特許侵害の告知

解説  被控訴人の行った控訴人の取引先に対する「特許侵害の告知」は、不正競争行為及び不法行為に該当しないとされた事例
(平成13年(ネ)第5555号、平成14年8月29日判決言渡し 東京高裁)
 
1.事案の概要
(1)控訴人は、磁気信号記録用金属粉末(以下「控訴人製品」という。)の製造・販売等を事業目的とする会社である。被控訴人はドイツに本拠を置く世界有数の化学会社である。
 本件は、被控訴人が平成6年3月17日付け書簡(以下「本件書簡」という。)によって、控訴人の取引先である訴外ソニー株式会社(以下「ソニー」という。)に対し、「控訴人製品」が被控訴人の有する日本国特許(以下「本件特許」という。)を侵害すると考える旨を告知したこと(以下「本件告知」という。)は、競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知し、又は流布する行為に当たる。仮に、上記行為が不正競争行為に当たらないとしても、不法行為に当たるとして、控訴人が被控訴人に対して、損害賠償の請求と共に謝罪広告の掲載を求めたものである。


2.控訴審における控訴人の主張の要点
@不正競争行為注意義務違反
 原判決は「特許権者が競業者の取引先に対して行う前記告知は、競業者の取引先に対して特許権に基づく権利を真に行使することを前提として、権利行使の一環として警告行為を行ったものであれば、当該告知は知的財産権の行使として正当な行為と言うべきであるが、外形的に権利行使の形式をとっていても、その実質がむしろ競業者の取引先に対する信用を毀損し、当該取引との取引ないし市場での競争において優位に立つことを目的とされたものであるときには、当該告知の内容が結果的に虚偽であれば、不正競争行為として特許権者は責任を負うべきものと解するのが相当である。そして、該告知が、真に権利行使の一環としてされたものか、それとも競業者の営業上の信用を毀損して市場での競争において優位に立つことを目的としてされたものかは、当該告知文書の形式・文面のみによって決すべきものではなく、当該告知に先立つ経緯、告知文書等の配布の時期・期間、配布先の数・範囲、告知文書等の配布先である取引先の業種・事業内容、事業規模、競業者との関係・取引態様、当該侵害被疑製品への関与の態様、特許侵害争訟への対応能力、告知文書等の配布への当該取引先の対応、その後の特許権者及び当該取引先の行動等、諸般の事情を総合して判断するのが相当である」と判断した。
 控訴人は原判決について、前段は正しいが、後段については問題がある。当該告知に至るまでに、特許権者として、対象商品について必要な調査、分析等をすべき注意義務を果たしたといえるかどうかも、検討すべきである。原判決は、被控訴人が本件告知をする前に、このような注意義務を十分果たしたかどうかを検討しておらず、そのため誤った結論を導いていると主張した。

A不法行為
 仮に、被控訴人の本件書簡の送付行為が、不正競争行為に該当しないとしても、同送付行為が違法であり、控訴人の営業上の信用を害するものである以上、不法行為に該当することは明らかである。


3.裁判所の判断
@主文 本件控訴を棄却する。
 2 訴訟費用は控訴人の負担とする。

A不正競争について 注意義務違反
 本件において、特許権者である被控訴人が、事実的、法律的根拠を欠く事を知りながら、又は特許権者として、特許侵害訴訟を提起するために通常必要とされる事実調査及び法律的検討をすれば、事実的、法律的根拠を欠く事を容易に知り得たといえるのに、あえてソニーに対し、本件告知をなしたかどうか、について検討する。
 本件特許は、特許庁における審査及び出願公告後の異議等の手続を経て、特許権として登録されたものであり、また、本件特許に対応する外国特許も米国、ヨーロッパ、カナダ及びオーストラリアにおいて夫々特許登録されているものであり、さらに、上記各判決も(控訴人は平成8年、被控訴人を相手として、本件特許に基づく差止請求権等の不存在確認を求める訴えを東京地裁に提起し、控訴人製品が本件特許を侵害するものではないことを判断内容とする地裁判決を言い渡した。被控訴人が控訴したものの、被控訴人の控訴取下げにより同判決が確定した。この他、控訴人は、本件特許につき無効審判を請求し、特許庁が「本件審判の請求は成立たない」との審決をし、東京高等裁判所は前記審決を取り消す旨の高裁判決を言い渡した。)それぞれ相当な審理期間を経た上で、各判決がなされたものである。
 これ等裁判により、本件特許の構成要件として記載されている「孔」がその内容を明確に特定することができないことが高裁判決で確定され、また、被控訴人による控訴人製品の分析結果も,侵害を立証するのに十分なものではないことが、地裁判決により確認されている。
 このような本件特許が登録されるに至った経緯、対応する外国特許の存在、並びに,上記各判決の内容とその審理期間等からみても、特許権者である被控訴人が、特許権者としての必要な法律的検討を経れば、本件特許について無効理由があることを容易に知り得たと言えるものでないことは明らかというべきであり、また、被控訴人による控訴人製品の分析の結果も、裁判所において十分なものであるとは認められなかったとはいえ、特許権者である被控訴人が、必要な事実調査、法律的検討をすれば、事実的、法的根拠のないものであることを容易に知り得たものであったとまでは言うことができない。

B不法行為について
 本件書簡の送付行為は、被控訴人の本件特許権の権利行使の一環としてなされたものであり、その結果として、控訴人の営業上の信用を害するに至ったとはいえ、正当行為として、その違法性が阻却されるものであることは、上記説示の通りである。このように、被控訴人による本件書簡の送付行為を違法なものであるとすることができない以上、同行為について不法行為が成立する余地はない、という以外にない。


4.考察
 本件は、本件特許を巡って、訴訟、無効審判、審決取消訴訟等を経た複雑な経緯を辿った事件である。また、この判決の中で、最高裁昭和63年1月26日(民集42巻1号1頁)を引用する「民事訴訟を提起した者が敗訴の確定判決を受けた場合において、右訴えの提起が相手方に対する違法な行為といえるのは、当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものであるうえ、提訴者が、そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たと言えるのにあえて訴えを提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められたときに限られるものと解するのが相当である。けだし、訴えを提起する際に、提訴者において、自己の主張しようとする権利等の事実的、法律的根拠につき、高度の調査、検討が要請されるならば、裁判制度の自由な利用が著しく阻害される結果となり妥当でないからである。」と判示している。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '05/4/29