特許発明の技術的範囲

  目次
  1.特許発明の技術的範囲
2.明細書の補正と技術的範囲の解釈
3.分割出願の技術的範囲の解釈
4.特許発明の技術的範囲の解釈(均等論)
5.均等論における「発明の本質的部分」
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1.特許発明の技術的範囲

 特許発明の技術的範囲は、願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない(特許法第70条1項)。
 また前項の場合においては、願書に添付した明細書の特許請求の範囲以外の部分の記載及び図面を考慮して、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとする(特許法第70条2項)。

 特許発明における発明は、「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」(特許法第2条1項)であることが前提である。そこで特許発明であるから、技術的思想の創作のうち高度のものという判断は、審査(又は審判)を経て特許発明となったのであるから、前記規定は当然クリヤーしたものとされるけれども、大部分が前記規定に反しないであろうとする審査、審判に対する信頼度から一般的な判断として前記発明の高度性はクリヤーされたものとしている。

 然し乍ら特許発明の技術的範囲の判断に当たり、高度性についての疑問が呈せられたならば、その検討は避けることはできないであろう。尤も特許発明の成立の可否に関しては、異議申立て、又は無効審判の制度があり、前記高度性の判断はこのような制度の領域として、技術的範囲の判断時には専ら前記規定(特許法第70条)に忠実に処理すべきとする意見もある。

b 次に特許発明は、産業上利用することができる発明でなくてはならないが、審査、審判では、専ら新規性の有無(特許法第29条1項)、進歩性の有無(特許法第29条2項)、先後願関係(特許法第29条の2、同39条)及び明細書の記載(特許法第36条)等について検討され、創作の高度性又は産業上利用の可否については効果の認定において考慮されたとしても更に深い議論は往々見逃され勝ちであり、余程簡明直截にその可否が判らない限り、前記新規性及び進歩性判断のみに集中する傾向にある。
 一般論としては、特許出願するには、少なくとも主観的には高度性を供えると共に、産業上利用できる技術であると信じて疑わないのであるから、一見明瞭でない限りは技術の高度性及び産業上の利用性はクリアーしたものとして、前記新規性及び進歩性など、先行技術との関係において出願発明を評価している。
 このような審査、審判の傾向は、90%以上正しく、安定して運用されているのであるが、特許出願人はもとより、審査・審判においても見逃され(或いは思い違いによる認定)などが皆無とはいえない。そこで高度性又は産業上の利用性について疑問を呈せられたならば、技術的範囲の解釈に当たり、審理しなければならない。

 特許発明の明細書に記載された実施例は、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が、その実施をすることができる程度において明確かつ十分に記載された証拠となるものである。換言すれば、明細書に記載された通りに実施し、明細書記載の効果が認められるならば、正に前記規定に合致するものであるが、実施例の一部(例えば3つの実施例中1つ)に実施困難又は実施できるけれども、明細書記載の効果を奏することができないことが明らかになったならば、当該発明の明細書の記載からその実施例は削除されなければならない。
 然し乍ら訂正審判等の適法な処理がなされず、現に前記不備な実施例を含んだまま残っていたならば、当該発明の技術的範囲の解釈に当たって、前記実施例を排除するのみならず、他の実施例については、その具体的構成またはこれに近い構成に発明を限定解釈しなければならない。何故ならば文言上技術的範囲に属するからといって、その中には、前記実施例のように、実施困難又は効果が期待できない技術が混入している以上、文言の採択を誤ったものであり、その中に、特許発明とそうでないものが含まれる以上、現にサポートされている実施例にのみ限定解釈されなければならないからである。
 また特許発明に記載された実施例が全部実施困難又は、明細書記載の効果を奏し得ないことが明らかならば、発明未完成として、無効審判の結果をまつまでもなく、技術的範囲の解釈により侵害又は非侵害を検討すべきではない。

 このような場合に、当該特許発明について実施機があるならば、明細書記載の実施例と、特許権者のいう実施機とを比較し、前記実施例から、当業者が容易に構成できるような内容の実施機ならば、当該特許発明の実施機として容認できる。
 上記に対し、当業者が実施例から容易に実施機を得ることができない場合には、当該発明の実施機とすることはできないから、前記特許発明の明細書には、当業者が容易に発明し得る程度に記載してないとして処理すべきである。従って仮に文言上技術的範囲に属するような物件(特許権者から侵害とされた物件)があったとしても、当該特許発明の権利侵害になるとはいえない。

 元来発明とされる技術思想を創作する発明行為は、精神的行為と具体的行為の2つの行為に分かれるとされている。
 ここに精神的行為とは、技術問題を解決する(効果を奏する)独創的な技術思想であり、具体的行為とは、前記技術思想を具象化する行為である。
 従って独創的技術思想があったとしても、これを具象化できないならば、発明未完成である。一方発明の具象化はできていないけれども、前記技術思想から、当業者が容易にその発明を反覆実施し、明細書記載の効果をあげることができたならば、完成発明として取り扱うことができる。

 技術の進歩は日進月歩であるから、特許発明の出願当時は、明細書記載の効果を上げることができたので、産業上も利用されていたが、同一技術思想で更に効果の大きい技術が現れたならば、例えば権利利用の発明として先願発明を尊重しなければならないことは当然である(特許法第72条)。
 然し乍ら前記特許発明の公開後、新たに特許出願し、前記公知の特許発明の引用如何に拘わらず、特許発明(後願の特許発明)として成立した場合に、後願の特許発明の実施機が、文言上公知の特許発明の技術的範囲に属する場合には如何取り扱われるかが問題点がある。

 前記において、公知の特許発明と、後願の特許発明とが並立するのには次の諸点が考えられる。
 (1)両特許発明は、文言上は兎も角、実質的に技術思想が異なる場合
 このような場合には、明細書に記載された実施例の比較、又は実施機がある場合には実施機の比較において比較的容易に異同が明らかになるので、これをふまえて技術的範囲を明らかにする。
 (2)公知の特許発明が未完成発明であったり、重要な構成要件を欠如していた場合
 このような場合には、後願の特許発明は公知の特許発明に関係なく実施できる。
 (3)公知の特許発明が錯覚により明細書記載の効果を奏しないことが明らかになった場合
 このような場合にも、後願の特許発明を自由に実施できる。
 (4)審査・審判で公知の特許発明を見落とし又は間違った解釈をしていた場合
 この場合には、構成効果について多少の相違があっても、後願の特許発明は実施できない。

 要するに、特許発明の技術的範囲の解釈に当たっては、単に特許法第70条の規定のみならず、特許発明と対象物件の条件等により、各種事項を検討しなければ、真実を見失うおそれがあることに留意しなければならない。

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2.明細書の補正と技術的範囲の解釈

   仮に技術常識に反するというべきことはあっても、禁反言の原則を採用すべきであるとした事例
(平成12年(ネ)第125号 特許権侵害差止等請求控訴事件 東京高裁、平成13年4月25日判決言渡)
 
1.事件の概要
 本件控訴人は、発明の名称「高純度窒素ガス製造装置」の特許第1566562号(以下「本件特許」という。)の権利者である。「本件特許」は公告後に補正がなされた(以下「本件補正」という。)経緯がある。原審は東京地裁、平成10年(ワ)第8477号であるが、原審の判決を不服として、原判決の取消しと、被控訴人の販売する窒素ガス製造装置の販売の差止め等を求めた事件である。

2.本件特許の概要
 「本件補正」後の特許請求の範囲の記載を分説すると以下の通りである。

 A.イ)外部より取り入れた空気を圧縮する空気圧縮手段と
   ロ)この空気圧縮手段によって圧縮された圧縮空気中の炭酸ガスと水分とを除去する除去手段と、
   ハ)この除去手段を経た圧縮空気を超低温に冷却する熱交換手段と、
   ニ)この熱交換手段により超低温に冷却された圧縮空気の一部を液化して底部に溜め窒素のみを気体として上部側から取り出す精留塔を備えた窒素ガス製造装置であって、
 B.精留塔の上部に設けられた凝縮器内蔵型の分縮器と、
 C.精留塔の底部の貯留液体空気を上記凝縮器冷却用の寒冷として上記分縮器中に導く液体空気導入パイプと、
 D.上記分縮器中で生じた気化液体空気を外部に放出する放出パイプと、
 E.精留洛内で生成した窒素ガスの一部を上記凝縮器内に案内する第1の還流液パイプと、
 F.上記凝縮器内で生じた液化窒素を還流液として精留塔内に戻す第2の還流液パイプと、
 G.装置外から液体窒素の供給を受けこれを貯蔵する液体窒素貯蔵手段と、
 H.この液体窒素貯蔵手段内の液体窒素を冷熱発生用膨脹器からの発生冷熱に代え圧縮空気液化用の寒冷として連続的に上記精留洛内に導く導入路と、
 I.上記分縮器内の液体空気の液面の変動にもとづき上記精留塔に対する上記液体窒素貯蔵手段からの液体窒素の供給量を制御し上記液体空気の液面を設定液面位に保つ液面制御手段と、
 J.記精留塔から気体として取り出される窒素および上記精留洛内において寒冷源としての作用を終え気化した上記液体窒素を上記熱交換手段を経由させその内部を通る圧縮空気と熱交換させることにより温度上昇させ製品窒素ガスとする窒素ガス取出路

を備えたことを特徴とする高純度窒素ガス製造装置である。


3.控訴審の判断
 (1)被控訴人が販売する装置は、液面制御が精留塔底部からの液体空気の供給量を制御し、他の液面制御が液体窒素貯蔵タンクからの液体窒素の供給量を制御する構成は、「2系列制御」というべきものである。

 (2)「本件特許」の公告明細書と補正明細書とを比較すると、「本件補正」に際し、「上記分縮器内の液体空気の液面の変動にもとづき上記精留塔に対する上記液体窒素貯蔵手段からの液体窒素の供給量を制御し」との構成要件Dが付加されたことにより、「分縮器内の液体空気の液面によって精留塔底部から分縮器に対する液体空気供給量を制御するとともに、精留塔底部の液体空気の液面によって液体貯蔵手段からの液体窒素の供給量を制御する」という2系列の制御方式は、控訴人によって意識的に本件発明の技術的範囲から除外されたというべきである。
 「本件補正」により、本件発明における液体窒素供給量の制御から意識的に2系列の制御系を除外し、これを1系列の制御系のもののみに限定したというべきである。以上は、確かに、補正明細書に記載の特許請求の範囲から一義的に明確であるということはできない。
 然し乍ら、特許請求の範囲の記載が一義的に明確でないからといって、直ちに「2系列制御系」が本件特許の構成要件を満たすことにはならないのは当然である上、特許請求の範囲の記載を解釈するに当たっては、その出願経過を参酌し、出願人が、出願経過中において、補正等により特許請求の範囲を意識的に限定した場合には、特許発明の技術的範囲は、そのように限定されたものと解釈すべきである。前記の通り、本件においては、控訴人の「本件補正」により、本件発明における液体窒素供給量の制御から意識的に2系列の制御系を除外し、これを1系列の制御系のもののみに限定したというべきであるから、控訴人の主張は採用することができない。

 (3)控訴人は補正明細書の「制御系が2系列になる」との記載について、制御系が2系列になるということを述べたものであると主張したのに対し、判決は、しかしながら、「本件補正」後の内容、特に、本件明細書に、「液面窒素の供給量をその部分の液面で制御する(直接液面制御)のではない。液面窒素の供給量を精留塔内の液面ではなく分縮器内の液詣で制御する(間接液面制御)ため、精留塔内の還流浪の総量を常時一定に量に制御でき」との部分が加えられたことに照らすと、控訴人の主張のように解することはできないとした。
 上記のとおり「2系列制御系」が本件発明の技術的範囲から意識的に除外されたものと解すべきであるとした。

 (4)控訴人は、本件明細書の図面について、液体空気が分縮器内に常時導かれ、液体空気の量がバルブにより常時制御されていることが記載されていることから、当業者は、精留塔底部の液面を監視する液面制御計が存在することを理解し、これを前提として装置全体の液面制御システムを把握し、この種の製造装置において、精留塔底部の液面を監視する液面制御計が存在することは技術常識であり、一方の液面が一定に制御されている場合、他方の液面も一定に制御されなければ、定常的で安定した運転はできないと主張したのに対し、判決は、しかしながら、仮に、このような技術常識が存在するとしても、控訴人が出願経過において、「本件補正」により、1系列制御のもののみに限定した以上は、本発明が上記技術常識に反するというべきことはあっても、上記技術常識を根拠として2系列制御のものが本件発明の技術的範囲に属すると主張することは、禁反言の法理に照らして許されないものというべきであるとした。


4.考察
 本判決は、原判決を支持したものである。控訴人が図面の記載に基き、「本件補正」により、2系列制御を除外したとする解釈は、技術常識に反するとの主張を退けて、仮に技術常識に反するというべきことはあっても、禁反言の原則を採用すべきであるとした事例である。
 補正等の過程で、出願人が意識的に除外したと認められる事項については、権利付与しないという大原則が、改めて確認された事例である。


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3.分割出願の技術的範囲の解釈

   分割出願の技術的範囲の解釈について、原出願の明細書及び図面に記載された発明以上に拡大解釈は許されないとした判決事例
(東京地方裁判所平成10年(ワ)第8345号平成11年12月21日判決)
 
1.事件の概要
 被告Yが、原告Xの製造する装置が被告Yの所有する特許第2732384号(以下本件特許という)の技術的範囲に属するとして、第三者に告知又は流布したので、原告はこれを阻止すべく「特許権差止請求権不存在確認等請求事件」として本訴訟に及んだのである。
 本件特許は、平成7年4月7日付特許出願(特願平7−107058号、以下原出願という)を、平成9年5月に分割出願(特願平9−141153号)し、平成9年12月26日特許登録されたものである。


2.本件特許の構成要件
 本件特許は「ロープおよび養殖貝類の稚貝の耳部を積層状に並べ、前記ロープおよび耳部に貫通孔を形成するとともに、前記貫通孔に係止具を刺し通す養殖貝類の耳吊り装置において……(以下省略)」

3.原告Xの主張
 原出願の特許請求の範囲には、ロープと稚貝の耳部との位置決めにつき「上下に積層状になるように」と記載され、これを垂直置きに並べる構成については、明細書に開示発明としては記載されていないから、原出願において開示されている発明は、ロープと稚貝の耳部を水平置きに重ねる構成の養殖貝類の耳吊り装置のみに限られ、これらを垂直置きに並べる構成のものは含まれない」と主張した。

4.被告Yの主張
 本件特許の構成要件における「積層状に並べる」とは、ロープと貝の配置の仕方が、水平置きであるか、垂直置きであるかを問わず、ロープを二枚の貝の耳部が挟み込むように位置していることを意味するものと解すべきである。

 (1)本件特許の目的効果からすると、二枚の貝の耳部とロープが重ねて並べられるという相対的な位置関係のみであり、ロープと貝の並べ方が垂直か水平かは全く問題にならない。

 (2)本件特許の前記ロープと貝の耳部の位置関係は、本件特許について従来技術を前提としてこれを述べたものであって、本件特許の出願当時、貝を水平置きにするもののみならず、垂直置きにするものも存在し、公知であったから、本件特許は当然そのような場合も想定していた。

 (3)発明の詳細な説明の欄にも、従来技術として貝を垂直置きに並べる構成の耳吊り装置に関する発明が記載されている。

 (4)本件特許において示されている技術思想は、係止具を保持する送りピッチ凹部を備え、作業の進行と共に、回転作動して係止具を供給するという供給ロータの有する作用効果の点にあり、ロープと貝の耳部とが重ねられていれば、その方向が水平置きであるか垂直置きであるかを問わず、作用効果が達成されることが当業者にとって自明であったから、明細書に垂直置きについて記載がなくても、当業者が容易に理解し得る程度に記載してあったということができる。


5.裁判所の判断
 (1)「積層」とは、「複数の物を、一つの物の上に他の物を順次のせていくように配置すること」であるから、本件特許にいう「積層状に並べ」とは、ロープと稚貝の耳部を水平置きすることを要求するものであって、これを垂直置きにすることは、「積層状に並べ」の中へ含まれないというべきである。

 (2)本件特許の原出願の明細書には、特許請求の範囲の記載はもとより、発明の詳細な説明における発明の説明、及び実施例の説明及び図面において二枚の稚貝の位置決め部において水平方向に位置決めし、ロープと稚貝の耳部を上下に重ねる構成の装置のみが記載されている。

 (3)分割出願は、原出願の補正が出来る範囲で行われることが必要であるから、原出願の最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内でないものは含まない。従って、原出願の明細書又は図面に記載した事項そのもの、又は当業者が前記事項から直接的かつ一義的に導き出せる事項に限られる。

 (4)従って被告Yの主張のように、「積層状に並べ」の中に、「垂直置きする構成」を含むと解するならば、本件特許は分割出願の適法要件を満たさなくなる。そうすると、本件特許は分割の要件を欠いて出願されたことになり、出願日遡及は認められず、本件特許は原出願の公開により、その出願前公知の出願となるので、明白な無効事由が存することになる。従って、本件特許の出願人の意志及び特許庁の判断を尊重し、本件特許に無効事由がないように解することが相当であるから、「積層状に並べ」については、稚貝の耳部を水平置きにする場合のみを意味するものと解釈するのが相当である。

 (5)前記判断について、被告Yは、本件特許の目的効果からみて「ロープと稚貝の耳部の並べ方が垂直置きか水平置きかは問題にならないこと」及び本件特許の出願当時において、ロープと稚貝の耳部の並べ方に「ロープと稚貝の耳部を水平置きにするのみならず、垂直置きにするものも公知であった」ことを立証するが、被告Yが水平置きにすることのみに限定したとも解されるので、「積層状」の前記解釈を否定するものではない。

 (6)本件特許の原出願は、ロープと稚貝の耳部を水平置きにすることを採用し、垂直置きにすることを除外した技術として出願されたものであるから、その分割出願も同様であるから、被告Yが前記に反する行動(又は主張)を取ることは、禁反言の法理に照らし許されない。従って、均等の主張は許されない。


6.考察
 (1)本件発明は、分割出願であるから、判示されたように原出願の明細書又は図面に記載された事項(発明として記載された事項であって、公知例の説明ではない)に限られることは当然である。分割によって原出願の明細書又は図面に記載された事項より拡張した技術的範囲を認められるとすれば、分割制度の主旨に反する。

 (2)次に均等の主張についても、原出願時に主張(又は選定した)した技術的範囲に制約を受けることは当然である。

 (3)要するに、原出願の明細書又は図面の記載からは予想もされないような新規な実施装置が現れた場合に、たまたま文言の解釈上、技術的範囲に属する場合であっても、原出願の出願当時に夢想だにしなかったような新技術に文言侵害を主張することはできない。何故ならば、当時の文言には新規な実施物を含む概念ではなかったと解するからである。


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4.特許発明の技術的範囲の解釈(均等論)

   特許発明の構成要件中一部を充足しない対象製品に対し、構成が均等であるから、対象製品は特許発明の技術的範囲に属するとされた事例
(東京地裁、平成10年(ワ)第11453号、平成12年3月23日判決)
 
1.事件の概要
 原告Xは、次の構成を要旨とする特許第2662538号(平成6年11月24日出願、以下本件発明という)の特許権者である。

 A)筒状混合液タンクの底部周縁に環状枠板部の外周縁を連設し
 B)この環状枠板部の内周縁内に第一回転板を略面一の状態で僅かなクリアランスを介して内嵌めし
 C)この第一回転板の軸心を中心として適宜駆動手段により回転可能とするとともに、
 D)前記タンクの底隅部に異物排出口を設けたことを特徴とする
 E)生海苔の異物分離除去装置

 被告Yは、下記構造の生海苔の異物分離除去装置(以下被告製品)を製造販売した所、本件訴訟となったものである。

 比較を容易にする為に、本件発明の構成要件と対比して記載する。
 a)筒状混合液タンクに該当する直方体状の容器底部周端縁に、環状枠板部に相当する底板の、タンク側壁側の端部(外周縁に相当する)を連結し
 b)環状枠板部に相当する部分に、回転板が僅かなクリアランスを介して選別ケースの外周縁に被冠されている(この点判決では、クリアランスを介し内嵌めしの構成と異なると表現している)。
 c)回転板(第一回転板に相当)が回転可能とされ
 d)タンクの底隅部に異物排出口を設け
 e)生海苔の異物分離除去装置


2.裁判所の判断
 前記本件発明の構成要件A、B、C、D、Eと、被告製品の構造a、b、c、d、eとを比較するに、本件発明の構成要件A、C、D、Eと、被告製品の構造a、c、d、eとは技術思想が同一と認められる。
 そこで、本件発明の構成要件Bと、これに相当する被告製品の構造bを比較するに、被告製品は「環状枠板部の内周縁内に第一回転板をクリアランスを介して内嵌めし」の構成が異なると認定された。
 従って、本件発明の構成要件を全部充足するものでないことが明らかとなったので、このままでは、被告製品が本件発明の技術的範囲に属するということはできない。

 次に裁判所は本件発明の構成要件Bと、被告製品の構造bとが均等物か否か検討した。先ず均等物とされる要件を次の5項目に定め、各項目毎に検証し、均等物であると結論づけた。

 (1)異なる部分が特許発明の本質部分でなく、
 (2)異なる部分が対象製品におけるものと置き変えても、特許発明の目的を達成することができ、同一作用効果を奏するものであって、
 (3)前記置き換えによって当該発明の属する技術分野における通常の知識を有する者が対象製品の製造等の時点において容易に想到することができたものであり、
 (4)対象製品が特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれらから、特許出願時に容易に推考できたものではなく、
 (5)対象製品が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当るなどの特段の事情もないときは、右対象製品は、特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当である。

 判決は前記のように5項目を定め、これに基づき被告製品を検討した<。

 本件発明と、被告製品とについては、要件(2)が問題となるので、これについて、先ず産業上の利用分野(同一)、従来技術、発明が解決しようとする課題(同一)、作用(異物分離は同一であるが、生海苔のみが水と共にクリアランスを通過して流れるか否かについて、被告Yと、裁判所の見解が分れた)、効果(作用が同一ならば、効果も同一となる。従って作用が異なれば効果も異なる)について検討した結果、同一作用効果を奏し、本件発明の目的を達成しているとした。
 前記効果の認定において、被告製品の回転板の移動は、本件発明の作用効果を果した上の付加であると判断された。

 要件(1)について、対象製品との相違が特許発明における本質的部分に係るものであるか、どうか判断するに当っては、単に特許請求の範囲に記載された構成の一部を形式的に取出すのではなく、特許発明を先行技術と対比して、課題の解決手段における特徴的原理を確定した上で、対象製品の備える解決手段が特許発明における解決手段の原理と実質的に同一原理に属するものか、それとも異なる原理に属するものかという点から判断すべきであるという前提のもとに、検討した結果(従来技術と比較検討)、本件発明の本質は、タンク底部に回転板を、クリアランスを介して嵌め込んだ点にありとして、回転板の位置関係は本件発明の本質的部分ではないと判断した。

 要件(3)については、本件発明と、被告製品(対象製品)との差異は設計上の微差であるから、当業者は、本件発明と被告製品との相違部分を、被告製品に置き換えることは容易であるとし、要件(3)を充足するとした。

 要件(4)については、本件発明による新規技術であって、本件発明の特許出願当時に見られなかった技術である。また当業者が、公知技術から容易に推考し得たという証拠もないから、要件(4)を充足すると判断した。

 要件(5)については、回転板と底板との位置関係について、特許出願手続において、特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当るなど、均等の成立を妨げる特段の事情は認められないとして、要件(5)を充足するとして判断された。


3.考察
 本件判決は、前記のように、均等の成立を容認すべき要件(1)〜(5)について、詳細に検討し、その成立を認めたものであるから、特許侵害事件における均等論成立の具体的検討手段を明確に示した判決として評価される。

 然し乍ら、作用効果の判断については、クリアランスを海苔が自重通過することはあり得ないので(理論的にも遠心力の方が強い)、被告製品のように、減圧吸引しなければ工業的に利用し得ない。また明細書記載の効果を奏し得ないことは技術的に見て明らかである。従って回転板の作用は、減圧吸引した際に、海苔の目詰りを緩和するにすぎない。然るに本件発明の明細書には、減圧吸引について全然記載なく、これを示唆すべき記載もない。更に実施例は減圧吸引困難な構造となっている。

 前記のように、本件発明の効果の認定に際し、本件発明の実施例による明細書記載の効果を奏するか否かの判断が欠如した点が惜しまれる判例である。


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5.均等論における「発明の本質的部分」

   特許権侵害差止等請求事件において均等論の成立を否定した事例
(東京地裁、平成10年(ワ)第14072号判決、平成13年4月27日言渡)
 
1.本件の経緯
 「表面特性に優れた合成樹脂成型品の製造方法」とする特許権(特許第1536559号)を(以下「本権特許権」という。)有する原告が、被告に対し、被告によるノングレア・ハードコート・アクリルシート板(以下「被告製品」)の製造販売の差止め、損害賠償等を求める事案である。

2.本件発明の要旨
 請求項1(以下「本件発明」という。)
「あらかじめ微少な凹凸が形成された鋳型形成面に耐擦傷性樹脂原料を塗布し、あとから注入される基材樹脂原料によって膨潤若しくは溶解しない程度にこの皮膜形成樹脂原料を十分に重合硬化せしめて鋳型形成面に皮膜をあらかじめ形成し、次いで、鋳型内基礎樹脂原料を注入して重合し、上記の予め形成させた皮膜を基材樹脂側に移転せしめることを特徴とするノングレア性と耐擦傷性に優れた表面を有する合成樹脂製品の製造方法。」である。


3.裁判所の判断
 (1)本件発明の構成要件を分説すると以下のとおりである。
 ア あらかじめ微少な凹凸が形成された鋳型形成面に耐擦傷性樹脂原料を塗布し
 イ あとから注入される基礎樹脂原料によって膨潤若しくは溶解しない程度にこの皮膜形成樹脂原料を十分に重合硬化せしめて鋳型形成面に皮膜をあらかじめ形成し
 ウ 次いで、鋳型内基材樹脂原料を注入して重合し
 エ 上記の予め形成させた皮膜を基材樹脂側に移転せしめる
 オ ことを特徴とするノングレア性と耐擦傷性に優れた表面を有する合成樹脂製品の製造方法

 (2)裁判の争点は以下の8つであるが、均等論に関する事項について検討する。
 a.被告製品の製造方法の特定
 b.被告製品の製造方法が構成要件イを充足するか
 c.被告製品の製造方法構成要件エを充足するか
 d.被告製品の製造方法が本件発明と均等か
 e.被告製品の製造方法は公知技術の実施か
 f.本件特許に無効理由が存在することが明らかであるか
 g.被告が本件特許権について先使用による通常実施権を有するか
 h.損害の発生及び額

 (3)均等論が成立するためには、本件特許請求の範囲に記載された構成中の被告製法と異なる部分が、発明の本質的部分でないことを要する。(逆に、発明の本質部分が相違する場合は、均等論を適用できない。)
 そして、発明の本質的部分とは、本件特許請求の範囲に記載された発明の構成のうちで、本件発明特有の作用効果を生じさせる技術的思想の中核をなす特徴的な部分、すなわち、その部分が他の構成に置き換えられるならば、全体として本件発明の技術的思想とは別個のものと評価されるような部分をいうものと解するのが相当である。

 認定した事実からすると、
 A)本件特許の出願時に、ローム特許によって、耐擦傷性被膜形性成樹脂原料を鋳型の内面に適用し、その後、鋳型内に基材樹脂原料を注入して重合し、耐擦傷性に優れた表面を有する合成樹脂成形品を製造する方法は、知られており、これに、前記米国特許第2154639号の製品表面にマット効果(ノングレア効果)を与える方法を適用することは、当業者が容易にできたものと認める。
 しかしながら、本件発明では「あとから注入される基材樹脂原料によって膨潤もしくは溶解しない程度にこの被膜形成性樹脂原料を十分に重合硬化せしめて鋳型形成面に被膜をあらかじめ形成し、次いで、鋳型内に基材原料樹脂を注入して重合し、上記あらかじめ形成させた被膜を基材樹脂側に転移せしめ」ているのに対し、ローム特許の製造方法では、上記認定のとおり、皮膜樹脂原料を乾燥させた後、基材樹脂原料を導入してから外気と遮断し、加熱皮膜樹脂原料と基材樹脂原料との重合を同時的に行うとされているから、この重合硬化の方法において、本件発明とローム特許とは相違していると認められる。
 B)一方、証拠によると、原告先願には、「あとから注入される基材樹脂原料によって膨潤若しくは溶解しない程度に十分に重合硬化せしめて鋳型形成面に耐磨耗性樹脂皮膜をあらかじめ形成し、その上に基材樹脂原料を注入し重合せしめて、上記の予め形成された耐磨耗性樹脂硬化皮膜を移転せしめる」技術が開示されているものと認められる。
 そうすると、本件発明の技術的思想の中核をなす特徴的な部分、すなわち本質的部分は、上記A)認定のローム特許及び前記米国特許の方法に、上記B)認定の方法『あとから注入される基礎樹脂原料によって膨潤若しくは溶解しない程度にこの皮膜形成樹脂原料を十分に重合硬化せしめて』を組み合わせたところにあるものというべきである。
 しかるところ、被告製法(下記)は、この本質的部分について、本件発明と相違するということができる。従って、被告製法について、均等の成立を認めることができない。

 (4)認定された被告の製法は、以下のとおりである。
 ア あらかじめ徴少な凹凸が形成されたガラス板の凹凸形成面上にアクリル樹脂液を含むハードコート液を塗布し
 イ 後から注入される基材樹脂原料たるアクリル樹脂液によって、硬化されたハードコート皮膜のアクリル樹脂液と接する側がハードコート皮膜全厚みに対して約25%前後の厚みに膨潤する程度に塗布された該ハードコート液に紫外線を照射して重合硬化させて、ガラス板の凹凸形成面上にハードコート皮膜をあらかじめ形成し
 ウ 次いで、凹凸面形成面を有する該ガラス板を、形成されたハードコート皮膜が内側になるようにして別のガラス板と対向させ、周囲をガスケットで封じて得た鋳型内にアクリル樹脂を注入した後
 エ 該鋳型内の前記ハードコート皮膜とアクリル樹腸液とを加熱して重合させて、あらかじめ形成された前記ハードコート皮膜とアクリル樹脂基材とを一体化させる
 オ ことを特徴とするノングレア性耐擦傷性に優れた表面を有するアクリル樹脂シートの製造方法


4.考察
 公知文献との相違に基づいて発明の本質的部分を認定し、本質的部分が相違するとの理由で均等論の適用を否定した。均等論の適用を否定した事例であるが、均等論を適用する条件を明らかにし、これに該当しないとした判断の1つの事例として、実務の参考にできる。


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鈴木正次特許事務所