明細書の記載不備による特許無効

解説 明細書の記載不備で特許が無効とされた事例 特許取消決定取消請求事件
(平成15年(行ケ)第272号 平成17年3月30日、判決言渡し 東京高裁)
 
1.事案の概要
@原告は発明の名称を「線状低密度ポリエチレン系複合フィルム」とする特許第3199160号(以下「本件特許」という。)の特許権者である。本件特許の3請求項に対し、特許異議の申立てがなされ、特許庁は、これを審理し、その結果、平成15年4月30日、「特許を取り消す」との決定をした。原告はこの審決の取消しを求めて本訴を提起した。
A請求項1
『平均粒径が3〜15μmの不活性微粒子を0.3〜2重量%を含む密度が0.88〜0.91g/cm3であり、重量平均分子量/数平均的分子量が1〜3である線状低密度ポリエチレンよりなるA層と、平均粒径2〜7μmの不活性微粒子を0.3〜1.5重量%を含む密度が0.905gcm3以上で、かつA層に用いた線状低密度ポリエチレンより高い密度である線状低密度ポリエチレンからなるB層とからなることを特徴とする線状低密度ポリエチレン系複合フィルム。』


2.原告主張の取消し事由
 決定は、本件発明の技術内容及び周知技術を誤認したため、本件特許が法36条4項の及び5項2号に規定する要件を満たさないと判断したものであるから、違法として取り消されるべきである。
@法36条5項2号違反の判断の誤り
(イ)  本件明細書中に、不活性微粒子の「平均粒径」の定義等がなく、その概念が明らかでないから粒子の特定できないとし、原告が、一般的に用いられているコールカウンター法による測定値であると主張したのに対し、そのような事実は認められないとしている。
(ロ)  本件発明はプロダクトバイプロセス発明であるから、本権発明の製造工程において、材料である不活性微粒子は実質的に変質しないから、材料としての不活性微粒子の平均粒径が、そのまま製品に含まれる平均粒径となる。
(ハ)  本件発明の属する技術分野において、不活性微粒子を用いることは一般的であり、かつ、それを平均粒径に基づいて選択する場合、いちいち測定することなどせず、不活性微粒子のメーカーが公表する公称値をそのまま採用することが当業者の常識である。即ち、特に平均粒径の意義や測定方法が明記されていない場合は、その平均粒径はメーカーの公称値を指すものと当業者は理解できるのである。不活性微粒子のメーカーの公称値であると特定されており、そうである以上、本件特許の粒子も特定されている。
(ニ)  平均粒径の測定方法の明記がないとしても、コールカウンター法が一般的なものとして用いられていることは、等業者の技術常識であるから、本件発明も、このコールカウンター法をもって測定されたものと認定すべきである。
 そうとすると、平均粒径の意義は明らかであり、粒子の特定は出来ていることになる。
(ホ)  なお、本件発明で用いる不活性微粒子の形状は特定されておらず、粒子の種類によって、好適な測定方法も異なる。測定方法を限定することは、粒子によっては不適な測定方法を採用することになり、かえって発明が不明確となるという事情もある。この観点からも本件発明にいう不活性微粒子の平均粒径は、メーカーの公称値を指すものと解すべきである。
A法36条4項違反の判断の誤り
 @で述べた通り、本件発明において、平均粒径の意義は明らかである。当業者は、市販品を購入して追試をおこなうことができ、そのことに格別の試行錯誤も要しない。

3.裁判所の判断
判決 原告の請求を棄却する。

A 原告の申し立てた理由@について
 決定(審決)は、原告も自認する通り本件発明では、不活性微粒子の粒子の形状も、平均粒径の意義も、その測定方法も特定がされていない。乙1号証の記載から、本件の不活性微粒子においても、その代表径は粒子の形状やその取り方により異なること、平均粒子の算定方法も複数あり、同じ代表径からでもその算定値が異なること、さらに、測定方法も複数あることを、認めることができる。
 そうとすると、本件発明においては「平均粒径の数値範囲だけが明記」されていても、それがどのような大きさの不活性微粒子を指すかは、不明であると言わざるを得ない。
 被告は、本権発明の技術分野においては、メーカーの公称値を採用することが一般的であると主張するが、証拠によってもメーカーの公称値を採用することが技術常識であったとは認められない。
 また、証拠によっても、コールカウンター法が、平均粒径の測定方法として一般的なものであると認めることはできない。

B 原告の申し立てた理由Aについて
 @で述べた通り、本件明細書には、平均粒径の意義、測定方法の記載がなく、また、メーカー名・商品名を明示することにより用いる不活性粒子の特定もしてもいない。そうとすると、当業者は、どのような不活性粒子を用いればよいか解らないから、本件明細書は、当業者が発明を実施できるように明確に記載されていないことになる。原告は、市販品を入手して追試が出来ると主張する。しかし、この追試をするためには、すべての平均粒子の意義・測定方法について、これらを網羅して、平均粒径を測定して本件発明の数値範囲に当てはまるものを用い、本件発明の効果を奏するものかを検証する必要がある。特許は、産業上意義ある技術の開示に対して与えられるものであるから、当業者にそのような過度の追試を強いる本件明細書の開示をもって、特許に値するものと言うことはできない。


4.考察
 本件は、明細書に記載に不備がある(開示が不十分である)として、特許を取り消すとの決定(審決)が支持された事例である。
 明細書の作成又はこれをチェックする際の、実務の一つの指針として役立つものと思われる(当業者が発明を実施できるように明確に記載する必要がある)。
 特に、ある物質又は物性等を特定する場合、その物の測定方法が複数あって、且つその業界において、技術常識としてある特定の測定方法が一般的なものとして用いられている状況にない場合、特に注意しなければならない。この場合、技術の開示が不十分(記載不備)として折角の特許権が、無効とされる危険を含む結果となるから、注意が必要である。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '06/2/2