特許取消決定取消請求事件(おしゃれ増毛装具)

解説 特許取消決定取消請求事件
 被告(特許庁長官)の予備的請求を認め、審決取消訴訟において、主たる引用発明と、従たる引用発明を入れ替えて、これにより進歩性を判断することが許された事例
(知的財産高等裁判所第3部 平成17年(行ケ)第10179号 平成18年7月11日、判決言渡)
 
第1 手続きの経緯
 原告は、発明の名称「おしゃれ増毛装具」とする特許(第3264886号)の特許権者である(平成13年12月28日設定登録)。本件特許の請求項1、2、4、5について特許異議申立てがされ、異議2002−72215号事件として係属し、原告は該特許の訂正を請求し、この訂正請求を補正する手続きを行った。
 特許庁は、上記補正は認められず、また、上記訂正は認められないとした上で、「第3264886号の請求項1、2,5に係る特許を取り消す。同請求項5に係る特許を維持する」との決定をした。原告は本訴の係属後、本件明細書を訂正する審判を請求した。特許庁はこれを訂正20003−39259号事件として審理し、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、この審決が確定した。
 その後、原告は改めて、訂正審判を請求し、特許庁は、これを訂正2004−39222号事件(以下「本件審判」という。)として審理し、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をした。原告は、この審決の取消を求めて本訴を提起した。この解説においては、技術的内容は省略して、法律に関する争点に限って、解説する。


第2 原告の主張の取消し事由の要点
(1) 取消事由1(本件発明1についての取消事由)
 決定は、本件発明1と刊行物1発明の対比を誤り、相違点1及び作用効果についての判断を誤った。
(2) 取消事由2(本件発明2についての取消事由)
 決定は、本件発明2と刊行物1発明の対比を誤り、相違点1及び作用効果についての判断を誤った。また、被告の予備的主張は失当である。
(3) 取消事由3(本件発明4についての取消事由)
 決定は、本件発明4は、本件発明の1,2についての取消し事由と同様な理由により本件決定は誤りである。
第3 裁判所の判断
 判決:原告の請求を棄却する。
(1)  本件発明1が刊行物1発明及び刊行物2ないし3に記載された技術事項にもとづいて当業者が容易に発明をすることができたとする決定・判断に誤りがなく、原告主張の取消し事由1−1ないし取消し事由1−3はいずれも理由がない。
(2)  また、刊行物1発明において、刊行物3記載の事項を適用して相違点2−1に係る本件発明2のように構成することを、当業者が容易になし得ることとした決定の判断は誤りと言わざるを得ない。
(3)  被告の予備的主張について
 @  本件発明2についての特許を取り消すべきものとした決定の判断に誤りがあることは、上記の通りであり、特段の事情がない限り、この誤りは決定の結論に影響を及ぼすものと言うべきものである。
 A  しかるところ、被告は刊行物3を主たる引用例とし、刊行物1及び2を従たる引用例とすることによって、本件2発明に進歩性がないことが理論づけられるから、決定の結論に影響を及ぼすものではない旨主張するので、検討する。
 B  本訴に於いて、被告が予備的主張をすることの可否について
   特許無効審判の審決に対する取消し訴訟においては、審判で審理判断されなかった公知事実を主張することは許されず、拒絶査定不服審判の審決に対する取消訴訟においても、同様に解すべきものであるところ(最高裁昭和42年(行ツ)第28号同51年3月10日大法廷判決・民集30巻2号79頁)、この理は、特許異議の申立てに基づく取消決定(以下「取消決定」という。)に対する取消訴訟についても、同様に当てはまるものと言うべきである。
 即ち、無効審判、拒絶査定不服審判及び特許異議申立事件において、特許法29条1項各号(同条2項において引用された場合を含む。以下、同じ。)に掲げる発明に該当するものとして審理されなかった事実については、取消訴訟において、これを同条1項各号に掲げる発明として主張することは許されない。
 然し乍ら、審判や特許異議の申立てについて審理された公知事実に関する限り、審理の対象とされた発明との一致点・相違点について審決や取消決定と異なる主張をすること、あるいは、複数の公知事実が審理判断されている場合にあっては、その組合わせにつき審決や取消決定と異なる主張をすることは、それだけで直ちに審判や特許異議の申立てについての審理で審理判断された公知事実との対比の枠をこえると言うことはできないから、取消訴訟においてこれらを主張することが常に許されないとすることはできない。

 C  本件は、取消決定の取消を求める訴訟である処、決定は、本件発明2につき、刊行物1ないし3に記載された各発明との間で、刊行物1に記載された発明を主たる引用発明とし、刊行物2及び3に記載された各発明を従たる発明として対比した上で、これらの発明から当業者が容易に発明することができたと判断したものである。
 D  被告は、前記の通り決定に誤りがあるとしても、本件発明2について、刊行物3に記載された発明を主たる引用発明とし、刊行物2及び1に記載された各発明を従たる引用発明として対比して判断すれば、当業者が容易には発明することが出来たと言うべきであるから、決定を取り消すべき理由はない旨主張する処、甲9ないし11及び弁論の全趣旨によれば、刊行物1ないし3に記載された各発明は、いずれも本件の特許異議申立ての審理において、特許法29条1項3号に該当するものとして審理された公知事実であり、従って、刊行物3の発明についても、審理に於いて本件発明2との関係で29条1項3号に掲げる公知事実として実質的に審理されていたと言うことができるから、本訴に於いて被告が予備的主張をすることは許されると言うべきである。従って、被告の予備的主張に理由があるときは、決定を取り消すべき理由がないことに帰することとなる。
 E  従って、刊行物3発明に、刊行物1記載の事項及び技術常識を適用し、本件発明2の相違点及び構成のように、増毛用として薄くなった自毛と同色の人工毛を用いるおしゃれ増毛装具とすること、また、複数の弾性線状部材の並設される間隔を、自毛に人工毛を混在させるような所定の間隔とすることは、当業者が容易に想到することが出来たものと認めるのが相当である。

第4 考察
 本判決は、被告(特許庁長官)の予備的請求を認め、審決取消訴訟において、主たる引用発明と、従たる引用発明を入れ替えて、これにより進歩性を判断することが許された事例である、実務の参考になると思われるので、紹介した。本件特許に関し、訂正審判の審決取消訴訟につき、同旨の判決・平成17年(行ケ)第10264号がある。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '07/6/12