掲示板に書いた文章の著作物性

  ホームページ上の掲示板に書いた文章は著作物たり得るか
(東京地裁平成14年4月15日判決、平成13年(ワ)22066事件)
 
1.事案の概要
 本件は、ホームページ上の掲示板に文章を書き込んだ原告らが、同文章の一部を複製(転載)して書籍を作成し、これを出版等した被告らに対し、被告らの同行為は、上記文章について原告らの有する著作権を侵害するとして、上記書籍の出版等の差し止め及び損害賠償金の支払い等を求めた事案である。

2.争点
(1)原告各記述は原告らによって記載されたか。
(2)原告各記述部分には、著作物性があるか。
(3)被告には、著作権侵害について過失があるか。
(4)被告らは、本件書籍を作成し出版し、頒布するに当り、原告らの承諾を受けたか。
(5)損害額はいくらか。


3.裁判所の判断
争点(1)について
(原告各記述は原告らによって記載されたか。)

 甲第11号証の1乃至11及び弁論の全趣旨によれば、原告記述1は原告Aが、原告記述2は原告Bが、原告記述3は原告Cが、原告記述4は原告Dが、原告記述5は原告E……がそれぞれ書き込みをしたものであることが認められ、これに反する証拠はない。

争点(2)について
(原告各記述部分には著作物性があるか。)

イ)保護の対象となる著作物
 著作権法による保護の対象となる著作物は、「思想又は感情を創作的に表現したものである」ことが必要である。

ロ)争いのない事実等
 a.被告Xが、一般のホテル利用者が、ホテル選びをする際に、自分の判断でホテル選びができることを目的として、有益な情報を提供する事業を行っている。その事業の一つとして、「ホテルジャンキーズ」という名称のホームページを設置・管理して、その中に「サロン・ドゥ・ホテル・ジャンキーズ」という名称で本件掲示板を運営している。本件掲示板の閲覧及び投稿は自出であり、他人の投稿に対し返信投稿することも可能である。また、質問と回答も自由に書き込むことができ、有用な情報の交換がなされる。
 b.原告らの各記述は、このような趣旨で運営されている掲示板に書き込まれた投稿文章である。原告らは旅行の愛好者として、際に旅行した国内又は海外のホテルを利用した経験に基づいて、旅行計画その他について質問に回答し、ホテル、レストラン等の情報に関する事項、評価、感想等多様の情報が書き込まれている。

ハ)上記についての判断
 原告各記述部分は、その表現及び内容に照らして、後記の原告各記述部分を除いたその余の部分については、筆者の個性が発揮されたものとして、「思想又は感情を創作的に表現したもの」といえるから、著作物性が認められるが、言語の作品について、情報として価値があるか否かは、思想及び感情の創作的表現であるか否かの判断に影響を与えるものということはできない。
 また、被告らは、匿名であるから、自ら書き込んだ文章に責任を負うものでないからその文章について著作権を認める合理性がないと主張するが、匿名の著作物の公表であっても、著作物性を否定するに妨げにならないことは著作権法上明らかであるから、これに反する主張は失当である。
 但し、原告らの記載のうち、文章が比較的短く、表現方法に創意工夫をする余地のないもの、ただ単に事実を紹介したもの、具体的表現が極めてありふれたものなどは、筆者の個性が発揮されていないから、創作性は否定すべきである。

争点(3)、争点(4)について
(被告Yには、著作権侵害について過失があるか。被告らは、本件書籍を作成し、出版し、頒布するに当り、原告らの承諾を受けたか。原告らの請求は権利濫用に当たるか。)

 イ)被告Yは、被告Xから「他人の著作権その他の権利を侵害しないことを保証する」との保証を得ていること、原告らは掲示板の書き込みにハンドルネームのみ表記しているだけで実名を記載していなかったため、原告の承諾の有無を調査することは極めて困難であることから、被告Yには著作権侵害について過失がないとの主張については、次のように判断された。
 ロ)前記被告Yは、被告Xから保証を得ていても、転載の承諾について調査・確認すべき義務を免れるものではない。また、被告Yは、被告Xから転載の承諾を得たことを示す資料の提供を求めるなどして原告らの許諾の有無を確認することは可能である。従って、被告Yに著作権侵害の過失がないとはいえない。
 ハ)被告Xは、掲示板への書き込みについて内容に関し著作物性を主張しないという暗黙の了解があったと主張するが、本件全証拠によっても承諾があったことを伺わせる事実を認めることはできないから、被告Xの主張は失当である。
 ニ)被告Xは、原告らは本件掲示板を無料で閲覧して情報を得ていながら、自己の書き込みをした文章について著作権を行使するのは権利の濫用であっで許されないと主張する。然し乍ら被告らが、原告らの著作物を、原告らに無許諾で複製出版したことについて、原告らが著作権に基づく請求をすることが権利の濫用に当たり許されないということは到底できないので、被告らの主張は失当である。

争点(5)について
 イ)本件書籍の本体価格は648円で、印刷部数は17,000部で販売部数は11,500部と推測すると、総販売額は1,100万円(印刷)〜745万円(販売)で、本書籍の総頁数は388頁である。
 ロ)本件書籍の著作権の対価は、文章部分110万1600円、イラストその他31万1505円である。
 ハ)各原告記述は、夫々全体の何%かを算出し、前記総販売額から必要著作権料等を差し引いた残部に、原告らの%を乗じて各原告の著作権料を算出した。
 ニ)原告らは、訴訟依頼による弁護士費用は各原告について5万円が相当である。
 従って、原告らの損害額は、前記著作権料と弁護士費用の和に相当するとされた。

 前記損害額の支払いの他、被告Yについては、その所有する本件書籍並びにこれに関する印刷用紙型、亜鉛版、印刷用原版の破棄を認めた。


4.考察
 本件事案は、ホームページ上の掲示板に文章を書き込んだ者を原告とし、ホームページの提供者と前記文章をもとにした書籍発行者を被告としたものである。
 従って、前記書き込みを単に利用するだけならば誰でも無料でできて、何等の問題はなかった。また、前記ホームページの書き込みを利用するについても、単なる事実の紹介ならば何等問題はなかった。被告の行為中、侵害とされたのは、事実の報告でない部分について(感想など)、また発想の工夫された部分について著作物と認定されたので、問題となった。
 前記における被告Yは、被告Xから著作権上何等問題はないとの保証を得ているが、その保証が単なる被告Xの保証であって、原告の許諾を得ているという保証ではなかったので、被告Yにも過失があるとされた。従って、被告Yには原告らに対し、損害を賠償する責任があるとされたこと自体は判決の通りである。然し被告Yは、前記保証について被告Xに前記被告Yの支払の全部又は一部について負担させることは可能であろう(いうまでもなく本件判決とは無関係)。
 前記の判決によれば、被告Yについては調査努力不十分の為に過失は免れないとされた。
以上


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鈴木正次特許事務所