審決取消請求事件

解説 審決取消請求事件
(知的財産高等裁判所 平成17年(行ケ)第10205号 平成17年11月14日、口頭弁論終結)
 
1.事案の概要
@ 被告は、発明の名称を「結晶ラクチュロース三水和物とその製造法」とする 特許第2848721号(以下「本件特許」という。)、平成10年11月6日設定登録された特許の特許権者である。これに対し原告から平成11年7月19日付けで、特許異議の申立てがなされ、被告は訂正請求をし、同訂正後の明細書を(以下「本件明細書」という。)に対し、平成12年6月6日付けで、「訂正を認める。本件特許を維持する」旨の異議決定がなされた。
A 原告は、平成15年1月30日、本件特許に対し無効審判を請求した。特許庁はこの請求を無効2003−35028号事件として審理し、平成16年3月2日「本件審判の請求は成り立たない」との審決をした。
B 本件特許の【請求項1】は、C122211・3H2Oの分子式を有する結晶ラクチュロース三水和物、である。
C 原告は、これを不服として、本件審決取消し訴訟を提起した。


2.裁判所の判断(判決)
(1) 判決 特許庁が無効2003−35028号事件についてした平成16年3月2日にした審決を取り消す。
 @  審決の概要
 審決は、本件発明1乃至3は、本件出願前に頒布された刊行物の記載に基づいて当業者が容易に発明できたものでないから、また、明細書に記載の不備があるとは言えないから、本件特許を無効とすることはできない、とした。


(2)本件の争点
 @  原告は、本件明細書には、ラクチュロース三水和物の製造法の再現に必要である原料結晶であるラクチュロース三水和物をどのようにして初めて得るかについての情報が欠けていると主張した。
 A  被告は、審決の認定判断に誤りはなく、審決を取り消すべき理由はない、とした。

(3)  
 @  特許出願が、実施可能要件を満たすものであることは、特許出願に際して出願人が立証すべきものであることは明らかであり、拒絶査定不服審判、無効審判や審決取消訴訟においても同様である。そして物の発明においては、その物をどのようにして作るかについての具体的な記載がなくても、明細書等の記載並びに出願当時の技術常識に基づき当業者がその物を製造できる特段の事情のある場合を除き、発明の詳細な説明に、その物の製造方法が具体的に記載されていなければ、実施可能要件を満たすものとは言えない。物を製造する方法についても同様である。
 A  本件明細書の実施例1〜3として、ラクチュロース三水和物を種晶としてラクチュロース三水和物を製造する方法が具体的に記載されているから、種晶としてラクチュロース三水和物を製造することが出来れば、当業者はこれを用いて実施例1〜3に記載された手法によりラクチュロース三水和物を製造することができると認められる。しかし、最初に、種晶となるべきラクチュロース三水和物をどのようにして製造するのかについて、明細書の説明には具体的な記載は存在しない。
 B  被告は、実施例にラクチュロース三水和物を種晶として使用することが記載されていても、種晶として使用するラクチュロース三水和物が無いのであれば、当業者は、従来唯一知られているラクチュロース三水和物を種晶として使用することは当然であると主張する。また、ラクチュロース三水和物を種晶として、ラクチュロース三水和物を得るとの記載に接した当業者が、ラクチュロース三水和物を有しない場合に、そのまま実施不能になることは有り得ないと主張する。
 C  然しながら、本願出願時に「ラクチュロース」として「無水物」しか知られて居なかったとしても、被告の挙げる本件明細書の段落【0012】の記載をもって、ラクチュロース無水物を種晶としてラクチュロース三水和物が得られることが記載されていると認めることはできない。
 D  そして、ラクチュロース結晶として、唯一知られていたのが無水物あったと言うだけの理由で、当業者にとって、ラクチュロース無水物を種晶として使用することが当然であったと言うことはできない。また、仮に、当業者がラクチュロース無水物を種晶として使用することを試みるとしても、そうすることによりラクチュロース無水物を当然に製造できるとは言えない。
 E  また、被告は、同じ物質でなくても、既に飽和状態にある溶液が種晶として添加された物質をきっかけとして結晶化することは、当業者に広く知られており、ラクチュロース三水和物を種晶としてラクチュロース三水和物を得るとの記載に接した当業者が、ラクチュロース三水和物を有しない場合にそのまま実施不能になることは有り得ないと主張するが、証拠によっても、これらの記載によれば、目的物と同じ物質でなくとも、種晶として使用できる場合のあることが認められるものの、ラクチュロース三水和物がラクチュロース三水和物以外の種晶を使用して製造できることまでを認めることはできない。
 F  被告は、本件明細書の記載に基づいて、実際にラクチュロース無水物を種晶として使用しても、ラクチュロース三水和物が得られることは、追試実験(被告の提出証拠)からも裏付けられると主張する。然しながら、本件出願当時の技術常識を考慮しても、本件明細書の記載から、当業者が種晶としてラクチュロース無水物を使用してラクチュロース三水和物を製造する方法を知り得るものと認めることは出来ないのであるから、被告の挙げる追試試験の結果を、本件明細書の記載を補完するものとして参酌することは出来ない。
 G  以上検討したところに拠れば、被告の主張は何れも採用できず、本件明細書の記載及び本件出願時の技術常識に基づいて、当業者が種晶として使用するラクチュロース三水和物を容易に製造できる特段の事情が存在すると認めることは出来ないから、本件明細書の発明の詳細な説明の記載には、特許法旧36条4項に違反する不備があると言うべきである。


3.考察
 本件は、特許を維持した審決を、明細書の記載が不備(不十分)であるとして、取り消した事例である。発明の物質を作る為の出発物質の製造方法が、出願当時の技術常識に基づき、容易に製造することが出来ないから、それが記載されていないのは、明細書の記載が不備であるとしたものである。 明細書の作成に当たり、発明物質を専門的に研究している研究者にとり、理解している技術内容であっても、その出発物質が出願当時の技術常識に基づき、容易に製造することが出来るものであるかを検討する必要がある。明細書の作成際、当業者の見地に立ち、明細書の記載内容に注意が必要なことを示唆している事例である。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '06/12/25