未完成発明

  目次
  1.未完成発明と後願排除効
2.未完成発明と権利行使
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1.未完成発明と後願排除効

   先願発明が用途発明として未完成であって、本願発明に対する後願排除効を有していないことを看過した(取消理由1)ことにより、また先願発明を誤認し、本願発明との一致点の認定を誤って(取消理由2)本願発明が先願発明と同一である旨誤って判断した結果、特許法29条の2第1項の規定により特許を受けることができないとの誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消された事例
(平成10年(行ケ)第401号、東京高裁平成13年4月25日判決)
 
1.特許庁における手続の経緯
 原告は昭和58年5月17日に出願した特願昭58−85072号出願の一部を新たな特許出願として、平成3年7月25日、「即席冷凍麺類用穀粉」とする発明につき特許出願をしたが(特願平3−185094号、以下「本発明」という)、平成10年2月9日に特願昭58−32268号(以下「引用例」という)を引用して拒絶査定を受けたので、同年3月26日、これに対する不服の審判を請求した。
 特許庁はこれを平成10年審判第4292号事件として審理した上、同年11月17日に「本件審判の請求は成り立たない」との審決をしたので、原告は審決を不服として本件訴訟となったものである。


2.本願発明の要旨
 「タピオカ澱粉12〜50重量%と穀粉類88〜50重量%とからなる即席冷凍麺類用穀粉」

3.引用例からの引用部分
 「タピオカ澱粉5〜30重量%と穀粉95〜70重量%とを配合した澱粉原料分を真空度約600mmHg以下の減圧環境下で加水混練し、常法通り製麺することにより生うどんを製造し、ついで生うどんを沸騰水中で茹でてゆでうどんを製造し、得られたゆでうどんを急速冷凍することにより冷凍うどんを製造すること」

4.裁判所の判断
 先願発明の未完成について

 (1)用途発明は、「既知の物質のある未知の属性を発見し、この属性により当該物質が新たな用途への使用に適することを見いだしたことに基づく発明であると解される」から、引用例も用途発明でなくてはならないし、この引用例により特許法第29条の2第1項により特許を受けることができないとするためには、引用例も完成していることを必要とするものというべきである。
 (2)引用例が本願発明に対する後願排除効を有するためには、必ずしも引用例が客観的に特許性を具えた発明であることを要するものではないが、特許性の具備以前の問題として、引用例が完成した用途発明として先願明細書に開示されることを要する。この場合に引用例が単に喫食が可能な即席冷凍麺類が製造できるというだけでは引用例が完成された用途発明として先願明細書に開示されていたということはできない。
 即ち本願発明は、用途発明であって、既知のタピオカ澱粉と、穀粉の特定の割合により、特定の効果を奏することが要件となっている以上、同一材料割合であっても、特定の効果について記載がなく、実施例からは特定の効果が認められない場合には、当該引用例の発明は未完成発明として後願排除効を有しないとされたものである。
 (3)引用例には、従来製法のものと「のどごしの良い滑らかさ、歯応え、歯切れの何れも良好で従来の手延べうどんと比べ優劣付けがたいものであった」の記載があるが、引用例の明細書には、前記評価を裏付ける具体的試験についての記載や、試験データ等の開示がない。
 (4)一方、引用例の実施例1通りに製麺し、これを試食した官能評価試験(第三者による試験)では、基準小麦粉100%で製麺した対照物「評価3」(評価点は5〜1である)との比較において「滑らかさ1.1」、「粘性1.7」「弾力性1.0」及び「煮崩れ1.0」となって、何れも対照物より劣悪であることが認められた。
 また、原告の追加官能評価試験でも、小麦粉のみの製品評価の基準3に対し、引用例の実施例1の製品の評価結果は「滑らかさ1.8」「粘性1.9」「弾力性1.3」及び「煮崩れ1.7」であり、小麦粉のみ使用の従来品に比し、著しく劣悪な評価であった。
 (5)前記における試験の取扱いその他において、結果に多少の相違はあるけれども、当業者が引用例の記載を見れば、引用例にはタピオカ澱粉を特定の割合で配合した澱粉が示されているが、これを即席冷凍麺類用澱粉として使用した場合に、穀粉類のみからなる従来の即席冷凍麺類用澱粉(従来技術)よりも優れた効果を奏することは何等開示されておらず、却ってこれよりも劣悪な効果しか得られないことが開示されていると理解することは明らかである。
 従って、引用例明細書の記載によっては、用途発明である引用例発明と一致する「タピオカ澱粉12〜30重量%と穀粉類88〜70重量%とからなる即席冷凍麺類用穀粉」という部分を含め、当業者が反復継続して所定の効果を上げることができる程度まで具体的・客観的なものとして構成されているとはいえず、発明として未完成であるというべきである。そうすると、引用発明は、本願発明に対するいわゆる後願排除効を有しているとはいえず、本願発明と同一であるとして特許法第29条の2第1項により特許を受けることができないとした審決の判断は誤りであるといわざるを得ない。

 以上によれば、原告主張のその余の取消事由(取消事由2)について判断するまでもなく、審決にはその結論に影響を及ぼすべき瑕疵があるというべきであり、違法として取消を免れない。


5.考察
 本件訴訟は、引用例が先願であって、特許法29条の2第1項による特許要件欠如で争われた取消訴訟であるが、原告は引用例の引用箇所(実施例1)の効果が通常の麺類より効果が著しく悪いことを立証して、用途発明における発明未完成を立証し、これが認められた特殊の事件である。
 通常、特許法29条の2第1項を適用された場合には、先願発明と後願発明の異同を比較検討し、後願発明が先願発明の明細書に記載されていたか否かが争われるけれども、本件訴訟では、後願発明が「用途発明」であったことと相俟って、先願発明が用途発明として完成発明であったか、未完成発明であったかが争われた。判決は先願発明を未完成発明と判断し、未完成発明には後願排除効は認められないと判断し、特許法29条の2第1項を引用して本願発明を排除したのは違法として審決取消の判決をしたものである。


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2.未完成発明と権利行使

 特許の対象となる発明は、自然法則を利用した高度の技術思想の創作であって、その技術内容は、当該技術の分野における通常の知識を有する者(以下当業者という)が、反復実施して目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成され、完成された発明であって、前記条件に該当しない発明は、未完成発明である。

 特許発明は、前記完成された発明であって、産業上利用することができると共に、新規性があり(出願前日本国内又は外国で公然知られた発明でないことなど)、かつ進歩性がある(前記公然知られた発明から当業者が容易に発明できない)発明でなければならない。従って前記特許要件に該当しない未完成発明は審査に際し、特許法第29条第1項柱書に違反するものとして拒絶査定される。
 前記特許要件を満足するものと誤解して特許発明とされた場合であっても、無効審判により特許を無効とすることができる(特許法第123条第1項第2号)。

 前記のように未完成発明とは、技術内容が当業者が反復実施して目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されていないものであって、次のような類型に分けることができる。

 (1)目的達成のための手段(発明の構成要件)の全部又は一部を欠く内容のもの。
 (2)解決手段(発明の構成要件)は掲げられているが、その手段のみをもってしては、目的とする技術効果をあげることができないもの。
 (3)示された解決手段のみでは、明らかに目的を達成できないもの。
 (4)実施してみなければ、作用効果を確認することが困難な技術分野に属する技術であって、実施的裏付を欠くもの(例えば化学反応を伴う発明)。
 (5)危険防止、安全確保を必要とする技術であって、当業者が容易に危険防止等を実施できないような内容の技術であり、危険防止等の具体的手段を欠くもの(例えば原子核利用の発電装置の発明であって、適切な放射線保護手段がないもの)。
 (6)その他示された解決手段のみでは、当業者が実施不可能と判断される発明。

 前記に類型された未完成発明には、発明者の思考過程において誤りがあって、実質的に未完成発明である場合と、発明の要部の一部を意識的又は無意識的に開示しない場合とがあり、更に要部でないと錯覚して開示しなかった為に不完全発明とされる場合もある。

 実質的に未完成の発明については救済手段がないが、要部の開示が不十分の為に未完成となった発明については、一年以内の国内優先出願又は再出願して救済することができる。但し出願公開後の再出願には、進歩性について問題を生じるおそれがある。

 特許権者(特許出願人)は、その出願当初から、開示技術と、目的・作用・効果の相互関係を十分吟味し、ノウハウ等の開示を避ける為になした開示猶予が、未完成発明の認定につながらないように留意する必要がある。特に出願発明の構成要件によって、発明の目的を達成し、明細書記載の効果を奏するか否かについての判断は、効果の立証と共に重要な事項となる。

 未完成発明は原則的に特許発明になり得ないので権利行使を受けるおそれはない。
 然し乍ら未完成発明であることを気付くことなく、特許発明となった場合には、権利行使を受ける場合があり得る。
 前記権利行使を受けた場合において、未完成発明の立証が容易の場合と、きわめて困難な場合とある。
 前記において、未完成発明の構成要件の結合、又は明細書全文、図面などから、当業者の技術的知識から容易に実施困難又は明細書に記載された目的効果の達成が困難なことが立証できれば、権利行使を阻止することができるし、無効審判により特許無効にすることもできる。
 然し乍ら、当該発明の要件の一部を開示しなかった為に未完成発明と認識される場合には、開示されなかった発明の重要度により、当業者の知識程度により異なるので、未完成発明の立証は困難となる。
 但し明細書に記載された実施例を、当業者が容易に実施できなかったり、又は実施例をそのまま実施しても当該発明と同一目的を達成し、同一効果を奏することができなければ、不完全発明となる公算が多い。何故ならば、明細書記載の実施例は、当該発明を当業者が容易に実施できるようにする為に記載してあり、通常最も適切な実施が出来るべき例示であるからである。

 特許庁における審査例では、未完成発明に対して、特許法第29条第1項柱書を拒絶理由にするか、明細書に目的達成のための手段の全部又は一部が記載されていないとして、特許法第36条第4項違反の拒絶理由にするかが考えられる。従って無効審判においても当然前記法条違反が問題となる。

 前記未完成発明により権利行使を受けた場合には、前記類型中の1つをあげて未完成発明と主張することができる。従来出願系の審決取消訴訟において、前記類型中の1つをあげ、未完成発明と判断された場合もある(例えば最高、昭52.10.13第1小法廷判決、昭49(行ケ)107号)ので、類型化で対抗することも1方法である。然し乍ら産業上利用できる発明でないことを明らかにすること。即ち技術内容が当業者が、反復実施して目的とする技術効果をあげることができる程度にまで具体的、客観的なものとして構成されていない発明であることを主張立証することが、本質であろう。

 従来特許発明の侵害訴訟においては、当該特許発明の無効審判を請求するのも被告の有力な対抗手段とされているが、前記訴訟の原因が、原告の特許請求の範囲の拡大解釈に起因する場合には、拡大解釈の結果、本来の特許発明の目的効果を逸脱する結果になれば、前記のように未完成発明の抗弁が成立する場合もあり得る。


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鈴木正次特許事務所