後願特許権に基づく権利行使

   原告はA特許権を所有し、被告はA特許権の先願のB特許権を所有し、これを実施していた所、被告の実施品(以下イ号物件という)はA特許権を侵害するものとして、原告から訴えられたが、裁判所は原告の主張を認め、被告に損害賠償を命じた事件である(平成10年(ワ)第13754号、平成12年8月31日判決、東京地方裁判所)。
 
 元来特許権者は、業としてその特許を実施する権利がある(特許法68条)。  然し乍ら特許発明の実施であっても、他人の特許等との関係で制限されることは当然であるから、他人の特許発明の技術的範囲に属するような態様で実施された場合には、前記他人の特許権を侵害する行為に当たるものとして、その実施行為は侵害となる。
 前記は当然のこと乍ら、当該特許権の先後願に影響はなく、判断される。

 引用発明(米国特許第3121623号明細書)は、硝子、金属、プラスチック等の精密ラップ加工に好適なラップ用研磨剤の製法に関し、未溶融酸化アルミナを用いるがその大部分が均一な円板もしくは平板状配置をなす特徴を有することから、平板状アルミナ結晶が、材料と平行な表面によりラップとラップ仕上げすべき材料との間にそれ自体配向する傾向を有する結果、前記結晶は精密ラップ仕上げ作業用に特に好適であり、深いワイルドな引っ掻き傷が発生する事故は最小限に抑制することが可能となること、ひいてはいかなるラップ仕上げにおいても優れた表面形成が可能となることが認められることが認められる。

 但し前記実施発明が、先願の特許発明の利用発明の場合(特許法72条)及び先使用による通常実施権が認められる場合(特許法79条)、後願特許発明の実施である場合に、当該後願特許発明の無効事由がある場合(特許法123条)など、幾多の関連事項があるので、前記関連事項を夫々解明してからでないと、後願の特許発明について侵害か否か判断することはできない。

 尤も侵害訴訟においては、原則として被告の主張がなければ、前記関連事項は審理の対象にならないので、判断されない場合もあり得る。

 前記において、原告のA特許権が後願であり、被告のB特許権が先願であって、イ号物件がB特許権の実施である場合に、イ号物件が後願特許発明を侵害すると判断する場合には、イ号物件がA特許発明(A特許権の発明)の実施であるか否か(実施でなければ通常の侵害事件となる)、A特許発明と、B特許発明(B特許権の発明)との関係について、先願と後願の関係ならば、B特許発明の明細書又は図面にA特許発明の技術が記載されていないか否か(特許法29条の2)を判断しなければならない(本件は先願公知であるから不用)。

 またB特許発明の公開後、A特許発明が特許出願されたものであるならば、当然のこと乍ら、B特許発明からA特許発明を容易に発明したか否かの判断を必要とするものである(特許法29条2項)。

 何故ならば、A特許発明がB特許発明の明細書又は図面に記載しておれば、当然のこと乍らA特許発明は明らかな無効事由を内蔵しているからである。

 同様に、B特許発明がA特許発明の特許出願前に公開されたものならば(本件はこれに該当する)、A特許発明はB特許発明から、容易に発明できたか否かの判断をしなければならない。何故ならば、明らかな無効事由を内蔵する特許発明に基づき、損害賠償又は差止請求を認めることは明らかに権利の濫用となるからである。

 前記の各事項を全部解決し、それでもイ号物件はA特許発明を侵害するものであるとの判断に立った場合には、更に次の判断をしなければならない。

 即ちA特許発明は、B特許発明の公開後特許出願されたものであるから、A特許発明は、B特許発明と同一でないことは勿論、容易に発明できた範疇にも入らない位の別異の技術思想を有するものとしなければならない。果たして然らば、イ号物件がB特許発明の実施である限り、イ号物件の技術思想と、A特許発明の技術思想とは同一でないことは勿論、イ号物件からA特許発明を容易に発明できない程度に相違していなければならない。

 前記のように、イ号物件がA特許発明を侵害するものであるとするには、次のような疑問を解明しなければならない。
 @イ号物件がB特許発明の実施であるか否か。
 AA特許発明は、B特許発明から容易に発明できない程両特許発明の技術思想が異なっているか否か。
 BA特許発明は、B特許発明の公開後特許出願されたにも拘わらず、特許されたのは何故か。
 C前記関係にあるにも拘わらず、イ号物件がA特許発明を侵害するものとしても権利の濫用にならないか否か。

 前記事件において、裁判所は次のように判断している。

1.争点1について
 被告製品が物件の目録の構成を備えているか否かについて検討し、物件目録の構成を備えていると結論している(相違する点は技術的範囲の判断に影響しないと判断している)。

2.争点2について
 被告製品が本件発明の技術的範囲に属するか否かについて、次のように判断している。

 (1)構成要件E及びFはEについて、構成要件Eにいう「P型窒化カリウム系化合物半導体層の1つの隅部の一部に形成され‥‥台座電極」構成要件Fにいうn電極が「台座電極と対角をなす位置にある」という構成は、夫々他方の構成と相まって平面的にみて台座電極とn電極とが矩形の対角線上の端の最も離れた位置にあることを意味するとして、A特許発明との一致を認めている。
 (2)構成要件Gの充足性について、イ号物件は構成要件Gを充足すると判断した。
 (3)構成要件Hの充足性について、構成要件Hが「台座電極とn電極との通電により透光性電極の下にあるP型窒化カリウム系化合物半導体層に均一に電流を広げ、ほぼ均一な発光が観測される」という効果を奏しない(被告主張)、と直ちに認めることはできないとして、被告の主張を退け、イ号物件は構成要件Hも充足すると判断した。

 3.争点3について、先願特許実施の抗弁は、直ちに本訴請求に対する適法な抗弁が成立するものではないとして、主張自体失当というべきであるとした。

 4.その他判決には、争点4として、差止請求の可否及び争点5として原告の損害額について論じているが、これらの点については省略する。

 判決は、先願の特許発明の実施について後願の特許権に基づく権利行使を求めたものであるが、裁判所はイ号物件がA特許発明(後願)の技術的範囲に属すると判断し、製造販売の差し止めと、賠償金の支払いを命じたものである。

 本件訴訟は、イ号物件が先願(後願前に公開)の実施物であるにも拘わらず、後願の特許発明による権利行使を認めたもので、イ号物件は先願の特許発明の実施であるか否か、先願と後願との技術思想の異同及び後願の特許発明の成立性など、幾多の問題を抱えた事件ということができる。


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鈴木正次特許事務所