損害賠償規定に基づいた史上最高の賠償額

   改正された損害賠償規定に基づいた史上最高の賠償額(東京地裁、平成11年(ワ)第23945号 特許権に基づく損害賠償請求事件、平成13年3月19日言渡)
 
1.事案の概要
 本件は、特許権を有する原告が、被告に対し、被告の製造・販売する製品は、原告の特許権の技術的範囲に属するとして、損害賠償の支払いを求めている事案で、対象物は「パチンコ型スロットマシン」(以下「パチスロ機」という)で特許第1855980号(以下「本件特許発明」という)に関する事件である。

2.地裁の判断
 被告の製品は、本件特許発明の技術的範囲に属すると認め、次いで、損害賠償の算定をする。この解説では、損害賠償の算定に関する事項について、紹介することにした。

(1)原告の損害
 特許法102条1項の規定は、「特許権者が故意又は過失により自己の特許権を侵害した者に対しその損害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為を組成した物を譲渡したときは、その譲渡した物の数量に、特許権者がその侵害の行為がなければ販売することができたものの単位数量当たりの利益の額を乗じて得た額を、特許権者の実施の能力を超えない限度において、特許権者が受けた損害の額とすることができる。」旨を規定する。
 このことは、排他的独占権という特許権の本質に基づき、特許権を侵害する侵害品と特許権者の製品とは市場において補完関係に立つという擬制の下に、同項は設けられたものである。
 即ち、そもそも特許権は、技術を独占的に実施する権利であるがら、当該技術を利用した製品は特許権者しか販売できない筈であって、特許発明の実施品は市場において代替性を欠くものとして捉えられるべきであり、このような考え方に基づき、侵害品と権利者製品とは市場において補完関係に立つという擬制の下に、同項は設けられたものである。

(2)「実施の能力」について
 このような前提の下においては、侵害品の販売による損害は、特許権者の市場機会の喪失として捉えられるべきものであり、侵害品の販売は、当該販売時における特許権者の市場機会を奪うだけでなく、購入者の下において侵害品の使用等が継続されることにより、特許権者のそれ以降の市場機会をも喪失させるものである。
 従って、同項にいう特許権者の「実施の能力」については、これを侵害品の販売時に厳密に対応する時期における具体的な製造能力、販売力をいうものと解することはできず、特許権者が融資を受けて設備投資を行うなどして一定量の製品の製造、販売を行う潜在的能力を備えている場合は、原則として「実施の能力」を有するものと解するのが相当である(侵害者が侵害品を市場に大量販売したことにより、市場の状況から、特許権者が設備投資や販売を差し控えざるを得ない場合があることを考慮すれば、上記のように解さないと、特許権者の適切な救済に欠ける結果となろう)、とした。

(3)102条1項但書
 102条1項但書において、侵害品の譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を特許権者が販売することができないとする事情があるときは、当該事情に相当する数量に応じた額を控除するものと規定している。
 しかし、前述のように102条1項を、排他的独占権という特許権の本質に基づき、侵害品と権利者製品が市場において補完関係に立つという擬制の下に設けられた規定と解し、侵害品の販売による損害を特許権者の市場機会の喪失ととらえる立場に立つときは、侵害者の営業努力(具体的には、広告等の営業努力、市場開発努力や、ブランドイメージが販売促進に寄与したこと、販売価格が低廉であったこと、侵害品の性能が優れていたこと)や、市場に侵害品以外の代替品や競合品が存在したことなどをもって、「販売することができないとする事情」に該当すると解することはできない。即ち、特許権者の損害額を減額する理由とはならないというべきである。
 このように、上記事情は、そもそも市場における侵害品と権利者製品との補完関係の擬制の下で本項の規定を設けるに当たって捨象されたものであるから、これらの事情をもって「販売することができないとする事情」に該当するということはできない。

(4)損害額の算定について(裁判所の認定)
 侵害品の販売台数は、4万3000台(争いがない)である。原告は年間20数万台の製造能力を有し、市場において約40%の占有率を有していたので(争いがない)「実施の能力」を備えていた。
 「単位数量当たりの利益の額」は、仮に特許権者において、侵害品の販売数量に対応する数量の権利者製品を追加的に販売したとすれば、当該追加的製造販売により得られたであろう利益の単位数量当たりの額(即ち、追加的製造販売により得られたであろう売上額及び売り上げから追加的に製造販売するために要したであろう追加的費用(費用の増加分)を控除した額を、追加的製造販売数量で除した単位数量当たりの額)と解すべきであるとした。
 また、弁論の全趣旨により、本件特許発明の実施品である原告商品から、単位数量当たりの利益額を算出している(販売価格、商品の経費、製造原価、広告宣伝費、販売費、ロイヤリティ、本件特許の寄与率80%の項目を検討する)。
 以上により計算すると、原告が被告に対して請求できる損害額は、1台当たりの利益の額18万7290円に、被告製品の販売数量3万9600台を乗じた74億1668万円と認めるのが相当である。(判決の認定した損害額に訴え提起の日の平成11年10月30日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。判決日までの金利を算入した概算額は新聞報道された84憶円となる)。


3.考察
 本件は、特許権侵害による賠償額の史上最高額と新聞報道された事件である。
 特許法102条1項の規定は、平成10年の一部改正により新設された規定で、特許権の侵害により生じた損害(逸失利益)の額の算定方式を定めたものである。
 改正前は、侵害品が販売された結果、特許製品の販売数量が減少したことに伴う損害(逸失利益)の賠償は、民法709条に基づき請求が理論上も可能であったが、立証の難しいこともあって、実現することは極めて困難であったのが実情であった。
 本件判決は新たな算定規定を適用して、これを認めたものである。
 但し侵害品以外の競合品が相当数(侵害品と対抗し得る数)販売されている場合には、侵害品がない場合に、被告販売の数が全部特許権者により販売されたか否かは不明であり、適当な証拠がなければ一概に判断できない。
 本件は、判決まで、足掛け4年を要したため、迅速な裁判という見地からは、やや問題が残されているとも言えそうである。
 また、本判決は、東京地裁の民事第46部(知的財産部)の判決なので、今後特許侵害訴訟のリーディングケースになると考えられる。


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鈴木正次特許事務所