審決取消請求事件(記録媒体用ディスクの収納ケース)

解説 審決取消請求事件
 「当接」という文言が明確である以上、発明の要旨を認定する際に、明細書の記載を参酌して「当接」を限定解釈することは許されないと判断した事例
(知的財産高等裁判所第4部 平成18年(行ケ)第10277号 平成19年3月8日、判決言渡)
 
第1 事案の概要
 本件は、被告の有する「記録媒体用ディスクの収納ケース」に係る本件特許について、原告が無効審判を請求したところ、特許庁は、請求項1に係る発明についての特許を無効とし、請求項2に係る発明についての審判請求は成り立たないとの審決をしたため、原告が、請求項2に係る発明についての審決の取消しを求めた事案である。

第2 審決の要旨
 審決は、訂正を認めた上で、まず、請求項1に係る本件発明1について検討し、同発明は、甲1〜3及び周知技術に基づいて当業者が容易に想到し得たものであると結論付けた。次に、審決は請求項2に係る発明は、同発明と甲1に記載された発明との相違点5〜7のうち、相違点5及び7に係る構成は当業者が容易に想到し得るが、相違点6に係る構成は、請求人(原告)が提出した証拠をもってしても当業者が容易に想到し得たとは言えないとして、本件発明2についての審判請求は成り立たないと判断した。この解説においては、技術的内容は省略して、法律に関する争点に絞って、解説する。

第3 争点
 審決のように、発明の要旨の認定は、特許請求の範囲の記載のみによるのではなく、明細書の記載を参酌して特許請求の範囲に記載の「当接」の意義を、限定解釈することは適法か否かが争点となった。

 訂正後の【請求項2】 保持板とカバー本体とが、それぞれの一端側に設けられたヒンジ部を介して互に揺動開閉自在に連結され、保持板には、その板面の略中央部に、記録媒体ディスクの中央穴に嵌まる保持部が設けられ、これら保持板とカバー体とによって、記録媒体ディスクの両面を覆う収納状態とでき、
 収納状態は、前記ディスクを前記保持部に嵌合したとき該ディスク上面と前記保持部上面間の距離が、前記ディスクの厚み以下とされており、前記保持板の裏面から前記保持部の上面までの距離は4mm程度とされており、かつ前記カバー体の内面と前記保持部の上面とは当接するか又は、前記ディスクの厚み以下の間隙が形成されており、かつ前保持板の裏面からカバー体の上面までの厚みは6mm以下に設定されたおり、
 前記保持板は、上下ヒンジ部を有するヒンジ結合側端縁部と、該ヒンジ結合側端縁部とは反対側の自由端縁部と、これら両端縁部を介して対向する上下端部とを有する矩形状に形成され、かつ前記ヒンジ結合側端縁部には周壁が形成されており、
 前記カバー体は、その一端部において前記保持板の上下ヒンジ部の対向内面側にヒンジ結合されるヒンジ部を形成した結合側端縁部と、該ヒンジ結合側端縁部とは反対側の自由端縁部と、これら両端縁部を介して対向する上下端縁部とを有する矩形状に形成されていて、前記ヒンジ結合により保持板に対して閉じた前期収納状態から180°開いた状態に相対回動可能になったおり、かつ、180°開いた状態において前記カバー体におけるヒンジ結合側端縁部は前期保持板のヒンジ結合側端縁部と当接可能になっており、
 前記収納状態において、カバー体におけるヒンジ結合側端縁部は、保持板におけるヒンジ結合側端縁部よりも外方へ突出するようになっており、この突出部分に周壁が設けられ、この周壁は指掛け部とされており、
 保持板の上下端縁部の中央には、保持板の内側へ入り込む中央凹所が形成され、
カバー体には中央凹所に嵌合する周壁中央部が形成され、該中央部の周壁の高さはケースの厚みとされており、
 前記カバー体には前記周壁中央部の両側に周壁が形成され、該周壁には内側に突出するラベル係止爪が設けられ、かつ前記カバー体には、前記係止爪に連通する厚み方向に貫通した連通孔が設けられており、
 前記保持板には前記中央凹所の両側に周壁が形成され、該周壁には、前記係止爪を内側において迂回する段部が形成されていることを特徴とする記録媒体用ディスクの収納ケース。


第4 原告主張
@  審決は、訂正の許否についての判断を誤り、また本件発明2と甲1発明との相違点6についての判断を誤ったものであるから、取り消されるべきである。
A  審決は、特許請求の範囲の「当接可能」との用語の意味を、発明の詳細な説明に実施例として記載された当接状態を指すものとして限定して解釈した上で、係る限定解釈を前提とすれば、上記訂正は新規事項の追加に該当しないと判断した。
B  「当接可能」とは、当業者の通常の理解では、字義どおり広く「接し当たることが可能である」状態を意味するものとして一義的に理解することができる。また、特許請求の範囲には「当接可能」の意味を限定する記載は何ら存在しない。審決は、「当接可能」について本件訂正明細書の発明の詳細な説明を参酌した上で、実施例における当接状態を指すものとして限定解釈し、その結果、本件訂正が新規事項の追加に該当しないと誤って判断しているのであり、係る認定、判断は違法であることは明らかである。
 このことは、最高裁第二小法廷判決、平成3年3月8日(民集45巻3号123頁参照)の趣旨に反するものである。

第5 被告の反論
 被告は、記録媒体用ディスクの収納ケースの技術分野においては、ケース本体と蓋体の相対回動は180°以下に設定することが一般的な常識事項であり、180°を超えて回動する構成は極めて特異であって、そのような構造を実現できなかった、又は容易に想到することが困難であったことを示している。従って、本件発明2の構成は、進歩性が認められるべきである。

第6 裁判所の判断
 判決:特許庁が無効2004−80029号事件について平成18年5月12日にした審決のうち、特許第3349138号の請求項2に係る部分を取り消す。

(1) 取消事由2(相違点6の判断の誤り)について
@  特許要件を審理する前提としてされる特許出願に係る発明の要旨の認定は、特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか、或いは一見してその記載が誤記であることが発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなど、発明の詳細な説明の記載を参酌することが許される特段の事情のない限り、特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきである(最二小判平3年3月8日・民集45巻3号123頁参照)。
A  請求項2の「当接」との用語は、被告も指摘するとおり、一般的に用いられる言葉ではなく、広辞苑や大辞林にも登載されていないが、この言葉を構成する「当」と「接」の意味に照らすと、「当たり接すること」を意味すると解することができる。そうとすると、請求項2の「当接」という用語の技術的意義が一義的に明確に理解することが出来ないとして、本件訂正明細書及び図面を参酌するとしても、同請求項の「当接」は「当たり接すること」を意味すると言うべきであって、審決のように「当接」の意義を限定的に理解することは相当でない。
B  しかしながら、各段落の記載を参照するとしても、「当接」という用語自体は何れも「当たり接する」ことを意味するものとして用いられていると言うべきであり、しかも、各段落の記載は、本件発明2の実施例についての説明であり、請求項2自体には、カバー体3と保持板2とが180°開いた状態で「当接」した後、その「当接状態」を乗り越えて、カバー体3と保持板2との相対回動を許容するとの構成についての記載はないことは、前記判示の通りである。
C  そうとすると、請求項2の「当接」という用語の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとして、本件訂正明細書及び図面を参酌するとしても、同請求項の「当接」は「当たり接すること」を意味するに止まると言うべきであって、審決のように「当接」の意義を限定的に理解することは相当でない。
D  以上によれば、審決がした「当接」の用語の意義の認定は誤りであると言わざるを得ず、この誤りが相違点6の判断に影響を及ぼすことは明らかである。

(2)  以上のとおり、原告の主張する取消事由2は理由があるので、その余の取消事由について判断するまでもなく、審決は違法として取消しを免れない。

第7 考察
 本判決は、裁判所は、「当接」という文言が明確である以上、発明の要旨を認定する際に、明細書の記載を参酌して「当接」を限定解釈することは許されないと判断した。実務の参考になると思われるので、紹介した。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '07/11/7