職務発明の相当の対価(外国特許の相当の対価)

解説 職務発明の相当の対価の額に不足があるときは、裁判所に訴えてその不足額を請求できるとした事例
(最高裁第三小法廷 平成16年(受)781 平成18年10月17日、判決)
 
第1 事案の概要
1.本件は、被上告人が、職務発明について、我が国の特許を受ける権利と共に外国の特許を受ける権利を上告人に譲渡したことにつき、上告人に対し、特許法35条(平成16年法律第79号による改正前のもの。以下同じ。)3項所定の相当の対価の支払いを求める事案である。

2.原審が適法に確定した事実関係の概要は、次の通りである。
(1)上告人は、総合電器メーカーである。被上告人は上告人の中央研究所の主管研究員等として勤務していた。
(2)被上告人は、上告人の従業員であった当時、本件発明1〜3(以下本件各発明と言う。)を他の従業員と共同して発明をし、何れも光ディスクに関するものであり、その性質上、上告人の業務範囲に属し、かつ、発明をするに至った行為が被上告人の職務に関するものであって、特許法35条1項の職務発明に当たる。
(3)被上告人は、本件各発明につき、上告人との間で、それぞれ特許を受ける権利(外国の特許を受ける権利を含む。)を上告人に譲渡する旨の契約を締結した。
(4)上告人は、本件各特許について、我が国において特許出願をし、設定登録を受け、アメリカ合衆国、カナダ、イギリス、フランス、オランダ、ドイツ各国でにおいて、それぞれ特許権を取得した。
(5)上告人は、本件譲渡契約を締結した当時、いわゆる「発明考案等に関する補償規定」を定めていた。
(6)上告人は、我が国及び外国に於いて、複数の企業との間で本件各特許の実施を許諾する契約を締結し、その実施料を収受するなどして利益を得た。
(7)上告人は、被上告人に対し、本件各特許の譲渡の対価として、前記「発明考案等に関する補償規定」に基づき、合計2,380,100円の賞金又は補償金を支払った。

3.原審は、次の通り判断して、被上告人が本件各発明の特許を受ける権利の譲渡に伴い、上告人に対して請求し得る相当の対価の額(前記規定に基づいて支払いを受けた分を差引いた額)を、合計1億6300円の支払いを求める限度で被上告人の請求を認容した。


第2 上告受理申立て理由3について
 外国の特許を受ける権利の譲渡に伴って譲渡人が譲受人に対しその対価を請求できるかどうか、その対価の額はいくらであるかなどの特許を受ける権利の譲渡の対価に関する問題は、譲渡の当事者がどのような債権債務を有するのかという問題にほかならず、譲渡当事者間における譲渡の原因関係である契約その他の債権的法律行為の効力の問題であると解されるから、その準拠法は、法例7条1項の規定により、第1次的には当事者の意思に従って定められると解するのが相当である。なお、譲渡の対象となる特許を受ける権利が諸外国においてどのように取り扱われ、どのような効力を有するのかという問題については、譲渡当事者間における譲渡の原因関係の問題と区別して考えるべきであり、その準拠法は、特許権についての属地主義の原則に照らし、特許を受ける権利に基づいて特許権が登録される国の法律であると解するのが相当である。
 なお、上告人と被上告人との間には、本件譲渡契約の成立及び効力につきその準拠法を我が国の法律とする旨の黙示の合意が存在すると言うのであるから、外国の特許を受ける権利を含めてその譲渡の対価を請求できるかどうかなど、本件譲渡契約に基づく特許を受ける権利の譲渡の対価に関する問題については、我が国の法律が準拠法となると言うべきである。以上と同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は採用することができない。


第3 上告受理申立て理由4について
 我が国の特許法が、外国の特許又は特許を受ける権利について直接規律するものでないことは明らかであり、特許法35条1項及び2項にいう「特許を受ける権利」が我が国の特許を受ける権利を指すものと解さざるを得ないことなどに照らし、同条3項にいう「特許を受ける権利」についてのみ外国の特許を受ける権利が含まれると解することは、文理上困難であって、外国の特許を受ける権利の譲渡に伴う対価の請求について同項及び同条4項の規定を直接適用することはできないと言わざるを得ない。
 しかしながら、同条3項及び4項の規定は、従業者等と使用者等が対等の立場で取引きをすることが困難であることに鑑み、その処分時において、同条4項所定の基準に従って定められる一定範囲の金額について、従業者に確保できるようにし、特許法の目的(発明の奨励、産業の発展に寄与する)を実現することを趣旨とするものであると解するのが相当であるところ、対等の立場で取引きをすることが困難である点は、その対象が我が国の特許を受ける権利である場合と外国の特許を受ける権利である場合とで何ら異なるものではない。
 そして、特許を受ける権利は、各国ごとに個別の権利として観念し得るものであるが、共通する一つの技術的創作活動の成果であり、その基となる雇用関係も同一であり、当該発明についてついては、使用者等にその権利があることを認めることによって、当該発明をした従業者等と使用者等の間に当該発明に関する法律関係を一元的に処理しようというのが、当事者の意思であると解される。
 そうとすると、同条3項及び4項の規定については、その趣旨を外国の特許を受ける権利にも及ぼすべき状況が存在するというべきである。
 従って、従業者等が特許法35条1項所定の職務発明に係る外国の特許を受ける権利を使用者等に譲渡した場合において、当該外国の特許を受ける権利の譲渡に伴う対価請求については、同条3項及び4項の規定が類推適用されると解するのが相当である。本件において、被上告人は、上告人との間の雇用関係に基づいて特許法35条1項所定の職務発明に該当する本件各発明をし、それによって生じた諸外国の特許を受ける権利を、我が国の特許を受ける権利と共に上告人に譲渡したというのである。従って、被上告人は、上告人に対し、上記各外国の特許を受ける権利の譲渡に伴う対価請求については、同条3項及び4項の規定が類推適用され、所定の基準に従って、定められた相当の対価の支払いを請求することができると言うべきである。
 所論の点に関する原審の判断は、結論において正当であり、論旨は採用することができない。


第4 考察
 職務発明に関する最高裁判例は少ない。2004年の職務発明の相当の対価の額が司法審査に服することを確認した。即ち、相当の対価に不足があるときは、裁判所に訴えてその不足額を請求できるとしたのがよく知られている。本判決はその数少ない判例の一つである。実務の参考になると思われるので、紹介した。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '08/2/4