特許侵害差止等請求権不存在確認等請求事件

解説 競争関係にある第三者の取引先に対し特許権を侵害する旨の文書を送付した行為が、不正競争防止法2条1項14号にあたるとされた事例
(東京地裁 特許侵害差止等請求権不存在確認等請求事件
 平成16年(ワ)第13248号 平成17年10月25日、口頭弁論終結)
 
1.事案の概要
 原告は、エスカレーター及び歩く歩道用のハンドレール並びにハンドレール用広告フィルムの輸入、製造、販売及び保守管理サービス等を業とする株式会社である。被告は、エスカレーター用広告製品を製造販売する中華人民共和国香港の法人であるボイジャー社(以下「ボイジャー」という。)の日本における総代理店である。ボイジャー社は「動く手すり」という名称の発明(以下「本件特許」という。請求項が10個ある)の特許権者である。本件は、原告が、原告の行為は本件特許権を侵害しないとして、被告が本件特許権に基づく差止め請求、損害賠償請求権及び不当利得請求権の何れも有しないことの確認を求めると共に、競争関係にある第三者の取引先に対し特許権を侵害する旨の文書を送付した行為が不正競争防止法2条1項14号に当たるとし、同法3号に基づく告知又は流布行為の差止め、損害賠償及び謝罪広告を求めたものである。

2.裁判所の判断(判決)
@  原告による別紙物件目録記載の製品の輸入、製造、販売又は使用につき、被告が特許第2813608号の特許権の専用実施権及び通常実施権に基づく差止請求権、損害賠償請求権及び不当利得返還請求権をいずれも有しないことを確認する。
A  被告は、原告が輸入、製造、販売又は使用する別紙物件目録記載の製品が特許第2813608号の特許権を侵害するとの事実を告知し、又は流布してはならない。
B  被告は、原告に対し、金3000万円及びこれに対する平成16年6月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
C  被告は朝日新聞、読売新聞、毎日新聞、日本経済新聞及び産経新聞の各朝刊全国版の社会面広告欄に、別紙謝罪広告目録1記載の広告文を同目録記載の条件で各1回ずつ掲載せよ。
D  原告のその余の請求を棄却する。

(1)  本判決は、判決文の中で本件特許の技術的範囲を確定し、原告製品が本件特許の技術的範囲に属しないから、原告製品の輸入、製造、販売又は使用については、差止請求権を有しないと判断した。
 原告のハンドレールは、本件特許発明の技術的範囲に属しないから、原告製品又は原告ハンドレールは本件特許を侵害するものである旨若しくは侵害するおそれがある旨の被告文書の告知内容は、虚偽と言わざるを得ない。
(2)  もっとも、このような場合であっても、特許権者等による告知行為が、告知した相手方自身に対する特許権の正当な権利行使の一環としてなされたものであると認められる場合には、違法性が阻却されると解するのが相当である。他方、その告知行為が特許権者の権利行使の一環としての外形をとりながらも、競業者の信用を毀損して特許権者が市場において優位に立つことを目的とし、内容ないし態様において社会通念上著しく不相当であるなど、権利行使の範囲を逸脱するものと認められる場合には違法性は阻却されず、不正競争法2条1項14号所定の不正競争行為に該当すると解すべきである。
(3)  本件においては、
@ 原告のハンドレールは、本件特許の技術的範囲に属さないことを自認しているにも拘らず、被告文書では、その点について一切触れずに、漠然と原告製品が本件特許を侵害するおそれがあることを告知していること、
A 被告は、原告と競争関係にあるボイジャー社の日本における総代理店であり、且つ本件特許の専用実施権者であるところ、ボイジャーは、原告の取引先であるビデオプロモーションに対し、原告製品が本件特許を侵害する旨のボイジャー文書1を送付した直後、原告が原告回答1において、原告製品が本件特許を侵害するものでない旨を詳細に説明した上で以後同様の書面を原告の顧客らに対して送付しないように警告したにもかかわらず、ビデオプロモーションに対し、再度、原告商品が本件特許を侵害する旨のボイジャー文書2を送付したこと、被告文書は、ボイジャーによるこのような一連の文書送付行為の最中、ボイジャー文書2とほぼ時期を同じくする同月17日に送付されていること、
B 被告が被告文書をビデオプロモーションに送付する際、被告は、ボイジャーから、原告及びビデオプロモーションが日本国内で原告製品の販売の準備をしており、本件特許権を侵害するおそれがある旨説明を受け、また、本件特許の登録手続きをした弁理士の意見も同様であったと自ら主張していること、上記弁理士は、分離前相被告であったボイジャー社の訴訟代理人を努めた上で辞任したA弁理士であること、
C 被告は、原告に対しても、ビデオプロモーションに対しても、訴訟等の法的手続きを採らなかったこと、
D ボイジャーのボイジャー文書1ないし3の送付行為については、当裁判所が既に不正競争防止法2条1項14号所定の不正競争行為に該当するとの判決を言渡していること、などの以上の事実が認められる。

(4)  これらの事実に本件に現れた諸般の事情を総合的に考慮すると、被告が、原告の取引先であるビデオプロモーションに被告文書を送付した行為は、ボイジャーがビデオプロモーションやDHLに対しボイジャー文書を送付した行為と相俟って、その告知行為が特許権者の権利行使の一環としての外形をとりながらも、競業者の信用を毀損して特許権者が市場において優位に立つことを目的とし、その態様も社会通念上不相当であって、権利行使の範囲を逸脱するものと言うべきであるから、違法性は阻却されず、競争関係にある原告の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知又は流布する行為に当たると言うべきである。
(5)  被告によるビデオプロモーションに対する被告文書の送付行為について、少なくとも過失があったとの評価を免れることはできない。被告は、不正競争行為に当たる自らの被告文書の送付行為によって原告が被った損害を賠償すべきである。

3.考察
  特許権者が、その権利を行使する場合においても、社会通念上相当と認められる態様であることが求められることを示した事例である。特許権は、社会経済上の必要性に基づき、法律が創設した権利であるから、当然の事としてその内在的な制約を伴うものである。その不適正な行使は、その態様によっては、不正競争防止法上の虚偽の風説の流布に該当し、損害賠償義務を生じ、さらに信用回復の措置として、謝罪広告をする義務を生ずることがあることを示した事例である。要するに、特許権者の正当な権利行使と、正当と認められない権利行使とを峻別し、違法性の境界例を示した判決である。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '06/8/23