損害賠償請求控訴事件(建築足場装置)

解説 特許権者が特許権に基づき仮処分決定を得て執行した処、特許権の無効審決が確定した結果、「特許が無効とされる可能性は十分に予見できるもの」として権利がないのに仮処分を執行した責任(過失)を問われた損害賠償請求控訴事件
(知的財産高等裁判所 第3部 平成16年(ネ)第2722号 口頭弁論終結 平成16年12月7日)
 
第1 事案の概要
 控訴人(特許権者・日綜産業)は、自らが有する特許権に基づき、被控訴人(三伸機械)による建築足場装置の貸し渡しを差し止める仮処分決定を得て、これを執行した。本案訴訟も提起したが敗訴の判決が確定した。
 そこで、被控訴人は、控訴人に対し、上記仮処分の執行が不法行為に当たるとして損害賠償請求を求めた。原判決は、損書賠償請求を認めたが、控訴人はこれを不服として本控訴を提起したものである。

第2 争点
(1)本件仮処分執行につき、控訴人に過失があったか……控訴人に、過失の推定を覆すに足りる特段の事情が存したか。
(2)控訴人の過失が肯定される場合、被控訴人は、本件仮処分執行によって損害を被ったか。その損害額はいくらか。


第3 裁判所の判断
判決:本件控訴を棄却する。
(1)争点1について
@ 事件の経過(特許1について、2は省略)
  昭和58年 7月23日  本件特許出願
平成 2年10月11日 特許権設定登録
平成 4年 4月23日 第一次無効審決
平成 4年 8月 7日 訂正審判請求
平成 5年 3月10日 訂正請求につき公告決定
平成 5年10月26日 訂正異議の申立て(被控訴人)
平成 9年 3月27日 訂正異議決定(訂正を認める)
平成 9年 7月 9日 東京高裁、第一次無効審決を取消す判決(審判再開)
平成 9年10月20日 審判請求理由補充害提出(被控訴人)
平成 9年10月28日 本件仮処分申立て
平成10年 4月10日 仮処分決定
平成10年 4月16日、21日 仮処分執行
平成11年 4月12日 無効審判請求が成り立たないとの審決(第二次審決)
平成11年 6月14日 被控訴人から審決取消訴訟提起
平成12年 7月 4日 東京高裁、第二次審決を取消す判決
平成12年11月10日 上告不受理、判決確定
平成12年11月28日 控訴人敗訴の本案判決
平成13年 3月14日 本件特許を無効とする審決(第三次審決)

A そもそも、被保全権利が存在しないために仮処分命令が当初から不当であったことが本案訴訟において確定した場合、上記命令を受けてこれを執行した債権者に故意又は過失があるときには、債権者が民法709条により債務者が当該仮処分の執行により受けた損害を賠償すべき義務があることは明らかである。
 そして、債権者に故意又は過失があるか否かに関しては、他に特段の事情のない限り、債権者に過失があったものと推定すべきであるが、債権者において、その挙に出るについて相当な事由があった場合には、同人に過失があったということは出来ないと解するのが相当である。なお、控訴人は、本件判例2を引用して、債権者の過失が当然に推定されるものではないと主張するが、本件判例2は、訴えの提起が不法行為となるか否かが問題とされた事案であり、仮処分の執行が不法行為となるか否かが問題とされる本件とは事案を異にしており適切ではない。
 本件仮処分手続においては、債権者が特許権侵害を主張しているところ、特許権は、特許庁の審査を経て成立する権利であるが、対世効を有するため、法は、無効事由が存するときは、その特許を無効にすることについて審判を請求できるとして無効審判制度を設けている。そして、特許権の無効事由には新規性の欠如や進歩性の欠如などがあり、中でも進歩性の判断は微妙な技術的評価を伴う特に困難なものであることから、一旦は特許庁における審査の上で登録された特許権であっても無効審判や審決取消訴訟において無効事由があると判断されることは珍しいことではない。
 従って、債権者が特許権に基づく差止請求権を保全するためあえて仮処分を得てこれを執行するについては、特許権が無効審判等で無効とされる可能性の有無について慎重に検討すべきことは当然のことであり、このほか当事者の衡平の観点に照らしてみれば、債務者が、当該特許権を有効な権利と認めて行動していた事実があること等から、債権者において、当該特許権が無効とされる可能性を無視できる程度と考えても止むを得ない事情があれば格別、当該特許権が特許庁において審査の上で登録されたものであることから、債権者が無効事由のない有効な権利であると信じていたと言うだけでは、相当な事由があったとすることはできない。

B 上記の観点に立って以下検討する。
 本件特許は、平成2年に設定登録されたものの、被控訴人からの無効審判審判申立てに対して、平成4年4月に米国特許明細書の記載の発明と同一であるとして特許の無効審決(第一次審決)がされ、訂正審判により辛うじて、特許として維持された(第二次審決)ものである処、本件仮処分試行後において、結局、第二次審決は取消され、特許無効審決(第三次審決)がされており、そもそも権利として不安定であったと言える。また、第二次審決の取消訴訟の判決の内容は、「当業者において容易に想到し得たこと」であると言うものであり、「この判断自体に合理性があって」、説得的であり、当業者の通常の判断からすれば、「本件特許が無効とされる可能性は十分に予見できるものと言えること」、これらの点は、仮処分執行より前の時点で、被控訴人が指摘し、これを十分検討する機会が与えられていた。
 以上のことから、本件仮処分の執行に当たり、控訴人において本件特許1が無効とされる可能性は無視できる程度と考えても止むを得ない事情があったとは認められない。

C 本件仮処分決定が出されたからといって、控訴人において本件特許1が無効とされる可能性を無視できる程度と考えても止むを得ない事情があったということはできない。

D 仮処分執行について、他に過失の推定を覆すべき特段の事情があることを認めるに足りる証拠はなく、控訴人に過失があったと認めるのが相当である。

(2)争点2について(省略)原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却する。


第4 考察
 特許権者が特許権に基づき、仮処分決定を得て、これを執行した処、最終的には、特許権の無効審決が確定した結果、権利がないのに仮処分を執行した責任(過失)を問われたケースである。実務の参考になると思われるので紹介した。

以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '08/11/24