解 説 |
特許「洗い米及び洗い米の包装方法」の審決取消訴訟で、無効審決が維持された事例 (平成14年(行ケ)第184号 審決取消請求事件、平成15年9月4日判決言渡し) |
1.事案の概要 |
@特許庁における手続の経緯 原告は、「洗い米及びその包装方法」とする特許第2615314号(以下「本件特許」という。)の特許権者であり、本件特許の請求項の数は2である。 被告井村は請求項1について、被告(株)サタケは、請求項1、2についてそれぞれ別個に、本件特許を無効にすることについて審判を請求した。特許庁は、これらを併合して審理し、本件特許を1通の審決書により無効とする審決をした。 A審決の理由 本件発明は、本件出願時既に周知となっていた技術と、刊行物に記載された発明とに基づき、当業者が容易に発明することができたものであるから、請求項1、2に記載された発明は、共に特許法第29条2項に違反して特許されたものであり、無効とすべきであると審決した。前記審決がその結論を導くに当たり、本件発明と主引用発明にあたる従来技術との一致点と相違点として、以下の通り認定した。(一致点) 「精白米を除糠のために洗滌し、除水して得られる、米肌面にある陥没部の糠分がほとんど除去された洗い米」。(相違点) 「本件発明は、「洗滌時に吸水した水分が主に米粒の表層部にとどまっているうちに強制的に除水して得られる、米肌に亀裂がなく、平均含水率が約13%以上16%を超えない洗い米」である点」(以下「相違点1という。」 B本件発明の特許請求の範囲 【請求項1】洗滌時に吸水した水分が主に米粒の表層面にとどまっているうちに強制的に除水して得られる、米肌に亀裂がなく、米肌面にある陥没部の糠分がほとんど除去された、平均含水率が13%以上16%を超えないことを特徴とする洗い米。(本件発明) 【請求項2】請求項1記載の洗い米を、気密性のある包装材を使用した包装用袋に入れ、当該米と包装用袋との間に、米粒群のみかけの体積が最も小さい状態を保持するに必要な空気のみを残し、余剰空気はすべて排除して密封することを特徴とする洗い米の包装方法。(本件発明) |
2.判決内容について |
(1)原告の主張(取消事由) @審判請求の申立てがない事項について判断をした(井村請求)。 A周知技術でもないものを周知技術と認定して、これを主引用発明とした為、本件発明と主引用発明との一致点の判断を誤った。 B上記Aの誤りにより請求項1、2についての審決の結論に影響を及ぼした。 (2)裁判所の判断 @について……併合審理され1つの審決書でなされた審決であっても、審決書全体を客観的に合理的に解釈して審決の記載の趣旨を確定できる場合は、そのような趣旨のものとして解すべきであるとした。 Aについて……原告は、従来例の米は、米肌面にある陥没部の糠分がほとんど除去されているとの記載がないから、「精白米を除糠のために洗滌し、防水して得られる、米肌面にある陥没部の糠分がほとんど除去された洗い米は、本件出願当時当業者において周知のものであった」との審決の認定は誤りであると、主張する。然し、本件発明の解決すべき課題が「乾燥状態で亀裂の発生していない洗い米」の実現にあることは明白であり、「陥没部に糠分が残っていないこと(該部分に糠分が残っていれば炊飯しても糠臭いものとなる)」を当然の前提としている。本件明細書には、「陥没部の糠分をほとんど除去する」手段が格別に開示していないことからも、各従来例に係る乾燥洗い米が炊飯後に糠臭を発しないことからも(解説者の注・従来例の米は、米肌面にある陥没部の糠分がほとんど除去されていることを意味する)明らかである。従って、原告の主張は失当である。 B原告は、本件発明に言う「米粒の表層部」とは、洗滌、除糠が行われた後のものを指している。これに対し審決は「洗浄工程中の米粒の表層部を指す」と認定したのは誤りである。審決はあくまで「添加水分が米粒皮層あるいは米粒表面の薄層にとどまっている短時間の内に精白除糠、除水を行えば、亀裂の発生、砕米化を防止できること」という技術思想が甲27ないし甲29文献、及び甲31文献に開示されており周知であった認定しているのであるから、原告の主張は失当である。審決は、米粒の亀裂の発生・砕米化の防止には、水との接触時間を短縮することが重要であるとの技術思想が刊行物1に開示されていることから、当業者にとって洗い米に適用することは容易であると判断したものである。 C審決の「濡れた米を除水して、含水量が13%以上16%を超えない範囲の所定の含水量にすることは、本件特許の出願時に当業者において周知であった。」としたのは、引用文献に「洗滌」、「除水」などの技術内容についての開示がないから、容易に想到できるものではないと原告は主張した。しかしながら、「含水量が13%以上16%を超えない」との構成要件は、直ちに炊飯するためではなく、ある程度の期間の保存が可能な乾燥洗い米(無洗米)であることを表示するに過ぎず、技術的には特段に意味のない周知の技術事項に過ぎない。また、農水省の農産物規格規定で精白米の含水率は16%以下とされているとし、原告の主張を退けた。 D原告は「本件発明は、引用発明1では、本件発明の如く米肌面の肉眼では見ることのできない微細な陥没部のミクロン単位の糠分をほとんど除去することができる、顕著な効果の看過がある」と主張する。しかしながら、構成自体について容易想到性の認められる発明については、効果の顕著性を根拠に特許性(進歩性)を認めるためには、その効果の顕著性は、当該構成要件の効果として予想されるものとに対比において認められなければならないと解すべきであるのに、原告は従来技術との対比におけるものであるから、主張自体が失当である。 E以上原告の主張する取消事由は何れも理由がないとして、審決を維持した。 |
3.考察 |
本件審決は、2つの審判請求を併合して単一の審決とし、被告井村は、申立てない発明につき審決されたことになる。然し乍ら本件特許について2つの審判請求を併合した結果、請求項1、2について審判請求をされたものであるから、原告の主張を失当とした。また、原告は、本件発明の請求項1記載の構成要件である「陥没部に糠分がほとんど除去された」との記載に相当するものが、主引用発明に「陥没部に糠分が残っていない」との明確な記載がないのを根拠に、当業者が容易に発明できないとして審決取消訴訟で主張したが、判決は本件発明の主たる技術は、米肌に亀裂を生じないことであり、また糠の残留についても、元来、無洗米は、炊飯した場合に糠臭があっては、無洗米にならないから、従来例の無洗米も、糠分が除去されているものと判断し、これを周知技術であると認定したものである。 以上
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