審決取消請求事件(新規性喪失の例外の規定の適用)

解説 国際公開パンフレットによる公開は、特許法30条1項の「特許を受ける権利を有する者が……刊行物に発表した」場合に当たらないとする審決に対する取消請求事件
(知的財産高等裁判所 平成18年(行ケ)10559 平成19年08月30日、判決言渡)
 
第1 当事者間に争いのない事実
 原告は、発明の名称を「腹膜透析または連続的な腎臓治療のための2部分の重炭酸塩ベース溶液」につき平成13年6月1日、特許を出願した(以下「本件特許」という)。原告は、本件特許の出願時に、特許法30条1項の適用を申し立て、本願発明が同項に規定する発明であることを証する書面として、国際公開第01/17534号のパンフレット(以下「本件国際出願」という。)を提出したが、拒絶査定を受けたため、審判を請求した。
 特許庁は、不服2004−26338号事件として審理し「本件審判の請求は成り立たない」との審決をした。原告は、これを不服として、審決取消訴訟を提起したものである。


第2 争点
 唯一の争点は、本件パンフレットによる公開は、特許法30条1項の「特許を受ける権利を有する者が……刊行物に発表した」場合に当たらないとする審決に対し、原告は、本件パンフレットによる公開は、同法30条1項の上記場合に当たるから同規定の適用があると主張した。

第3 裁判所の判断
1.判決;原告の請求を棄却する。

2.「刊行物に発表する」との文言の解釈の誤りについて
(1) 特許法30条1項の「特許を受ける権利を有する者が…刊行物に発表」することの意義について、最高裁平成元年判決は、発明が公開公報に掲載されることが特許法30条1項「特許を受ける権利を有する者が…刊行物に発表し(た)」ことに該当するか否かが争われた事案において、「特許を受ける権利を有する者が、特定の発明について特許出願した結果、その発明が公開特許公報に掲載されることは、特許法30条1項にいう『刊行物に発表』することには該当しないと解するのを相当とする。けだし、同法29条1項のいわゆる新規性喪失に関する規定の例外規定である同法30条1項にいう『刊行物に発表』するとは、特許を受ける権利を有する者が、自ら主体的に刊行物に発表した場合を指称するものというべきところ、公開公報は、特許を受ける権利を有する者が特許出願したことにより、特許庁長官が手続きの一環として同法65条の2の規定に基づき出願に係る発明を掲載して刊行するものであるから、これによって特許を受ける権利を有する者が、自ら主体的に刊行物に発表したものということができなからである。」と判示している。

(2) 該判決は、「特許を受ける権利を有する者が、自ら主体的に刊行物に発表した場合」には、公開公報による公開のように、特許出願手続きの一環として制度的に公開される場合は含まれないと解される。
 本件パンフレットによる公開は、国際公開パンフレットによる国際公開であり、国際出願があった場合において、特許協力条約21条の規定に基づき、国際事務局が行うものであること、国際出願においても、国際公開によって補償金請求権が発生しえること、の2点において、公開特許公報による公開と共通する。また、我が国への特許出願ではない点において、外国の公開特許公報と共通する。

(3) 以上によれば、本件パンフレットによる公開が前記最高裁判決のいう「特許を受ける権利を有する者が、自ら主体的に刊行物に発表した場合」に該当しないことは、該判決から導き出せるものである。


3.第三者の不利益についての解釈の誤りについて
(1) 特許法30条1項の趣旨は、特許要件として新規性が要求されている為、特許出願することなく、自ら発明を公開した者は、その後特許出願しても、自ら発明を公開したことにより特許を受けられない結果になることがあり得るところ、この結果は、発明者、特に特許法の規定を十分知らない技術研究者にとって酷であり、また、発明を公開した者が公開によって不利益を受けることになっては、特許法の目的に悖る結果となることから、一定の要件を具備した場合には、発明が拒絶されることがないようにするというものである。また、特許法30条は、29条1項の例外を定めた規定であり、その解釈は、例外を定めた趣旨に合致するように、上記のような発明者を救済するために必要な限度で行われるべきであり、発明者を必要以上に保護したり、社会一般に不測の損害を与える結果を招来してはならないと解される。

(2) 特許法30条1項の趣旨が上記のようなものであることからすれば、原告は、本件出願前に、国際出願を行ったのであるから、既に特許出願手続きに着手したものということができ、この点において、原告は、もはや同項が救済しようとしている技術研究者に該当しない。

(3) 他方、原告は1999年9月10日から、12ヶ月間、パリ条約による優先権を主張して特許出願(第2国出願)をすることができたし、また、原告は、我が国を指定国に含めて、2000年7月27日に国際出願をしていたのであるから、特許法184条の4第1項に定める翻訳文を同項所定の期間内に提出するなどしていれば、なお特許協力条約に基づき優先権を主張することができたものである。更に、原告は自ら主体的に国際出願をしたのであるから、18ヶ月後に、本件パンフレットによる公開がされることは、容易に予見することができた筈である。

(4) しかるに、原告は何れの期間内にも出願等の措置をも採ることなく、本願出願に至ったものである。既に述べた通り、特許法30条1項の趣旨前記のとおりであり、少なくともパリ条約による優先期間を徒過した者や、同法184条の4に定める手続き怠った者を救済する為のものでないことは明らかである。

(5) 以上検討したところによれば、審決取消事由には理由がなく、審決を取り消すべきその他の誤りは認められない。
 よって、原告の請求は理由がないから棄却することとし、主文の通り判決する。


第4 考察
   推測ではあるが、本件は、出願等の手続きをしなければならない期日を徒過してしまい、無理と思われる法解釈に救済を求めたが認められなかった事例であると思われる。判決も指摘する様に、パリ条約による優先権を主張して特許出願(第2国出願)をすることができたし、翻訳文を同項所定の期間内に提出するなどしていれば、なお特許協力条約に基づき優先権を主張することができたものであると述べている。実務としては、期日管理を遺漏なく行うことが肝要であることを示している。実務の参考になると思われるので、紹介した。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '08/4/26