希釈化により出所表示機能が消滅したとされた事例

  永年に亘って、他人のデッドコピーを放置した為、周知の形態がダイリューション(希釈化)により、その出所表示機能が消滅したとされた事例
(東京高裁 平成10年(ネ)第2942号、平成12年2月24日判決言渡)
 
1.事件の概要
 世界的に周知の形態のエレキギター(以下「商品1」という)を日本国内で10数社が、デッドコピーをして20年以上に亘り、夫々に自己の社名を記載した下げ札を付けて製造、販売していて、この間商品1の製造・販売者から何らの対抗措置は採られなかった(以下「放任状態」という)。また上記10数社の内には当該真正品の輸入販売の代理店であったものもある。原告が不正行為差止、損害賠償を請求したが、1、2審とも結論は同じだが、理由が異なった。

2.原判決
 原判決は、東京地裁平成5年(ワ)第19613号である。原判決は「多数の模倣品が各製造会社の商品表示を付されて製造販売される状態が長期間継続した結果として、原告商品1の形態はダイリューション起こし、需要者の間において、特定の商品の出所を表示するものとしてではなく、エレキギターの形態におけるいわば1つの標準型として定着するに至っていた。このような形態は原告の創作的形態とはいえない」ことを理由として、その周知商品表示性を認めることはできないと判示した。そこで原判決を不服として原告が控訴したものである。

3.控訴人の主張の要点
(1)製品形態の周知商品表示について
 商品1の形態は、少なくとも昭和48年に、同形態の自他商品の識別力が発生した。コピー品製造販売会社に警告等の対抗措置を採らなかったことは事実だが、このことが商品1の形態の周知商品表示性を喪失させる事情となるものではない。

(2)ダイリューション(希釈化)について
 原判決にいうこの様な意味での「標準型としての認識」が需要者に定着している事実は無い。そもそも模倣品の氾濫によって商品1の形態の標準化が起こるということはあり得ない。

(3)混同のおそれについて
 被控訴人は、セールスポイントとして精巧に模倣したデッドコピーを売り物にしているので、需要者は控訴人と「何らかの関連」があると認識するので、混同のおそれがある。

(4)不法行為(予備的請求原因)について
 控訴人は、品質維持と、良品の供給及び人気演奏家の支持を取り付けるなど、商業広告に勝るとも劣らない強力な「宣伝」を続けてきたので、法的保護の利益があり保護に値し、他人の周知の形態のデッドコピーは不法行為を構成する。

 控訴人が対抗措置を執るのが遅れたことを根拠に、法的保護に値する利益を侵害するものとは評価できないとする原判決は維持できない。


4.被控訴人の主張の要点
(1)周知商品表示性について
 演奏家が商品1を使用して演奏している雑誌の写真などからは、どこの会社の何という商品であるかは、明確に認識できるものではないので出所表示機能はない。商品1については、周知性獲得の要件である原判決のいう「長期的かつ独占的」、「短期間であっても強力な宣伝」が行なわれていない。そもそも、商品の形態は、本来、出所表示機能を有するものではないので、安易に出所表示機能を認定すべきではない。日本国内の一社の商品1の模倣品がヒットして売れたので、これを多くの会社が同じ形態の製造に参入した結果、商品1の形態が標準化して生き残ったにすぎない。

(2)ダイリューション(希釈化)について
 商品1の形態が、特定の出所を表示するものとして、機能していない。「放任状態」なので、商品形態を見ただけで、出所を識別することは不可能な状況である。

(3)混同のおそれについて
 広義の混同を問題にすることはできない。「放任状態」なので、類似製品の製造者の総てが、控訴人と何らかの関係があるとは需要者は到底考えない。

(4)不法行為(予備的請求原因)について
 形態のオリジナリティは市場の認識(事実)であって、法的利益ではない。


5.控訴審の判断
(1)製品の形態の周知商品表示性について
 1937年頃から、エレキギターの製造販売を始め、1945年から始まったアメリカでの該ギターの需要増大と共に、「レス・ポール」モデルと呼ばれる商品1が、世界的に著名な多くのロックバンド奏者に使用され、演奏家及びファンの間で、著名な名器としての地位を確立し、商品1の独特の形態と色彩の美しさで、形態も周知著名になった。

(2)ダイリューション(希釈化)について
 日本にも輸入販売されていたが、昭和43年ごろ著名な名器としての地位を確立し、控訴人の商品であることを示す表示として周知になったものと認められる。然し、一旦獲得された商品1の形態の出所表示性は、遅くとも平成5年(提訴時)より前までには,次の事実経過により既に消滅したものというほかないとした。商品1が、出所表示性を獲得した前後の頃から、現在に至るまで「放任状態」で、類似形態の商品が市場に出回り続けてきたという事実があり、しかも平成5年までは、控訴人からは何らの対抗措置も採られていない。需要者にとって、商品形態を見ただけでは当該商品の出所を識別することは不可能な状況にあり、需要者が商品形態により特定の出所を想起することもありえないといわざるを得ない。

(3)不法行為(予備的請求原因)について
 「放任行為」も、模倣行為を黙認、さらには容認していると評価を許す要素を有し、模倣者の内の数社は日本国内の代理店として商品1の製品の販売をしているので、不法行為としての違法性を帯びない。

 以上の理由により判決は、控訴人の請求は理由がないとした。


6.まとめ
 原審では、「放任状態」で類似形態の商品が市場に出回り続けてきたという事実があるため、エレキギターの形態におけるいわば1つの標準型として定着するに至り、創作的形態といえないとして、商品1の出所表示機能を否定している。
 控訴審では、原判決と結論は同じだが、理由が異なり、一旦獲得された出所表示機能は、「放任状態」により、特定の出所表示をするものとし機能なくなっているので、商品1の出所表示機能は消滅してしまったとしている。商品1の形態は周知著名であったが、小さな外国企業であり、日本国内での警告、禁止の対抗措置を長期にわたり採らなかった事情が重なって、周知の形態がダイリューション(希釈化)により出所表示機能が消滅したと判断された例である。
以上


〔戻る〕
鈴木正次特許事務所