公知技術に対する新規性と進歩性の判断の適否

1.事件の概要
 特許第2581882号「生牛糞尿の急速発酵堆肥化法」について、無効審判が請求され、無効審決になったので、被請求人(特許権者)は取消請求訴訟(東京高裁平成11年(行ケ)第353号)を提起すると共に、特許訂正審判を請求した。
 前記訂正審判による訂正が認められたので、前記高裁は、原審決を取り消した。
 特許庁においては、取消判決を審理の上再び無効審決をしたので、特許権者は再び取消請求訴訟(東京高裁平成13年(行ケ)第154号)を提起し、これに対して取消判決があった。


2.本件の論点
 本件発明の要旨は、「生牛糞尿を発酵槽内で撹拌しつつ好気的発酵させる堆肥化法において、槽内の堆積物を均一に好気的発酵できる程度に撹拌できる撹拌羽根を有すると共に外部から酸素供給可能な密閉式発酵槽に、80%〜85%の水分の生牛糞尿と油脂が吸着された廃棄白土とのみを、生牛糞尿が80〜90重量%の水分及び廃棄白土が20〜10%重量の配合比で投入し、生牛糞尿と廃棄白土のみからなる当該混合物を、発酵槽内に酸素を供給しつつ、前記撹拌羽根により5分間作動10分間停止を繰り返す間欠撹拌を行い、前記油脂が発酵されることにより生ずる発酵熱により、生牛糞尿中の水分を蒸発させて好気的発行を促進して、当該混合物の投入後8〜12時間以内に発酵槽内の混合物の温度を70〜80℃とすることを特徴とする生牛糞尿の急速発酵堆肥化法」である。

 また、刊行物1の特許請求の範囲1には、「生牛糞尿を発酵槽内で好気的発酵させる堆肥化法において、外部から酸素供給可能な発酵槽に、生牛糞尿と、油脂が吸着された廃棄白土とを投入し、生牛糞尿と廃棄白土とからなる混合物を、発酵槽内に酸素を供給しつつ、前記油脂が発酵されることにより生ずる発酵熱により、生牛糞尿の水分を蒸発させて好気的発酵を促進する牛生糞尿の発酵堆肥化法」が記載されている。また、特許請求の範囲2には、「生牛糞尿を発酵槽内で好気的発酵させる堆肥化法において、外部から酸素供給可能な発酵槽に、生牛糞尿と、油脂が吸着された廃棄白土と、水分調整剤を投入し、生牛糞尿と廃棄白土と水分調整剤からなる混合物を、発酵槽内に酸素を供給しつつ、前記油脂が発酵されることにより生ずる発酵熱により、生牛糞尿の水分を蒸発させて好気的発酵を促進する牛生糞尿の発酵堆肥化法」が記載されている。

 本発明の前記要旨と、刊行物1の発明とを比較するに、有機肥料の製造法において「有機性廃棄物を発酵処理するに当り、油脂を吸着した廃吸着剤を混入使用する技術」が同一であるが、前記技術こそ、本発明の基本的思想である。

 原告は本発明の要旨を前記のように訂正し、その訂正が認められたのであるが、実質的には「撹拌羽根により5分作動、10分停止を繰り返す」空気の供給であって、他の条件「投入後8〜12時間以内に発酵槽内の混合物の温度を70〜80℃とすること」は、前記「空気(酸素)供給の結果」を記載したにすぎない。

 前記に対し、判決は、「投入後8〜12時間以内に発酵槽内の混合物の温度を70〜80℃とする」のは実質的に方法を規定すると判断して、本発明は刊行物1から容易に発明できないと判断し、審決を取り消したのである。


3.判決の理由
 (1)刊行物1は、「生牛糞尿」と「廃棄白土」のみの混合物を発酵させる第1発明の構成に従う実施例は全く記載されていない。

 (2)本発明は、刊行物1に記載された発明をそのまま使用するのでなく、撹拌「5分間作動、10分間停止を繰り返す間欠撹拌」を行うことにより、混合物の投入後8〜12時間以内に発酵槽内の混合物の温度を70℃〜80℃とする」ことを実現した。

 (3)刊行物1には、第1発明を前記条件で実施するという記載も示唆もなく、周知技術として当業者に知られていたという証拠もない。

 (4)刊行物1により優れた結果が得られるとされた第2発明よりも、良好に発酵が進行する本発明の構成を採用することが、当業者が予測し得たものと認めるべき事情を見出すことはできない。

 (5)被告らは、刊行物1においても発酵日数はほぼ7日で終了し、本発明における「堆肥化に要する期間はほぼ20日程度」であるから大差はない旨、及び技術は同一条件で行った場合に同一結果を生じるのであるから、大差ない旨、刊行物1に記載された技術と近似した本件発明が予想もできない効果をもたらすとは考えられない旨主張する。
 然し乍ら本発明は、方法に関する発明であるから、前記構成要件を無視することが許されるものではない。


4.考察
 本件は、当初の特許請求の範囲の記載に、明細書に記載された実施例の数値条件を入れて、特許請求の範囲を減縮補正し、これについて判断したものである。
 審決においては、加入した数値に臨界的意義がないこと、及び温度条件等は効果であって発明の構成要件でないとして無効審決したのである。
 これに対し、判決は、効果であっても、方法の発明においては、構成要件として無視できないとして審決を取り消した。
 前記審理の際、本発明の明細書に記載された実施例における数値中、給気条件(撹拌条件)などが通常の方法か、特殊の方法かについては検討されていない。
 また、撹拌と、給気との関係、外気温との関係によって温度条件が異なるのか否かなどについても検討されていないが、このような点の検討を経なかったのは、如何なる理由によるものか疑問が残る。
 また、公知例に本質的技術の示唆があった場合(廃棄白土使用)、その程度の記載が補充されれば、進歩性が否定されるかの判断基準が示されていない。この点、判決は請求の範囲の記載をサポートする実施例がないことを判断要素の一つとしているが、一応の理由とはなるであろう。


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鈴木正次特許事務所