特許権侵害差止請求事件(電着画像の形成方法)

解説 特許権侵害差止請求事件
 発明の全工程を実施する者がいない事例で、方法の発明において構成要件の一部を他人が実施している場合に、特許侵害を認めた初めてのケースであると言われる事例
(東京地裁 民事46部 平成12年(ワ)第20503号 平成13年7月12日、口頭弁論終結)
 
第1 事案の概要
 原告は、発明の名称「電着画像の形成方法」とする特許第2695752号の特許権者である。被告の製造販売する装置が、前記特許発明の技術的範囲に属するとして、その製造等の差止めを求めた事案である。
 特許権は平成9年9月12日設定登録された。

【特許請求の範囲・請求項1】
 「金属板の表面に導電性被膜を形成し、前記導電性被膜表面に電着画像を形成し、感圧接着剤層を設けた支持基材の該感圧接着剤層に前記前記電着画像を前記導電性被膜とともに金属板から剥離転写し、前記導電性被膜を前記電着画像から剥離し、電着画像の露出面に固定用接着剤層を形成し、前記支持基材から前記電着画像を剥離しつつ、前記固定用接着剤層を介して前記電着画像を被着物の表面に貼付けることを特徴とする電着画像の形成方法。」である。


第2 主な争点
 本件特許の構成要件の内、Eに該当する工程(被告製品の時計文字盤等への貼付)を被告自ら実施せず、被告製品の購入者において実施しているとしても、この工程を含んだ全体の工程を被告の行為と同視して、本件特許の侵害と評価することができるか(争点4)
 尚、スペースの制約上、技術問題は省略し法律上の問題を解説し、侵害行為関係について、解説を省略する。


第3 被告の主張
 被告は、電着画像を文字盤製造業者に販売しているのであって、粘着材層を介して、文字盤に電着画像を固定するという工程を自ら行っているものではない。もとより、被告は文字盤製造業者の仕様に適合するように製品を製造しているのであって、被告が文字盤製造業者を手足として利用しているのではない。

第4 裁判所の判断
 判決:
(1) 被告は、別紙目録記載の時計文字盤等用電着画像を製造、販売してはならない。
(2) 被告は、その占有する別紙目録記載の時計文字盤等用電着画像を廃棄せよ。
(3) 原告のその余の請求を棄却する。
(4) 争点4(構成要件Eに該当する工程〔被告製品の時計文字盤等への貼付〕を被告自ら実施せず、被告製品の購入者において実施しているとしても、この工程を含んだ全体の工程を被告の行為と同視して、本件特許権の侵害と評価することができるか)について
(a) 被告製品は、前記争いのない事実記載のとおり、工程11において、裏面から捨て電鋳層を剥離し、次いで、剥離紙を貼付した後、製品電鋳層を切り離した上で、包装され、販売されている。被告製品は、この状態で、文字盤製造業者に販売されているところ、これを購入した文字盤製造業者によって、裏面の剥離紙を剥がされて、文字盤等の被着物に貼付されることは、「時計文字盤等用電着画像」という被告製品の商品の性質及び上記被告製品の構造に照らし、明らかである。
 被告製品には、他の用途は考えられえず、これを購入した文字盤製造業者において上記の方法により使用されることが、被告製品の製造時点から、当然のこととして予定されているということができる。従って、被告製品の製造工程においては、構成要件Eに該当する工程が存在せず、被告製品の時計文字盤等への貼付という構成要件Eに該当する工程については、被告自らこれを実施していないが、被告は、この工程を、被告製品の購入者である文字盤製造業者を道具として実施しているものと言うことができる。従って、被告製品の時計文字盤等への貼付を含めた本件特許発明の全構成要件に該当する全工程を被告自身により実施されている場合と同視して、本件特許権の侵害と評価すべきものである。
(b) もっとも、被告製品が輸出された場合には、日本国外において被告製品を購入した文字盤製造御者がこれを時計文字盤に貼付することとなる。この場合には、被告自身は国内に所在しているとしても、構成要件Eに該当する工程は国外に所在する購入者により国外で実施されるものである。このような場合には、本件各特許発明の全構成要件に該当する全工程についてみると、その一部を日本国内において、残余を日本国外に於いて実施することとなり、国内においては方法の特許の技術的範囲に属する行為を完結していないことになるから、方法の特許を国内において実施していると評価することはできない。
 そうとすると、我が国の特許権の効力が我が国の領域内においてのみ認められること(特許権の属地主義の原則)に照らすと、被告製品が輸出される場合には、被告製品の製造行為を本件特許権の侵害ということはできない。(なお、特許法2条3項1号に規定する物の発明の実施には、その物を輸出する行為は含まれていない。)
(5) 被告方法は、特許発明の技術的範囲に属するものだから、被告方法が公知技術の実施に過ぎないということはできない。従って、特許無効を理由とする権利濫用の抗弁のほかに、いわゆる「自由技術の抗弁」(公知技術の抗弁)を理論上認める余地があるかどうかは、ともかくとして、被告の主張はその前提を欠くものであって、失当である。

結論
 以上判示のとおり、被告が被告製品を製造・販売して、その購入者である文字盤製造業者をして被告製品を時計文字盤等へ貼付させる行為は、全体として本件特許権を侵害するものであり、また本件特許に無効理由があるとは認められないから、本件請求において、原告が被告に対し、被告製品の製造・販売を差止め及び被告製品の廃棄を求めるのは理由がある。しかし、被告製品の輸出を差止めを求める点は、理由がない。


第5 考察
 特許法は、特許権の侵害は、一人の人格が特許権の構成要件のすべてを充足する行為をすることを特許権の侵害行為と規定している。
 本件に於いては、発明の全工程を実施する者がいない事例である。
 本判決は、方法の発明において構成要件の一部を他人が実施している場合に、特許侵害を認めた初めてのケースであると言われている。
 方法の発明の工程(構成要件)の一部が、被告以外の第三者により行われている場合において、第三者を被告の道具と見なし得ることを理由に、特許権の直接侵害であることを認めた事例である。
 他方、上記の事例で、第三者の行為が国外で行われた場合には、第三者の行為は、特許権の侵害とはならないことを認めた事例である。
 実務の参考になると思われるので、紹介した。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '08/1/29