著作権侵害差止等請求控訴事件(「自炊代行」差止等請求控訴事件)

解説  いわゆる「自炊」と言われる行為を代行するサービスが、「私的複製」に当たるかどうかが争点となった著作権侵害差止等請求控訴事件において、こうしたサービスが「私的複製」に当たらないとされた事例
(知的財産高等裁判所 平成25年(ネ)第10089号 平成26年10月22日判決言渡)
 
第1 事案の概要
 控訴人(被告)は、顧客(利用者)から電子ファイル化の依頼があった書籍について、著作権者の許諾を受けることなく、本件サービス((1) 利用者が控訴人に書籍の電子ファイル化を申し込む、(2) 利用者は控訴人に書籍を送付する、(3) 控訴人は書籍をスキャンしやすいように裁断する、(4) 控訴人は裁断した書籍を控訴人が管理するスキャナーで読み込み電子ファイル化する、(5) 完成した電子ファイルを利用者がインターネットにより電子ファイルのままダウンロードするか又はDVD等の媒体に記録されたものとして受領する)を行っている。小説家、漫画家又は漫画原作者である被控訴人(原告)が、控訴人が注文を受けた書籍には、被控訴人らが著作権を有する作品が多数含まれている蓋然性が高く、今後注文を受ける書籍にも含まれる蓋然性が高いから、被控訴人らの著作権(複製権)が侵害されるおそれがあるなどと主張し、(1) 著作権法112条1項に基づく差止請求として、控訴人に対し、第三者から委託を受けて原告作品が印刷された書籍を電子的方法により複製することの禁止を求めるとともに、(2) 不法行為に基づく損害賠償を請求した。
 原判決は、控訴人の行為は被控訴人らの著作権を侵害するおそれがあり、著作権法30条1項の私的使用のための複製の抗弁も理由がなく、同控訴人に対する差止めの必要性を否定する事情も見当たらないとして差止請求を認容するとともに、損害賠償請求も認容した。控訴人がこれを不服として控訴した。

第2 争点
 (1)著作権法112条1項に基づく差止請求の成否(争点1)
  ア 控訴人による複製行為の有無(争点1−1)
  イ 著作権法30条1項の適用の可否(争点1−2)
  ウ 差止めの必要性(争点1−3)
 (2)不法行為に基づく損害賠償請求の成否及び損害額(争点2)

 争点1−1、1−2についてのみ解説する。

第3 主な争点
 本件各控訴をいずれも棄却する。控訴費用は控訴人らの負担とする。

第4 裁判所の判断
(1)控訴人による複製行為の有無(争点1−1)
 「著作者は、その著作物を複製する権利を専有する。」(著作権法21条)ところ、「複製」とは、著作物を「印刷、写真、複写、録音、録画その他の方法により有形的に再製すること」である(同法2条1項15号)。複製行為の主体とは、複製の意思をもって自ら複製行為を行う者をいうと解される。
 スキャナーで読み込み電子ファイル化する行為が、本件サービスにおいて著作物である書籍について有形的再製をする行為、すなわち「複製」行為に当たることは明らかであって、この行為は、本件サービスを運営する控訴人のみが専ら業務として行っており、利用者は同行為には全く関与していない。
 有形的再製後の著作物及び複製物の個数によって「複製」の有無が左右されるものではない。
 利用者は、自由な意思に基づき、無数にある書籍から特定の書籍を購入し、又は既に対価を支払い取得済みである書籍から、電子ファイル化を希望する「特定の」書籍を複製の対象として選定し、控訴人に電子ファイル化を注文・指示して、書籍を送付し、さらに複製された電子ファイルを使用している。また、利用者の電子ファイル化する書籍の選択、調達、送付及び電子ファイル化の注文・指示がなければ、控訴人が書籍をスキャンして電子ファイル化することはなく、書籍の電子ファイル化は単純かつ機械的な作業で、スキャン機器が汎用品であって私人において容易にこれを準備・使用できるものである。
 しかし、これらの事情によっても、独立した事業者として、複製の意思をもって自ら複製行為をしている控訴人の複製行為の主体性が失われるものではない。
 本件サービスにおいては、控訴人は、通常、書籍の電子ファイル化が、その書籍の著作権者の複製権を侵害するか否かを容易に知り得るのであって、その上で、本件サービスの内容を決定し、インターネットで宣伝広告を行うことによって不特定多数の一般顧客である利用者を誘引し、利用者から書籍の電子ファイル化の注文を受け付け、書籍の題名及び著作者等を確認した上で複製行為をしているのであるから、控訴人と利用者の関係を、印刷業者と出版社の関係に類するものとみることは相当でなく、控訴人を利用者の手足と評価することはできないというべきである。

(2)著作権法30条1項の適用の可否(争点1−2)
 著作権法30条1項は、個人の私的な領域における活動の自由を保障する必要性があり、また閉鎖的な私的領域内での零細な利用にとどまるのであれば、著作権者への経済的打撃が少ないことなどに鑑みて規定されたものである。
 そのため、同条項の要件として、著作物の使用範囲を「個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用することを目的とする」(私的使用目的)ものに限定するとともに、これに加えて、複製行為の主体について「その使用する者が複製する」との限定を付すことによって、個人的又は家庭内のような閉鎖的な私的領域における零細な複製のみを許容し、私的複製の過程に外部の者が介入することを排除し、私的複製の量を抑制するとの趣旨・目的を実現しようとしたものと解される。
 本件サービスにおける複製行為が、利用者個人が私的領域内で行い得る行為にすぎず、本件サービスにおいては、利用者が複製する著作物を決定するものであったとしても、独立した複製代行業者として本件サービスを営む控訴人が著作物である書籍の電子ファイル化という複製をすることは、私的複製の過程に外部の者が介入することにほかならず、複製の量が増大し、私的複製の量を抑制するとの同条項の趣旨・目的が損なわれ、著作権者が実質的な不利益を被るおそれがあるから、「その使用する者が複製する」との要件を充足しないと解すべきである。

第5 考察
 本件は、新聞等で報道された、いわゆる「自炊」と言われている著作権侵害事件である。第一審と同じ結論なので、これで判決が確定するものと考えられる。「私的複製」に当たるかどうかが争点となった。基本的には、書籍の電子化が進んでいない為、個人が必要に迫られ、必要な書籍を業者を利用して、電子化を行っているものである。書籍の電子化の谷間に咲いた「あだ花」とでも言うべきか。いかにも日本らしい事件と云える。電子書籍市場の正常な発展を期待する。
 今後、実務の参考になる部分があるかと思われるので紹介した。
 なお、原審判決(東京地裁・平成24年(ワ)第33525号 平成25年9月30日判決言渡)の解説は昨年の11月号に掲載している。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '15/3/23