不正競争防止法の改正について(営業秘密侵害罪)

解説 不正競争防止法の改正について(営業秘密侵害罪)
 
1. 
 第171回通常国会において、営業秘密侵害罪の構成要件の見直し等を内容とする「不正競争防止法の一部を改正する法律」が可決・成立し、平成21年4月30日に法律第30号として公布された。公布の日から1年6月を超えない期間内において政令で定める日から施行される。近時の改正は、平成15年、17年と今回と、頻繁に改正がなされている。前回の改正については、詳細な解説本が既に出版されているので、それに依られたい。ここでは、今回の改正内容の概略について解説する。

2.〔改正前における問題点〕
 改正前の営業秘密侵害罪については、 @ 「不正競争の目的」が目的要件であったため、競争関係を前提としない加害目的や外国政府等を利する目的等による営業秘密の不正な使用・開示等がその対象とならないから、 A 営業秘密の不正な使用・開示が中心的な処罰対象行為として捉えられていたから、企業の内部管理体制上の痕跡から営業秘密が不正に持ち出された事実が明らかであったとしても、その使用・開示は当該企業の外部で秘密裏に行なわれるためにその立証が困難であり、被害企業は泣き寝入りを余儀なくされている、等の問題点が存在していた。

3.〔改正の概要〕
@ 現行法の「不正競争の目的で」という目的要件を「不正の利益を得る目的で、又はその保有者に損害を加える目的で」に改正する(改正法21条1項各号)
A 詐欺等行為または管理侵害行為による営業秘密の不正な取得を、その方法を如何に関わらず刑事罰に対処応とする(改正法21条1項1号)。
B 従業者等が営業秘密の管理に係る任務に背いて一定方法により営業秘密領得する行為を、新たに刑事罰の対象とする(改正法21条1項3号)。
C 不正取得・領特後の不正な使用・開示に対する刑事罰。
D その他、営業秘密記録媒体等の定義の変更や「営業秘密が化体された物件」を新たに追加する(改正法21条1項3号イ)。

4.以下に順次説明する。
@ について(目的要件の変更)
 現行法の「不正競争の目的で」という主観的要件の目的要件では、報酬欲しさに保有者と競争関係になるとは言えない者が、嫌がらせの目的でホームページに掲載する行為のような、社員が顧客情報を不正持出しをし不正の利益を得たり、保有者に多大な損害を生じさせたりするような目的をもってなされた侵害行為が処罰対象にはならず、問題とされていた。改正後は「不正の利益を得る目的で、又はその保有者に損害を加える目的で詐欺等行為又は管理侵害行為により、営業秘密を取得した者」と改正され、不正な利益を得る目的で非競業者に営業秘密を開示する行為や、単に営業秘密の保有者に損害を加える目的で、営業秘密を電子掲示板に書き込む行為は処罰対象となる。現行法の処罰範囲の過度の限定といった批判は、解消された。

A について(営業秘密の不正取得の可罰範囲の拡大)
 改正前の営業秘密侵害罪は、営業秘密の不正取得について、詐欺等行為又は管理侵害行為により、(1)保有者の管理に係る営業秘密記録媒体等の取得、又は(2)保有者の管理に係る営業秘密記録媒体等の記載又は記録の複製の作成、のいずれかの方法による場合に限って刑事罰の対象としており、それ以外の方法による場合には、不正な使用・開示の段階に至って始めて処罰の対象としていた(現行法21条1項1号)。改正法においては、営業秘密の不正取得行為について、使用又は開示に供する目的を問わずかつ、方法の限定をなくし、図利加害目的で詐欺等行為又は管理侵害行為によってなされた営業秘密の不正取得一般を刑事罰の対象とした。

B について(保有者から示された営業秘密の領得行為への刑事罰の新設)
 改正前の営業秘密侵害罪は、従業者や取引先等の「営業秘密を保有者から示された者」については、営業秘密を不正に持ち出すなどした段階では対象とせず、不正な使用・開示の段階に至って始めてその対象としていた(現行法21条1項3号)。改正法においては、処罰範囲の明確性の観点から一定の方法による営業秘密の領得に処罰対象を限定した上で、営業秘密を保有者から示された者が、営業秘密の管理に係る任務に背き、図利加害目的をもって営業秘密を領得する項について、新たな営業秘密侵害罪の対象とすることとした(改正法21条1項3号)。「営業秘密を保有者から示された者」が保有者との「記録媒体等の管理に係る任務」をたとえ負っていないとしても、雇用契約等による一般的な「営業秘密の管理に係る任務」に背いて記録媒体等を横領し或いは営業秘密を複製することは、刑事罰で抑制すべきと考えられる。そこで、「営業秘密記録媒体等の記載又は記録であって、消去すべきものを消去せず、かつ、当該記載又は記録を消去したように仮装する」行為を営業秘密の領得の方法として加えることとした。

C について(不正取得・領得後の不正な使用・開示に対する刑事罰)
 現行法21条1項1号及び3号における不正な使用・開示は、その使用・開示時点のみならず、不正取得の時点及び営業記録媒体等の複製の作成等の時点に於いても目的要件(不正競争の目的)が必要とされている。しかし、不正取得・領得した営業秘密を、図利加害目的をもって使用・開示する行為は、詐欺等行為又は管理侵害行為或いは営業秘密の管理に係る任務に背く行為等の不正行為によって営業秘密を自己の支配下に置く行為が起点となっており、例えその時点で図利加害目的を有していなかったとしても、自らが作出した不正な状況を奇貨として、図利加害目的をもってその営業秘密を使用・開示するものであり、これを営業秘密侵害罪としないことは妥当でないと考えられた。不正な使用・開示も不正取得・領得とは別個に刑事罰の対象とすべきと考えられたことから、不正取得・領得後の使用・開示も、独立して刑事罰の対象とすることとした(改正法21条1項2号・4号)。営業秘密を領得した時点では図利加害目的を有していなくとも、使用又は開示の時点で図利加害目的を有していれば、これを刑事罰の対象とすることとした。

D その他の改正点としては、(1)営業秘密が、紙媒体や磁気テープ、フィルム等以外の有体物(ホワイトボード)に記録されている場合についても刑事罰の対象となることを明確にするため、「営業秘密記録媒体等」の定義を「営業秘密が記載され、又は記録された文書、図画又は記録媒体」に変更された。

第4 考察
 改正後の残る問題としては、営業秘密侵害罪を含め刑事罰裁判手続きにおいて、憲法上の「公開裁判を受ける権利」との関係で、裁判の審理過程において、保有者は再び法益侵害を受ける可能性がある。民亊手続きでは公開停止措置(特許105条の7等)が採られるが、刑事手続きには係る規定は設けられていない。営業秘密の適切な保護のための刑事裁判手続きの在り方が論議される。
 以上、今後の実務上の参考となると思われるので紹介した。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '10/03/08