実用新案権侵害差止等請求事件(爪切り)

解説 実用新案権の権利行使について、実用新案技術評価書と、故意又は過失との関係について判示した実用新案権侵害差止等請求事件
(大阪地方裁判所平成18年(ワ)第6536826号・平成18年(ワ)第12229号、平成19年11月19日 判決言渡)
 
第1 事案の概要
 甲事件、原告1は「爪切り」に関する実用新案権者であり、原告2は当該権利の無償の独占的通常実施権者であるが、被告(甲・乙事件被告)が輸入販売する2種類の爪切り(イ号物件及びそれを日本国内で改造したロ号物件)に対して、原告1がその差止め、廃棄及び損害賠償を請求し、乙事件、原告2は、独占的通常実施権に基き、損害賠償請求したものである。

第2 争点
@ 侵害性、
A イ号物件の輸入販売のおそれ、
B 廃棄請求権侵害・廃棄義務の不履行の成否、
C 実用新案権の侵害についての被告の過失、
D 損害額について、
E 原告1と原告2の損害賠償請求権との関係


第3 裁判所の判断
(1)被告は、原告1に対し、別紙イ号物件目録記載の爪切りを輸入し、販売し、又は販売のための展示をしてはならない。

(2)被告は、原告ら各自に対し、2万0897円、原告有会社広田工具製作所対し11万3559円及びこれに対する遅延損害金を支払え。
 以下に争点につての裁判所の判断を示す。
@  侵害性;イ号物件が本件考案の技術的範囲に属することは当事者間に争いはない。ロ号物件(改造品)については、ロ号物件の販売等は本件実用新案権を侵害するものではない(理由は省略)。
A  イ号物件の輸入販売のおそれ
差止請求については、被告は、警告の当初からイ号物件が侵害することを認めて、ロ号物件に改造して販売していること等から、今後イ号物件を販売するおそれがあるとは認められないが、輸入する虞は否定できないから、輸入の差止を認めた。しかし、イ号のまま販売することは考えられないから、在庫品のイ号物件の廃棄請求については、その必要がないとした。

B  廃棄請求権侵害・廃棄義務の不履行の成否
 差止請求権は、所有権に基づく物的請求権と同様、侵害行為やその虞が存するに連れて不断に発生し続け、侵害行為やその虞が消滅した場合に発生しなくなるものに過ぎない(即ち、差止請求権をある時点で取得し、それが存続するという性質のものではない)。
 そして、実用新案法27条2項に規定する侵害行為を組成した物の廃棄請求権は、差止請求権を実効あらしめるために、差止請求権に付随して認められるものであるから、廃棄の必要性についても、差止め請求権と同様に事実審の口頭弁論の終結時を標準として定められるべきものであって、その標準時点を離れて廃棄請求権の「取得」、「存続」、取得した権利の「消滅」、「無になること」も観念し得るものではない。
 従って、廃棄請求権侵害を理由とする損害賠償請求は理由がない。 

C  実用新案権の侵害についての被告の過失
 実用新案権者は、その登録実用新案に係る技術評価書を提示して警告した後でなければ、自己の実用新案権の侵害者に対し、その権利を行使することができないとされている(実用新案法29条の2)。これは、実用新案権が実体審査なしで権利が付与されることから、警告をする際には評価書の提示を義務付けるということによって、権利行使に先立って自分権利の有効性について客観的な評価を権利者自身に十分認識してもらうことで権利の濫用を防止するということとともに、権利行使を受けた第三者に過度の調査負担を防いで適切な権利行使を担保するとの趣旨と解される。
 従って、相手方が当該実用新案権の存在を知らない場合はもとより、例え相手方が当該実用新案権の存在を知っていたとしても、そのことから直ちに、その後の侵害行為について相手方に過失があるということになるものではなく、既に、特許庁が作成した技術評価書の内容を知っている等の特段の事情がない限り、相手方において、当該実用新案権の侵害について過失があるということはできないものと解すべきである。
 本件においては、証拠及び弁論の全趣旨によれば、
(a)原告2会社は平成15年4月2日には、本件考案の実施品を販売していたこと、
(b)本件実用新案は平成15年7月16日に登録され、その公報は平成16年1月8日に発行されたこと、
(c)業界紙では原告2会社の実施品が「切れ味で売る」「本格工具の技術と素材」の見出しの下で紹介され、その記事中には「実用新案登録製品」と記載されていたこと、
(d)ペット専門通信販売総合カタログである「通販クラブ2004 春・夏号」のも原告2会社の実施品が掲載されたことが認められる。
 しかし、これらの証拠に拠っても、原告2会社の実施品がどの実用新案権に係るものであるかは記載されておらず、その技術評価書の内容についてはなおさらである。そうとすると、原告1が初めて被告に対して本件実用新案権の技術評価書を提示して本件警告をした平成18年2月8日以前の時点で、前記特段の事情があるとは認められず、従って、被告の同日以前のイ号物品の輸入販売行為に過失があったとは認められない。他方、本件警告以後のイ号物件の販売については、被告に過失があったと認められる。なお、本件警告は原告1が行ったものであるが、これによって被告は本件実用新案権の内容とその技術評価書の内容を知るに至った以上。これ以後は原告2会社に対する関係でも過失があったということができる。

D  損害額について; 省略
E  原告1と原告2の損害賠償請求権との関係
 原告1は原告2会社に対して、無償の独占的通常実施権を設定したものと認められる。
 本件のように独占的通常実施権が設定されている場合には、設定者との間で他者に実施権を設定しないと言う債権的な拘束を受けているものの、他者に実用新案権の実施許諾をする権利自体はなお有している。従って、実用新案権者がなお実用新案法29条3項に基づく損害賠償を請求し得ることはこれを認めることができる。この場合、両請求権が単純に並立すると解することはできない。両者は重複する限度で連帯債権の関係に立つものと解するのが相当であるとした。


第4 考察
 本判決は、実用新案権の権利行使について、実用新案技術評価書と、故意又は過失との関係について判示したものである。実務の参考になると思われるので紹介した。

以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '08/9/16