インクタンク事件

解説  国内消尽及び国際消尽により特許権に基づく差止請求が棄却された事例
(平成16年(ワ)第8557号 特許権侵害差止請求事件、平成16年12月8日判決言渡し 東京地方裁判所)
 
1.事案の概要
@ 原告は、発明の名称「液体収納容器、該容器の製造方法、該容器のパッケージ、該容器と記録ヘッドとを一体化したインクジェットヘッドカートリッジ及び液体吐出記録装置」の特許権者(特許第3278410号)である。以下請求1の発明を「本件発明1」、請求項10を「本件発明10」と言う。)
A 本件は、インクジュエットプリンター用のインクタンクに関し特許権を有する原告が、原告の使用済み品を利用して製品化された被告製品を輸入する被告に対し、上記特許権に基づき、製品の輸入、販売等の差止め及び廃棄を求めたのに対し、被告が特許権の消尽等を主張して争った。
2.裁判所の判断
判決 原告の請求をいずれも棄却する。
(1)争点(1)(物の特許の消尽)について
 法律論 
ア 国内消尽について
(ア)  特許権者が我が国の国内において特許発明に係る製品を譲渡した場合には、当該特許製品については特許権はその目的を達したものとして消尽し、もはや特許権の効力は、当該特許製品を使用し、譲渡し又は貸し渡す行為等には及ばないというべきである(BBS事件最高裁判決)。
 しかし乍ら、特許権の効力のうち生産する権利については、もともと消尽はあり得ないから、特許製品を適法に輸入した者であっても、新たに個別の実施対象を生産するものと評価される行為をすれば、特許権を侵害することとなる。
(イ)  そして、本件のようなリサイクル品について、新たな生産か、それに達しない修理の範囲内かの判断は、特許製品の機能、構造、材質、用途などの客観的な性質、特許発明の内容、特許製品の通常の使用形態、加えられた加工の程度、取引の実情等を総合考慮して判断すべきである。
イ 国際消尽について
   我が国の特許権者又はこれと同視し得る者が国外において特許製品を譲渡した場合においては、特許権者は、譲受け人に対しては、当該製品について販売先又は使用地域から我が国を除外する旨を譲受人との間で合意した場合を除き、譲受人から特許製品を譲り受けた第三者及びその後の転得者に対しては、譲受人との間で上記の旨の合意をした上特許製品にこれを明確に表示した場合を除いて、当該製品について我が国に於いて特許権を行使することは許されないものと解される(BBS事件最高裁判決)。
  国内消尽について
a)特許製品の構造等
   本件インクタンク本体は、インクを使い切った後も損壊等がなく、インク収納容器として十分再利用することが可能であり、消耗品であるインクに比し耐用期間が長い関係にある。そして、液体収納室の上面に注入孔を開ければ、インクの再充填が可能である。純正品を使うかリサイクル品を使うかは、本来プリンターの所有者が決定すべき事項である。
b)特許発明の内容
   本件インクタンクの本体においては、毛管力が高い界面部分を有する構造と界面部分の上方までインクを充填する組合わせが重要であるが、毛管力が高い界面部分の構造は、インクを使い切った後もそのまま残存しているものである。
 また、インクの充填は構成要件の一部を構成しているが、インクそれ自体は、特許された部品ではない。
c)取引の実情等
   本件インクタンク本体は、もともとゴミとして廃棄されている割合が高かったが、環境保護及び経費節減の観点から、リサイクルされた安価なインクタンクへの指向が高まり、リサイクルカートリッジを現在利用している割合だけでも8.8%に達している。今後更に高まることが予想される。
 以上の事実によれば、@本件インクタンク本体を用意し、特定の態様にインクを再充填して被告製品としたことが、新たな生産に当たると認めることができないから、日本で譲渡された原告製品に基づく被告製品につき、国内消尽の成立が認められる。
Aまた、海外で譲渡された原告製品に基づく被告製品についても、上記と同じ理由により、国際消尽の成立が認められる。


争点(2)(製造方法の特許消尽)について
国内消尽
  @ 物を生産する方法の特許についても、物の特許の場合と同様に、国内消尽が成立し、特許権の効力は、当該製品を使用し、譲渡し又は貸し渡す行為等には及ばないが、特許権の効力のうち生産する権利については、もともと消尽はあり得ないから、特許製品を適法に購入した者であっても、新たに別個の実施対象を生産するものと評価される行為をすれば、特許権を侵害することになる。
A 新たな生産か、それに達しない修理の範囲内かの判断は、特許製品の機能、構造、材質、用途などの客観的な性質、特許発明の内容、特許製品の通常の使用形態、加えられた加工の程度、取引の実情等を総合考慮して判断すべきである。
B 特許された製造方法により生産された製品を譲り受けた者が、当該製品を使用し譲渡等する権利に基づき、その製品の寿命を維持又は保持するために当該特許製品を修理することができることは、物の特許の場合と同様であり、物を生産する方法の特許の場合も、物の特許の場合におけると同様な考慮要素を総合して新たな生産か修理かを判断する必要があると言うべきである。
 従って、本件発明10についての特許関係においても、本件インクタンク本体を用意し、特定の態様にインクを再充填して被告製品としたことが、新たな生産に当たるものと認めることができないから、日本で譲渡された原告製品に基づく被告製品につき、国内消尽の成立が認められる。
国際消尽
   また、海外で譲渡された原告製品を再製品化した被告製品についても、上記と同様な理由により、国際消尽が成立する。

3.考察
 特許権の効力のうち、国内消尽、国際消尽についての判断例である。やや似たケースで使い捨てカメラ事件があったが、本件は、インクカートリッジをそのまま使用して、インクだけを再充填しただけの事例である。
 原告の立場からみれば、自己の純正品を販売する機会を奪われていると理解しての提訴であったものと思われる。原告の純正品は、品質保持上の見地からリサイクル使用は予定していない設計になっていたものであった。
 原告は、物を生産する方法の特許の場合、その実施行為が特許法上の製造に当たるから、特許製品の構造、特許発明の内容、取引の実情等に基づき、新たな生産が修理かの判断を行う必要がないと主張したが、退けられた。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '05/8/17