表示させるステップ、
 を含む、レジスターにおける消費の売価決定方法。

[解説]
 この商品の売価決定方法は、経済法則(需要と供給のバランス)乃至人為的取決めという自然法則を利用していない部分を含むものであるが、売価決定方法(ビジネス方法)を実現するためのソフトウェアがコンピュータに読み込まれることにより、当該ソフトウェアとコンピュータのハード資源(二次元バーコード手段、計時手段、演算手段、表示手段、制御手段)とが協同した具体的手段によって、使用目的(売価決定方法)の実現に応じた情報の演算または加工が実現され、使用目的(売価決定方法)の実現に応じた特有の情報処理方法が構築されるているので、「自然法則を利用した技術的思想の創作」=「発明」に該当する。


 ITを用いていないビジネスモデル
 コンピュータやネットワーク等を用いなくても、「ビジネスの方法・手法」が、「自然法則を利用した技術的思想の創作」として表現されていれば、特許法上の発明として、特許で保護される対象になり得るが、特許庁ホームページ「ビジネス方法の特許に関するQ&A」では、「現状ではIT(情報技術)を利用していないビジネス関連発明のほとんどは、『人為的取決め』に該当すると考えられ、実際には、ITを用いず、かつ、『発明』に該当するビジネス関連発明というのは、想定することが困難です。」と説明されている。

 新規性
 特許出願しようとするビジネスモデルが、特許法上の発明=「自然法則を利用した技術的思想の創作」に該当する場合であっても、これではまだ「土俵」に乗ったに過ぎず、実際に特許権が認められるためには、更なるハードルをクリアーしなければならない。
 その第一は、「新規性」である。「新規性」は、技術を累積的に進歩させることによって産業の発展、公益の増進を図るべく、“新規な発明を社会に公開した者に、その代償として、一定期間独占権(特許権)を付与する”という特許制度の趣旨から要求されるものである。
 「特許出願前に公然と知られていた発明」、「特許出願前に公然と実施されていた発明」、「特許出願前に刊行物・インターネット等において公開されていた発明」は新規性が欠如しているとして、たとえ、特許法上の発明たり得るビジネルモデルであっても特許は認められない(特許法第29条第1項各号)。
 なお、特許出願前における公知の事実は、日本国内だけでなく、世界中を基準としているので、日本国内でまだ実施されていないビジネスモデルであっても、既に、米国に於いて公然と実施されていたビジネスモデルを、日本で特許出願しても、新規性欠如として特許されない。


 データの内容(コンテンツ)のみに特徴がある場合
 「審査基準改定(案)」では、特許請求される発明と公知の引用発明との相違点がデータの内容(コンテンツ)のみである場合には、「特許請求される発明の新規性が肯定的に推認されることはない」とされた。
 従来、新規性の判断に関しては、特許請求される発明と引用発明の構成とを比較し、両者の間に相違点がある場合には、「新規性を有する」と判断され、次に、その相違点は進歩性を認め得る相違点であるのか否か判断されることとされていた。
 しかし、ビジネスモデル特許のようなソフトウェア関連発明に関しては、例えば、「競争馬の成績管理データを格納しているデータ構造Aを処理する成績管理装置」が従来知られており、特許請求する発明が「学生の成績管理データを格納しているデータ構造Aを処理する成績管理装置」である場合、両者の間に、「競争馬の成績管理データ」と「学生の成績管理データ」という「データの内容(コンテンツ)の相違」が存在するのであるが、「データ構造Aを処理する成績管理装置としては何ら変わらない」として、新規性が否定されることになる。


 進歩性
 特許出願しようとするビジネスモデルが、特許法上の発明=「自然法則を利用した技術的思想の創作」に該当し、前述した新規性を備えている場合であっても、特許権が認められるために、次にクリアーしなければならないハードルが「進歩性」である。
 ビジネスモデル特許の場合には、特許出願しようとするビジネスモデルが特許法上の発明に該当するか否か、という問題の次に大きな問題になるのがこの進歩性である。
 特許法においては、その発明の属する技術の分野において通常の知識を有する者が、特許出願の時点で公に知られていた技術に基づき、容易に発明し得た時には、当該発明は進歩性が欠如しており、特許を受けられない、とされている(特許法第29条第2項)。
 ビジネスモデルに関しては、ビジネスに関する側面と、IT(情報技術)に関する側面とがあるため、「その発明の属する技術の分野において通常の知識を有する者」をいかに特定するかが問題になる。
 また、「従来公然と実施されていたビジネスの手法」であっても、それがコンピュータ、インターネット等を介在させて実現されている(すなわち、特許法上の発明に該当する)ように表現されていれば、「従来公然と実施されていたビジネスの手法」(コンピュータやネットワークを介しては実現されていない)とは同一でなくなるので、新規性を備えた発明になる。このようなビジネスモデルに「進歩性」が認められ、特許権が認められ得るのかが問題になる。
 今回、「審査基準改訂(案)」、「ビジネス方法の特許に関するQ&A」では、これらの点に付いての特許庁の見解が明示されている。
 第一点目のビジネスモデルの進歩性の判断における、「その発明の属する技術の分野において通常の知識を有する者」は、当該ビジネス分野(例えば、金融ビジネスならば、金融ビジネス分野)に関する常識と、コンピュータの分野における技術常識との双方を有している者であるとされた。そこで、特許出願されたビジネスモデルに係る発明が進歩性を備えているか否かを判断するにあたっては、「仮に双方の分野の知識を有していたとしても、容易にその発明を成し得なかったか」が問われることになる。
 第二点目に関しては、「人間によって実施されていたことが公知である業務プロセスを、よく知られた方法によって自動化しただけでは、特許とならない。」ことが、日、米、欧の三極特許庁専門家会合で確認されたと公表された。
 すなわち、従来、人間によって実施されていたビジネス手法を、コンピュータ、ネットワークの、よく知られている機能を、そのよく知られている機能の実現形態そのままににして実現させた(自動化させた)だけのビジネスモデルは、日本国で特許権取得すべく日本特許庁へ特許出願した場合であっても、米国、欧州で特許権取得すべく米国特許庁、欧州特許庁へそれぞれ特許出願した場合であっても、いずれも「進歩性欠如」と判断され、特許権は認められない。
 前記の日、米、欧の三極特許庁専門家会合の確認事項を表にすると以下のようになる。

実現しようとするアイディア(ビジネス方法)
   公知である 公知でない
IT(情報技術)による具体化 公知である  ×  △(ケース2)
公知でない  △(ケース1)  △

 上記の表で「△」が付されているケースは、進歩性が認められる可能性のある部分である。

 すなわち、ビジネスモデルに係る発明の進歩性は、その発明を全体としてみて判断されるので(この判断手法は、いかなる技術分野の特許出願に係る発明についても同様である)、ビジネス手法が従来公知のものであっても、このビジネス手法を実現するためのシステムか技術が従来公知のものでなく、当業者が容易に発明できないものであれば、ビジネスモデル全体として進歩性がみとめれられることが有り得る(前記の表のケース1)。また、ビジネス手法を実現するためのシステムか技術が従来公知のものであっても、ビジネス手法そのものが新規・独創的で、当業者が容易に発明できないものであれば、ビジネスモデル全体として進歩性がみとめれられることが有り得る(前記の表のケース2)。
 「審査基準改訂(案)」では、以下の「ポイントサービス方法」が、「人間が行っている業務のシステム化、及び人為的取決め等に基づく設計変更が容易」な事例として示されている。


 特許請求されているビジネスモデルに係る発明の一例
【請求項1】
 インターネット上の店で商品を購入した金額に応じてサービスポイントを与えるサービス方法において、

 贈与するサービスポイントの量と贈与先の名前がインターネットを介してサーバーに入力されるステップ、
 サーバーが、贈与先の名前に基づいて顧客リスト記憶手段に記憶された贈与先の電子メールアドレスを取得するステップ、
 サーバーが、前記贈与するサービスポイントの量を、顧客リスト記憶手段に記憶された贈与先のサービスポイントに加算するステップ、及び
 サーバーが、サービスポイントが贈与されたことを贈与先の電子メールアドレスを用いて電子メールにて贈与先に通知するステップ

とからなるポイントサービス方法。

【請求項4】
 サーバーが、商品名と交換ポイントが対応付けられて記憶された商品リスト記憶手段から、加算後の贈与先のポイント以下の交換ポイントを有する商品名を検索して商品リストのファイルを作製し、当該商品リストのファイルを前記電子メールの添付ファイルとして贈与先に送付することを特徴とする請求項1のサービス方法。


 請求項1、4に係る発明の進歩性を判断する前提となる従来技術として、次の技術のみが用いられたと仮定する。

引用発明(従来公知であった発明)
 店で商品を購入した金額に応じてサービスポイントを与えるサービス方法において、

 贈与するサービスポイントの量と贈与先の名前を指定されたことに応じて、贈与先の名前に基づいて顧客リストに記載されている贈与先の住所を取得するステップ、
 前記贈与するサービスポイントの量を、顧客リストに記載されている贈与先のサービスポイントに加算するステップ、
 及びサービスポイントが贈与されたことを通知する葉書を贈与先の住所に郵送するステップ

とからなるポイントサービス方法。

従来公知のコンピュータ技術
 i)コンピュータ一般の知識
  a.データベースに情報を一括管理し、必要な情報を検索、抽出する。
 ii)インターネットに関する技術知識
  a.ネットワークを介して端末(サーバーを含む)間で通信を行う。
  b.電子メールを用いて意思の疎通を図る。また、必要な情報を電子メールの添付ファイルとして送付する。

請求項1に係る発明の「進歩性」の判断:進歩性なし
 請求項1に係る発明は、「店がインターネット上にあり、サーバー、電子メール、顧客リスト記憶手段といった手段を用いて、引用発明に係る従来公知のサービス方法をシステム化している点」が、引用発明と相違している。
 しかし、引用発明に係る従来公知のサービス方法をインターネット上でシステム化する際に、商取引(特に、ポイントサービス)に関する知識と、コンピュータ技術に関する知識とを有する者が、従来公知のコンピュータ技術、(i)−(a)、(ii)−(a)、(b)を用いて、この請求項1に係る発明に想到することは容易であると認められる。
 すなわち、請求項1に係る発明は、引用発明に係る人間の行っている業務を、コンピュータ技術の技術水準を用いて通常のシステム開発手法によりシステム化したものにすぎないから、当業者が容易に発明できたものであり、進歩性が欠如している

請求項4に係る発明の「進歩性」の判断:進歩性あり
 請求項4に係る発明は、請求項1に係る発明に、「商品名と交換ポイントが対応付けられて記憶された商品リスト記憶手段から、加算後の贈与先のポイント以下の交換ポイントを有する商品名を検索して商品リストのファイルを作製し、当該商品リストのファイルを前記電子メールの添付ファイルとして贈与先に送付する」点が付加されたものであり、この付加された技術は、引用発明、周知技術から導き出すことができないので、当業者が容易に発明できたものではない。


 商業的成功
 従来から商業的成功は、特許請求する発明の進歩性を肯定的に推認するのに役立つ事実として参酌することができる、とされているところである。ビジネスモデル特許に関しては、特に、この商業的成功を、特許請求する発明が進歩性を備えていることの証拠として主張したくなるところである。しかし、従来から、かかる商標的成功は「出願人の主張・立証により、この事実が特許請求する発明の特徴に基づくものであり、販売技術や宣伝等、それ以外の原因によるものでないとの心証が得られた場合に限る。」とされている。

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  3.「ビジネスモデル特許」の審査経過の紹介
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 「特許法上の発明としての成立性」、「新規性」、「進歩性」は特許庁での審査において具体的にどのように判断されているか、事例を紹介する。
 
 ハブ&スポーク特許出願(特表平6−505581号)
 この発明は、1998年7月に米国連邦巡回裁判所(CAFC)において、ビジネス方法に関する発明であっても特許になり得ると判示された事例(ステートストリート事件)で争われた米国特許に対応する日本特許出願である。
 特許庁審査官は、「本件発明に至る上での課題は、A.会社投資法及び証券法に適合し、規模の利益が得られ、かつ国内租税法に有利な取扱を受けるような資金運用方法を開発する。B.前記会計処理及び税金処理を行うための処理をデータ処理により行う。」の2点であると分析した上で、「特許請求の範囲の請求項に規定されている事項が、前記課題を解決するために自然法則を利用するための技術手段を伴うものであるかどうか」検討し、この課題を解決するべくコンピュータに行わせるように採用されている技術的手段は、コンピュータが本来備えている処理機能であるところのデータ処理機能(データ保持手段、軌道手段、データ処理手段)に他ならないと判断した。
 その上で、「請求項1において出願人が発明として提案する内容は、データ処理のためのコンピュータが本来有する機能の一利用形態であって、しかも、その利用形態は、特定の金融サービスに必要な会計及び税務処理についての考察に基づいて定められたものであり、なんら技術的考察を伴うものでないから、これをもって『技術的思想の創作』ということはできない。」として「特許法上の発明に該当しないので特許を受けることができない」との拒絶理由を発した(平成11年9月24日起案)。
 本件発明はコンピュータを利用したビジネス方法ではあるが、その本質が「人為的取決め」、「人間の精神的活動、あるいはこれのみを利用しているもの」に過ぎないので、「自然法則を利用した技術的思想の創作」=「特許法上の発明」に該当しない、と判断されたものと思われる。
 なお、この特許出願は、特許請求の範囲を補正する回答手続がなされ、審査を受けているいるところである。


 婚礼引き出物の贈呈方法(特許第3023658号)
 この発明は、婚礼披露宴当日に披露宴参加者が婚礼の引き出物を持ち帰る必要がないように、引き出物贈呈者が「贈呈者名欄・贈呈者住所欄・数種に群分けして引き出物明細を記入した引き出物グループ欄を有する贈呈リスト」を用いて、贈呈者と贈呈者別の前記グループを特定して引き出物送り届を委託者に委託し、当該委託者が、当該贈呈リストにしたがって、指定された引き出物を、指定された場所に、指定された日に届ける方法に関するものである。この「婚礼引き出物の贈呈方法」を実現するためにIT(情報技術)は使用されていない。
 特許庁の審査においては、「婚礼引き出物の贈呈方法を単に人為的な取決めで行っているに過ぎず、そこにはなんら自然法則を利用しているとは認められない」として、特許法第29条第1項柱書違背の拒絶理由(特許法上の発明に該当しない。)が通知された(平成11年2月9日)。
 これに対して、特許出願人は、「贈呈リストは、『例えば、問題欄・回答欄・学習事項欄等を特定レイアウトした構成によって多数実用新案登録された学習帳』と同様な物理的構成物であり、・・・・自然法則を利用している。」との意見書を提出した(平成11年4月1日)。
 この意見書を受けて、拒絶理由は取り下げられ、特許査定が下されて登録されたものである。
 今回の「審査基準改訂(案)」においては、「商品の製造時刻と、該商品の販売期限と、該商品の定価とを示すラベル」が用いられている「商品の売価決定方法」が、「ラベルという物品を用いているが、この商品の売価決定方法は、経済法則(需要と供給のバランス)乃至人為的取決めに基づいているもので、全体として自然法則を利用していないものである」として例示されているので、今後は、この「婚礼引き出物の贈呈方法」のようなビジネスモデルは、そもそも特許法上の発明に該当しないとして特許を受けることができなくなるものと考えられる。


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  4.特許権が成立した「ビジネスモデル特許」の具体例
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 既に特許が成立している「ビジネスモデル特許」の具体例を紹介する。
 
 広告情報の供給方法及びその登録方法(特許第2756483号)
 インターネットを利用して広告情報を供給する方法に関する発明である。ネットワークに接続可能にされているサーバコンピュータに設けたサイトに広告情報を登録し、当該サイトにアクセスしたクライアントが広告情報を見ることができるようにしたものである。更に、広告情報に関連付けて地図上の位置も登録しておくことにより、広告に対応する商店の位置を知らせたり、地図上の商店の広告の供給を可能ならしめたものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
 コンピュータシステムにより広告情報の供給を行う広告情報の供給方法において、

 広告依頼者に対しては、
 広告情報の入力を促す一方、あらかじめ記憶された地図情報に基づいて地図を表示して、当該地図上において広告対象物の位置指定を促す段階と、
 前記地図上において位置指定された広告対象物の座標を、入力された広告情報と関連付けて逐一記憶する段階とを備える一方、

 広告受給者に対しては、
 前記地図情報に基づく地図を表示すると共に、当該地図上の地点であって、記憶された広告対象物の座標に相当する地点に、図象化した当該広告対象物を表示して、所望する広告対象物の選択を促す段階と、
 選択された広告対象物に関連づけられた広告情報を読みだす段階と、
 読み出された広告情報を、前記広告受給者に対して出力する段階と

を備えることを特徴とする広告情報の供給方法。

[解説]
 広告情報を供給する方法のみでは、特許法上の発明たり得ないが、これをインターネットに接続されているサーバコンピュータの具体的な機能を介して実現することとし、更に、広告情報に関連付けて地図上の位置も登録し、広告に対応する商店の位置を知らせたり、地図上の商店の広告の供給を可能にするという新規なアイディアが、サーバコンピュータの記憶部、処理部などを介して実現されるように表現されたことによって、特許法上の発明に該当するものとされ、更に新規性、進歩性も具備する発明として特許されたものである。
 ただし、「広告受給者に対しては、前記地図情報に基づく地図を表示すると共に、当該地図上の地点であって、記憶された広告対象物の座標に相当する地点に、図象化した当該広告対象物を表示して、所望する広告対象物の選択を促す段階」の表現に関しては、「前記地図情報に基づく地図を表示する」のは、サーバコンピュータにおいて行われるのではなく、「広告受給者」のコンピュータの画像表示手段において行われるものである。すなわち、「サーバコンピュータ」は、「地図情報に基づく地図」に関する情報を、「広告受給者」のコンピュータへネットワークを介して送信する行為を行うのみである。
 そこで、この請求項に係る特許発明の特許権に基づいて権利行使した際に、「侵害者」が、「私の設置しているサーバコンピュータでは、『地図情報に基づく地図に関する情報の送信』は行われているが、『地図情報に基づく地図を表示する』行為は行われていないので、特許権侵害に該当しない」と主張し得る余地があるように考えられる。
 この点、「広告受給者からの要求に応じて、地図情報に基づく地図に関する情報を送信すると共に、当該送信した情報に係る地図上の地点であって、記憶された広告対象物の座標に相当する地点に、図象化した当該広告対象物を表示させる情報と、所望する広告対象物の選択を促す情報を送信する段階」というような表現方法にしておくことも考えられたところである。
 従来の「機械」、「装置」、「物」等に関する特許に関しては判例が積み重ねられてきているが、ビジネスモデル特許に関する特許権侵害、等についての判例はまだないので、権利行使を考えた「特許請求の範囲の記載」を従来以上に慎重に検討しておくことが大切になるであろう。


 「給油所における商品販売システム」(特許第2704543号)
 給油所における売上向上手法に関する発明である。消防法改正により給油所において、燃料以外に飲食物等(非燃料商品)の販売が認められるようになったことに対応して、燃料及び非燃料商品の両方を購入する顧客に対して、一方(例えば、燃料、あるいは非燃料商品)の購入金額に応じて他方の商品(非燃料商品、あるいは燃料)を値引きして販売する手法である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
 店舗に設けた計量機による燃料販売と共に非燃料商品の販売も併せて行う給油所における商品販売システムにおいて、

 顧客の燃料又は非燃料商品のいずれか一方の購入金額を基準買い上げデータとして入力する基準買い上げデータ入力手段と、
 予め一方の購入金額に対応させて他方の購入金額についての値引きデータが記憶されている値引きデータ記憶手段と、
 他方の販売時には、前記基準買い上げデータ入力手段から供給される基準買い上げデータに基づき、前記値引きデータ記憶手段に記憶された値引きデータを用いて顧客に請求する金額を演算する購入金額演算手段と、
 前記購入金額演算手段より演算した購入金額を出力する出力手段と

を設けたことを特徴とする給油所における商品販売システム。

[解説]
 ある商品と、他の商品とをまとめて購入するお客に対して値引き販売するビジネス方法は、特許法上の発明に該当しない。しかし、コンピュータシステムとしてビジネスの手法を表現し、更に、一方の商品の購入金額に対応させて、他方の商品が購入される際の値引き率を決定するデータ処理の概念を導入し、これが実現されるコンピュータシステムとしたので、特許法上の発明に該当するものとされ、更に新規性、進歩性も具備する発明として特許されたものである。
 この発明に係る「給油所における商品販売システム」によれば、燃料の他に非燃料商品を購入する顧客に対して、非燃料商品の値引き額が、燃料の購入金額に対応して自動的に計算され、給油所の店員側の作業付加を減らすことができ、また、顧客の購入意欲を刺激して、給油所の売上の増加を図ることができる。
 この意味で、本件特許は、ビジネスの手法に関する特許、まさに「ビジネスモデル特許」と呼ぶに相応しい発明であろう。


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  5.「ビジネスモデル特許」の活用
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  1)企業のビジネス戦略における「ビジネスモデル特許」
 これまで説明してきたように、「ビジネスモデル特許」といっても、ビジネスの手法、アイディア等を、コンピュータやネットワーク等のIT(情報技術)を介して実現できるように表現しているものであって、その活用方法などに関しては、従来の「機械」、「装置」等に関する特許と基本的に同様である。
 すなわち、ビジネスモデルに関する特許権を取得する基本的な意義、目的は、従来の「機械」、「装置」等に関する特許の場合と同じように、自社の技術の保護・育成、特許権に対する積極的姿勢の表明・自社の技術力のアピール、特許権に基づく独占権の行使(損害賠償請求、差止め請求、等)、他社の特許に対する対策(自社の実施している技術に対する他社からの攻撃への防衛、他社の特許化の阻止、クロスライセンス)、実施許諾によるロイヤリティ収入の獲得などにある。
 しかし、ビジネスモデル特許は従来型のこのような活用方法に止まらず、ビジネスの側面から次のような活用方法が考えられる。
 
 A.新規・独創的なビジネスの先駆者としての姿勢のアピール
 ビジネスモデル特許といっても、従来、人間が行っていた業務を、ただ単にコンピュータやインターネットを介して自動化・実現できるようにしただけでは、「本質的に人為的な取決めに過ぎず、特許法上の発明に該当しない」、「進歩性が欠如している」、等の理由によって特許権を取得することは困難である。今までになかった新しいビジネスの手法、アイディアが要求されるところである。
 この意味で、ビジネスモデル特許の出願を行うということは、そのビジネス分野に於いて、従来存在しなかった新しいビジネス手法、やり方を他社に先駆けて開発、提案しているということにつながるものであり、「ビジネスモデル特許の出願を行っている」という事実を、企業の営業活動等において、新規・独創的なビジネスの先駆者であるとの姿勢を強くアピールする材料に用いることが可能になる。


 B.宣伝、広告(営業上のメリット)
 特許出願した「ビジネスモデル」の要点・ポイントを、ニュースソースとして新聞、雑誌、マスコミなどに提供したり、自社のホームページに掲載して公表することにより、宣伝、広告費用に換算できない効果が生じることがある。
 特に、特許出願は、出願後1年6月経過するまで、その内容が特許庁から公表(出願公開)されないので、特許出願した「ビジネスモデル」の要点・ポイントのみを積極的に公表することによって、同業他社に対する牽制の効果を期待することができる。


 C.知的所有権に対する積極的な姿勢の表明
 特許権を初めとする知的所有権に対する認識が高まっており、特に、この傾向は、企業に資金を投資する投資家の間において顕著である。ビジネスモデル特許出願によって、自社の技術を保護すると共に、他社の知的財産を尊重するという姿勢を示し、健全な法務管理体制を備えていることをアピールすることは、投資家のみならず、一般消費者からの信用を獲得する上でも大切になっている。

 D.新しいビジネスの展開におけるグループ化、ネットワークの構築
 自社が特許出願したビジネスモデルを新しいビジネスの形態として積極的にアピールすることによって、この新しいビジネスの展開に参加、協力してもらえるグループ、ネットワークの構築を進めることが可能である。
 また、ビジネスモデル特許出願を行っている事実を背景に、そのグループ化、ネットワーク作りの中で中心的役割を担うことも可能になる。
 ビジネスモデル特許については、以上のようにビジネスの側面から今までの特許にはない積極的な活用が考えられるので、自社の企業戦略、営業方針を踏まえて、その中で、ビジネスモデルについての特許出願をどのように活用すべきか検討することが大切である。


  2)ビジネスを開始する前、ビジネスモデル特許出願する前の特許調査
 ビジネスモデル特許の出願は急増しているので、現在まだ誰も展開していないビジネスであっても、将来、第三者が当該ビジネスをコンピュータ、ネットワークを介して実現する方法について特許権取得する可能性は否定できない。
 また、ビジネスモデル特許の出願を行ったところで、既に第三者が特許出願済みのものであれば、新規性なし、あるいは進歩性なし、という理由で拒絶され、特許権を取得できなくなる。
 そこで、事前に特許調査を行っておくことが大切になる。
 もちろん、特許出願は、出願後1年6月経過しなければその内容が社会に公表(出願公開)されないので、少なくとも、直近1年6月の間に特許出願されたビジネスモデル特許の内容を把握することはできないが、それ以前に特許出願されている技術動向を把握するだけでも、自社が検討しているビジネスモデルについて、同様な特許出願が既に行われていたかどうか、更に、特許出願して特許権取得できる可能性はどの程度あるのか、一定程度把握することが可能である。
 特に、今日では、特許庁のホームページ・特許電子図書館で無料にて特許出願公開公報の検索を行うことが可能であるので、少なくとも、インターネットを用いて自社が展開しているビジネスに対して、ある日突然、第三者から「特許権侵害に該当する」という警告を受けることがないように、ある程度の先行技術調査、把握を行っておくことが大切であろう。


  3)「ビジネスモデル特許」の活用を考えた「明細書・特許請求の範囲」記載上の注意点
 ビジネスモデル特許に関する特許権侵害等についての判例はまだないので、特許権が成立した後の権利行使において、具体的にどのような問題が生じるかは不明である。
 しかし、ビジネスモデル特許は、ビジネスの側面と、IT(情報技術)の側面とがあり、インターネットや、インターネット上に設置されたサーバコンピュータを用いてビジネス方法を実現している場合が多いので、少なくとも、以下のような問題に注意を払っておく必要がある。
 特許権の侵害に該当する行為であるか否かを論じる際に問題になるものに、「権利一体の原則」というものがある。これによれば、特許請求の範囲の請求項に記載されている発明の構成要件の一部でも欠いている行為は、技術的範囲に属さず、特許権侵害に該当しないということになる。
 例えば、請求項に、インターネットを介して交信可能に接続されているビジネス提供者のサーバコンピュータと、このビジネスを利用するクライアントのパーソナルコンピュータとが登場し、当該サーバコンピュータにおいてa、bなる処理が実施され、クライアントのパーソナルコンピュータにおいてx、yなる処理が実施されることによって全体のビジネス手法が実現されるビジネスモデルについて特許権が成立したとする。
 この時、サーバコンピュータにおいては「a」の処理しか実施されず、クライアントのパーソナルコンピュータにおいて「x、y」の処理がなされて、全体としてビジネス手法が実現される行為を他社が実施したとすれば、この行為は構成要件「b」が欠けている行為であるので、「権利一体の原則」により特許権侵害を構成しない。
 また、「a、b」の処理を行うサーバコンピュータは日本国内に設置されているが、「x、y」の処理を行うクライアントのパーソナルコンピュータは米国に存在している時には、当該サーバコンピュータを日本国内に設置している第三者からは、「特許発明の構成要件の一つである『x、y』の処理を行うクライアントのパーソナルコンピュータが日本国外に存在しているので、日本国の特許権侵害に該当しない」と主張される可能性がある。
 更に、特許権侵害行為は、事業としての実施のみが該当し、個人的な実施は含まれない。そこで、前記のように、「インターネットを介して交信可能に接続されているビジネス提供者のサーバコンピュータと、このビジネスを利用するクライアントのパーソナルコンピュータ」とが登場する場合、特許権者以外の第三者Xが事業としてインターネット上に開設しているサーバコンピュータ(a、bの処理を行う)に、パーソナルコンピュータを個人的に使用してアクセスしたクライアントYが、当該パーソナルコンピュータにてx、yの処理を行ったことにより、全体として特許発明に係るビジネス方法が実施された時に、このYの個人的な実施も含めて特許権侵害であると主張できるのか問題が残る。
 すなわち、ビジネスモデル特許に関しては、誰の、いかなる行為を「特許権侵害行為である」として排除するのか、十分に検討して明細書、特許請求の範囲を準備する必要がある。
 例えば、これらの問題を考えて、サーバコンピュータを中心にし、サーバコンピュータにて実行されている処理、機能のみでビジネス方法を現しておくことによって、権利行使上の問題がより少なくなるような工夫が必要になるであろう。


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  6.むすび
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 ビジネスモデル特許に関しては、特許権侵害等についての判例がまだないので、特許権が成立した後の権利行使において、具体的にどのような問題が生じるかは不明である。
 しかし、今日のようにIT(情報技術)が発展している下では、このITを利用した新しいビジネスの手法、形態が次々に創出されてくるので、この機会を積極的に利用し、新しいビジネスを切り拓く契機として、ビジネスモデル特許を活用することが必要であろう。



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鈴木正次特許事務所