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2022年9月1日号
本号のコンテンツ
☆知財講座☆
■弁理士が教える特許実務Q&A■
(57)数値で裏付けられている発明は「強い特許」なのか?
☆ニューストピックス☆
■特許の出願件数が増加、商標登録件数は大幅増加(特許庁)
■国外サーバーでも特許侵害、ドワンゴが逆転勝訴(知財高裁)
■企業訴訟に特化した「ビジネス・コート」、10月に開設
■注目度の高い論文数、中国が世界1位(科学技術指標2022)
■低炭素技術に関する特許を無償開放(パナソニックHD)
■新型コロナ検査の特許権を無償開放(島津製作所)
◆知的財産権制度説明会(初心者向け)」無料配信(INPIT)
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特許庁は、知的財産に関する国内外の動向などをまとめた「特許行政年次報告書2022年版」を公表しました。
今号では、報告書の中から特許と商標の国内外の出願・登録、審査状況などを紹介します。
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┃知┃財┃基┃礎┃講┃座┃
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■弁理士が教える特許実務Q&A■
(57)数値で裏付けられている発明は「強い特許」なのか?
【質問】
特許請求している発明は、実施例で行った実験で確認できた数値に基づいて範囲を特定しているものです。このような数値範囲で限定されている発明が、いわゆる『強い特許』だと考えてよいのでしょうか?
【回答】
研究論文などでは実験データ等の数値を具体的に示すことが信頼を得る上で必要です。ところが、特許権で保護される発明は技術的思想の創作ですから、抽象的で概念的なものです。そこで、数値で裏付けられている発明が必ずしも「強い特許」と評価されるわけではありません。
<発明は技術的思想の創作>
学会などで発表される研究論文などでは、研究成果を裏付ける数値(例えば、大きさ、温度、濃度、圧力などについての数値データ)を具体的に示すことが評価を高め、信頼を得る上で重要です。
特許出願でも実験によって得られた数値による裏付けは、特許請求している発明に特許が認められるための条件を構成する実施可能要件(特許請求されている発明が当業者によって再現できる程度に十分に明細書に記載されていなければならない)や、サポート要件(特許請求している発明は明細書の記載に支えられていなければならない)を充足する上で重要です。
しかし、数値によって発明を特定すること、すなわち、特許請求する発明を数値限定によって特定することで、特許権の効力が及ぶ範囲が狭くなることがありますので、これを理解しておく必要があります。
例えば、「加熱温度60℃〜70℃で加熱する」等の記載によって特許発明が特定されている場合、第三者が特許発明に係る技術を55℃での加熱によって実施しているならば特許権侵害になりません。
特許法で保護される発明は「自然法則を利用した技術的思想の創作」です。“技術的思想”は、所定の目的を達成するための自然法則を利用した具体的な手段である点で“技術”と一致しています。しかし、“技術”は産業上実際にそのまま利用することができる具体的手段そのものであるのに対して、“技術的思想”は、そのような段階にまで達していない、より抽象的、概念的な、思想(すなわち、抽象的な観念(idea)又は概念(concept))としての手段である点で“技術”と相違しています。
この“技術的思想”に関して特許法概説(第13版)(吉藤幸朔著、熊谷健一補訂(株)有斐閣)では、「発明の本質はその形体の内に存在する無形の観念である。」、「底辺を共通にし一定の高さを有する三角形を思想であると仮定すれば、この思想のもとで形状を異にする多くの三角形を画くことができるが、これらは、思想の形体であるということができる。(竹内賀久治 特許法〔昭13 巌松堂〕)」という説明が行われています。
特許出願では、試験・実験などの検討によって得られた多数のデータに基づいて、普遍的な技術的思想を発明として導き出し、それを特許請求することで、より効力範囲が広い特許権取得を目指します。同業他社の実施行為を特許権侵害であるとして排除できる特許権の効力がより広い範囲で特許取得することが求められますので、数値で裏付けられている発明が必ずしも「強い特許」と評価されるわけではありません。
<実験データに基づいて特許請求する場合の注意>
発明は技術的思想の創作ですから、具体的データに基づいて普遍的な技術的思想を導き出して、より上位の発明概念で特許請求することが望ましいですが、より上位の発明概念で審査を受けるほど先行技術文献の存在を指摘されて進歩性欠如の拒絶理由を受ける可能性が大きくなります。
そこで、「特許請求の範囲」に記載されている請求項で特許請求する発明を、実験例、実施例などで確認できた数値を用いる数値限定で特定したり、請求項1では数値を用いていないより上位の発明概念で特許請求し、請求項1を引用している請求項2などの下位概念の発明を数値限定で特定することがよくあります。例えば、「加熱温度60℃〜70℃で加熱する」等の数値限定によって発明を特定することです。
このような場合、数値限定の臨界的意義※が、明細書に記載されている実験例、実施例によって十分に立証されているならば、この数値限定があることによって、拒絶理由に引用された先行技術文献記載の発明との差異を明確にして新規性・進歩性の存在を主張する上で有利になります。
※上述の例でいえば、「加熱温度60℃〜70℃」の範囲内での複数の実験例・実施例と、この範囲以外での比較例とによって、「60℃〜70℃」の範囲での加熱と、この範囲以外の60℃未満や70℃を越える範囲での加熱とでは発明の目的達成に有意の差が生じることを立証することで「60℃〜70℃」という数値限定の範囲に臨界的意義があることを立証できます。
特許請求する発明を数値限定で特定する場合には、その数値限定に臨界的意義が存在することを立証できるための実験・検討、データ取りが重要になります。
<数値限定を用いて発明が特定されている場合の審査>
数値限定を用いて発明が特定されている場合の新規性・進歩性の判断に関して、特許庁が公表している特許審査基準では「特定の表現を有する請求項等についての取扱い」の項で以下の説明がされています。
https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/tukujitu_kijun/document/index/03_0204.pdf
「数値限定を用いて発明を特定しようとする記載がある場合」
請求項に係る発明の認定
請求項に数値限定を用いて発明を特定しようとする記載がある場合も、通常の場合と同様に請求項に係る発明を認定する(「第 3 節 新規性・進歩性の審査の進め方」の 2.参照)。
進歩性の判断
請求項に数値限定を用いて発明を特定しようとする記載がある場合において、主引用発明との相違点がその数値限定のみにあるときは、通常、その請求項に係る発明は進歩性を有していない。実験的に数値範囲を最適化又は好適化することは、通常、当業者の通常の創作能力の発揮といえるからである。
しかし、請求項に係る発明の引用発明と比較した効果が以下の(i)から(iii)までの全てを満たす場合は、審査官は、そのような数値限定の発明が進歩性を有していると判断する。
(i)その効果が限定された数値の範囲内において奏され、引用発明の示された証拠に開示されていない有利なものであること。
(ii)その効果が引用発明が有する効果とは異質なもの、又は同質であるが際だって優れたものであること(すなわち、有利な効果が顕著性を有していること。)。
(iii) その効果が出願時の技術水準から当業者が予測できたものでないこと。
なお、有利な効果が顕著性を有しているといえるためには、数値範囲内の全ての部分で顕著性があるといえなければならない。
また、請求項に係る発明と主引用発明との相違が数値限定の有無のみで、課題が共通する場合は、いわゆる数値限定の臨界的意義として、有利な効果の顕著性が認められるためには、その数値限定の内と外のそれぞれの効果について、量的に顕著な差異がなければならない。
他方、両者の相違が数値限定の有無のみで、課題が異なり、有利な効果が異質である場合には、数値限定に臨界的意義があることは求められない。
<次号>
「当社の特許権の明細書に記載されている発明を同業他社が無断で実施しているのに『特許権侵害だ、として追及することはできない』と言われてしまいました、どうしてでしょうか?」というご質問に対して次回はお答えします。
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■ニューストピックス■
●特許の出願件数が増加、商標登録は大幅に増加
(特許行政年次報告書2022年版)
特許庁は、「特許行政年次報告書2022年版」を公表しました。特許行政年次報告書は、知的財産制度を取り巻く現状と方向性、国内外の動向と分析について、直近の統計情報、特許庁の取組等について、毎年、特許庁が取りまとめているものです。
https://www.jpo.go.jp/resources/report/nenji/2022/index.html
【特許】
報告書によると、2021年の特許出願件数は前年比728件増の289,200件。特許協力条約に基づく国際出願(PCT国際出願)の件数は49,040件。審査請求件数は前年比6,342件増の238,557件となりました。
外国人による日本への特許出願件数は、66,748件。中国から日本へなされた特許出願件数は依然として増加傾向にあるほか、減少傾向だった米国・欧州からの特許出願件数も増加に転じました。割合は、米国37.5%、欧州31.3%、中国14.0%、韓国8.9%。
特許のFA(ファーストアクション)期間は、10.1か月。早期審査対象案件では、2.7か月。FA期間とは、一次審査通知までの期間で、出願審査請求から審査結果の最初の通知(特許査定又は拒絶理由通知書)が出願人等へ発送されるまでの期間。
特許査定率は、74.8%。特許査定率=特許査定件数/(特許査定件数+拒絶査定件数+ファーストアクション後の取下げ・放棄件数)。
【商標】
2021年の商標出願件数は184,631件。国際商標登録出願件数が前年比12.1%増の20,094件、それ以外の商標登録出願件数が同0.9%増の164,537 件。
2021年の商標審査の一次審査通知の件数(FA件数)は、前年比23.3%増と大幅に増加し、213,224件。商標登録数は20年から約4万件増の174,098件となりました。
商標の平均FA期間は前年の10ヵ月から8ヵ月、商標審査の権利化までの期間は前年の11.2ヵ月から9.6ヵ月にそれぞれ短縮しました。
特許庁では商標審査に関わる調査などで人工知能(AI)を導入したり、外部委託したりすることで効率化を進めてきました。商標審査官も17年から40人ほど増やしています。
●国外サーバーでも特許侵害、ドワンゴが逆転勝訴(知財高裁)
動画配信サービス「ニコニコ動画」などを運営するドワンゴは、同社の保有するコメント表示機能に関する特許権に基づき、FC2などを共同被告として提起した特許権侵害訴訟で、知的財産高等裁判所がFC2などによる特許権侵害を認めたと発表しました。
2018年の東京地裁判決が覆り、ドワンゴ側が逆転勝訴。国境をまたぐインターネットサービスについて、サーバーが国外にあっても日本の特許権の効力が及ぶとの判断が示されました。
ドワンゴは2016年、コメント機能付き動画配信サービス「FC2動画」「ひまわり動画」などにおいて、ドワンゴのコメント表示機能に関する特許権が侵害されているとしてFC2などを相手取って東京地裁に提訴。東京地方裁判所は2018年、ドワンゴの請求を全て棄却しましたが、同社は控訴。
知財高裁での控訴審では、一転してドワンゴの主張を認め、FC2をはじめとする被告側に対して、@1億円の損害賠償請求(一部請求)、AFC2動画におけるコメント表示用プログラムの譲渡等の差止請求、B各サービスにおけるコメント表示用プログラムの抹消請求を認める判決を下しました。
国境を超えたインターネット上で、国外のサーバーを利用して行われる特許権侵害行為について、日本の特許への侵害を問えるのかが争点となりました。
判決では、「サーバーの一部の設備を国外に移転するなどして容易に特許権侵害の責任を免れることを許容するのは著しく正義に反する」としたうえで、「特許発明の実施行為につき、表面上その全ての要素が日本国の領域内で完結するものでなかったとしても、実質的かつ全体的に見ればそれが日本国の領域内で行われたと評価し得るものであるならば、日本の特許権の効力を及ぼし得る」と判断し、ドワンゴ側の請求を認容しました。
●企業訴訟などに特化した「ビジネス・コート」、10月に開設
特許権の侵害や企業買収などビジネスに関する訴訟や手続きを集中的に取り扱う裁判所、通称「ビジネス・コート」が全国で初めて東京に開設され、本年10月から業務を開始します。
「ビジネス・コート」は、特許や商標などを専門的に扱う知的財産高等裁判所と、株主代表訴訟や破産手続きなどを扱う東京地方裁判所の3つの部署がまとめて新庁舎に移転します。複雑化が進む企業間の紛争や最新の科学技術などの専門的な知見が必要なケースなどに対応するため機能を集中するもので、ビジネス分野に特化した裁判所は全国で初めて。
知的財産や経済紛争に詳しい裁判官や調査官に加え、弁理士や公認会計士などの「専門委員」が1か所に集まることで、より専門性の高い審理や迅速な解決につながることが期待されています。
知財高裁は10月11日、東京地裁の知財部、商事部は10月17日から業務を開始します。
●注目度の高い論文数、中国が世界1位(科学技術指標2022)
文部科学省の科学技術・学術政策研究所(NISTEP)は、「科学技術指標2022」を公表しました。報告書は、主要国の科学技術に関する研究活動を論文や特許出願数などから分析したものです。
https://www.nistep.go.jp/archives/52292
報告書によりますと、日本の研究開発費は、17兆6000億円と主要国(日米独仏英中韓の7か国)中、3位を維持。パテントファミリー(2か国以上への特許出願)数では世界1位を維持しました。
一方、日本の自然科学系の学術論文数数は67,688本(1年平均)で4位から5位へ、他の論文に多く引用され、注目度が高いトップ10%補正論文数では10位から12位、トップ1%補正論文数では9位から10位と、いずれも前年度調査から順位を落としました。
Top1%補正論文数では中国が初めて米国を上回り、世界第1位となりました。
博士号取得者数は米国や中国、韓国が2000年代初めに比べて倍増しているのに対し、日本は2006年度をピークに減少傾向が続いています。
●低炭素技術に関する特許を無償開放(パナソニックHD)
パナソニックホールディングス(HD)は、「Low-Carbon Patent Pledge」(LCPP、低炭素特許の無償開放に関する枠組み)に参画したと発表しました。
https://news.panasonic.com/jp/press/jn220823-2
同社では保有する人工光合成にかかわる技術をLCPPのサイトに掲載し、19件の特許を無償開放しました。LCPPは、低炭素技術の社会実装の加速と社会全体での共同イノベーション促進を目的に2021に発足した枠組みです。気候変動に対処するための幅広い技術をカバーしており、電力管理やゼロカーボンエネルギー源の実現、効率的なデータセンターアーキテクチャー、熱管理などの技術が含まれています。LCPPが規定する所定条件の基にロイヤリティフリーのライセンスを提供しています。現在、米マイクロソフトや米メタ(旧Facebook)、中国のアリババなどが参画しています。LCPPへの参画は日本企業では初めてとなります。
今回無償公開した特許は、バイオマスで使われる植物と同程度のエネルギー変換効率を実現した人工光合成技術に関するもので、人工光合成を実現する装置に使用する電極の材料や製造方法などの特許も含まれています。LCPPを介して無償開放することで、人工光合成技術の実用化への開発が促進され、地球環境の改善につながると期待しています。
同社は、低炭素社会の実現に向け、長期環境ビジョン「Panasonic GREEN IMPACT」を発表。2030年までに全事業会社のCO2排出量を実質ゼロにするなどの目標を掲げています。2050年には全世界CO2総排出量の約1%にあたる3億トン以上の削減を目指すとしています。
●新型コロナ検査の特許権を無償開放(島津製作所)
島津製作所は、下水とヒトの2階建てPCR検査システム「京都モデル」の特許について、新型コロナウイルス検査用途での実施権を無償で提供すると発表しました。
https://www.shimadzu.co.jp/news/press/shtncnyzwego6qyd.html
高齢者施設などの下水管の汚水を検査し、ウイルスが確認された場合、施設の利用者全員にPCR検査を行って感染者を特定する仕組み。企業や研究機関などに普及させて、高齢者施設や病院などでクラスター(感染集団)の発生を防ぐ狙いがあります。無償期間は、世界保健機関(WHO)が終結宣言を出すまでとしています。
島津製作所の受託分析子会社である島津テクノリサーチが開発し、これまで京都市を中心に10以上の施設で感染状況のモニタリングに有効であることを確認。2022年2月に感染症検査方法、感染症管理システムとして、8月に検査方法及び試料キットとして特許取得しています。
対象特許:第7031957号(感染症検査方法)、第7118370号(検査方法及び試料採集キット)など
●2022年度知的財産権制度説明会(初心者向け)無料配信(INPIT)
独立行政法人工業所有権情報・研修館(INPIT)は、「2022年度知的財産権制度説明会(初心者向け)」を現在、無料でオンライン配信しています。
https://www.inpit.go.jp/setsumeikai/index.html
本説明会は、初心者を対象に知的財産権制度の概要や各種支援策等をわかりやすく説明しています。また、実際の企業での活用事例・トラブル事例、知的財産権活用の効果など、ビジネスに役立つ情報も紹介しています。
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発行元 : 鈴木正次特許事務所
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