無効にされるべき特許権による侵害差止等請求の棄却

解説 特許侵害差止等請求事件において、特許権が特許無効審判により無効にされるべきものであるとして、請求が棄却された事例
(知財高裁 特許侵害差止等請求控訴事件
 平成17年(ネ)第10069号 平成17年6月21日、口頭弁論終結)
 
1.事案の概要
 控訴人は、特許第3303165号「土木工事用レーザ測定器」(以下「本件特許」という。)の特許権者であるが、被控訴人の製造販売する被控訴人装置が、本件発明の技術的範囲に属すると主張し、被控訴人装置の販売差止め及び損害賠償を求めたものである。原審においても、本件特許権は、無効理由を有することが明らかであって、本件特許に基づく原告等の主張は権利の濫用に当たるものとして、許されないとされ、これを不服として原告が控訴したものである。

2.控訴審の裁判所の判断
(1)  判決;本件控訴を棄却する。
(2)  本判決は、無効審判における審理と同様に、本件特許発明と、引用された発明(乙号証)との一致点、相違点を確認した上で、相違点についての判断を行う手法を採用している。

 比較のために、本件特許を以下の構成要件に分説する。

(構成要件A)「路面に敷設パイプ類1本の長さに応じた距離を開削機械によって開削し、この開削部分に敷設パイプ類1本の長さ分の土留めをして敷設パイプ類を敷設し、勾配等を敷設パイプ類に沿って設置したレーザ照射機構によって照射しながら開削作業を行い、かつ上記開削機械で開削部分を埋め戻す工程を順次繰り返すようにしたレーザ開削工法に使用する土木工事用レーザ測定器であり、」
(構成要件B)「レーザ照射機構から少なくともレーザ照射部を分離して小口径マンホールを通過する大きさとして、この分離したレーザ照射部のみを小口径マンホールを介して敷設パイプ類内に設置可能としたことを特徴とする」
(構成要件C)「土木工事用レーザ測定器」である。
 これに対し、証拠乙14の2(引用例に相当)の明細書の記載に照らせば「路面に敷設パイプ類1本の長さに応じた距離を開削機械によって開削し、この開削部分にパイプ類1本の長さ分の土留めをしてパイプ類を敷設し、勾配をパイプ類の内部に設置したレーザ測定器によって測定するとともに、測定用のレーザ光で開削部分を照らしながら開削作業を行い、かつ、上記開削機械で開削部分を埋め戻す工程を順次繰り返すようにしたことを特徴とする路面開削工法に関する土木工事用レーザ測定器」が記載されているものと理解される(乙14の2の発明)。

 両者は構成要件A及びCの点で一致するが、本件特許発明1が、土木工事用レーザ測定器につき、「レーザ照射機構から少なくともレーザ照射部を分離して小口径マンホ−ルを通過する大きさとして、この分離したレーザ照射部分のみを分離して小口径マンホールを通過する大きさとして、この分離したレーザ照射部分のみを小口径マンホ−ルを介して敷設パイプ類内部に設置可能としたことを特徴とする」と言う構成(構成要件B)を有しているのに対し、乙14の2の発明は、土木工事用レーザ測定器について、そのような構成を有しない点で相違する。
 さらに乙10は、「レーザ照射機構から少なくともレーザ照射部のみを小口径マンホールを通過する大きさとして、この分離したレーザ照射部のみを小口マンホールを介して敷設パイプ類内に設置可能としたことを特徴とする」という構成(構成要件B)を有することが明らかである。
 乙11の記載は、平成7年に公知となったもので、電源パック部及びリモートコントロール部とレーザ照射部を含む部分とが分離され直径150mmのパイプ内にも設置可能なものであるから、これらのことからして、相違点に係る構成を有するものと認められる。

 以上によれば、乙14の2の発明における土木工事用レーザ測定器に、乙10又は乙11に記載された事項を適用することにより、本件発明1の構成のようにすることは、当業者が容易になし得たことである。そして、これらの発明の分野が共通し、レーザ測定器の小型化という技術課題及び装置の一部を分離すると言う課題解決方法が広く知られている状況にあること(乙1の1乃至4)に鑑みれば、上記の適用は、容易であると言うべきである。
 従って、本件特許発明1は、乙14の2の発明、乙10及び11に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明することができたものであって、本件特許発明1に係る特許は、特許無効審判により無効にされるべきものと言うべきである。
 また、控訴人は本件特許の構成要件Bについて、訂正案を示して、訂正の用意があると主張したが、判決はこれについても検討を加え、控訴人の主張の訂正によっては、本件特許発明1に係る特許が無効にされるべきことを回避し得るものではない、とした。

 以上判示の通り、本件各特許発明に係る特許は、特許無効審判により無効とされるべきものと認められ、控訴人らは、被控訴人に対し、本訴請求に係る権利を行使することが出来ないものと言うべきであるから、その余の点に付いて判断するまでもなく、控訴人らの本訴請求はいずれも理由がなく、棄却されるべきである。原判決は、これと同旨をいうものであって、相当である。


3.考察
 本件は、平成16年の特許法改正で、新たに設けられた第104条の3を適用して請求を棄却した事例である。この規定は、訴訟の手続き内において、訴えの根拠となる特許権が、特許無効審判により無効とされるべき理由があると裁判所が判断するときは、権利の行使をすることができない、とするものである。所謂「権利無効の抗弁」又は「特許無効の抗弁」と言われるものである。著名な最高裁判決の所謂「キルビー特許判決」で示された「特許に無効理由が存在することが明らかで、無効審判が請求された場合には、無効審決の確定により当該特許が無効とされることが確実に予見される場合には、特許権に基づいて差止請求や損害賠償を請求することは、特段の事情がない限り権利の濫用に当たるので許されない。」との法理を条文化したものである。その実質は権利濫用の抗弁に他ならない。本件は、本条を初めて適用した知財高裁の判例ではないかといわれている。
 然しながら、特許庁の無効審決が確定しない限り、遡及的、全面的に権利を消滅させ、かつ対世的効力を有する無効審決とは異なる。その訴訟限りの相対的な効力を有するものである。特許無効審決を得なくても侵害訴訟の審理を進めることができると言う意味で、侵害訴訟の審理の促進が図られるものである。
 今後、特許侵害訴訟等に於いて、訴訟を早期に終結させる被告側の特許訴訟に対する有力な防御手段としての活用が期待される。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '06/8/23