特許取消決定取消請求事件
(発光ダイオードモジュールおよび発光ダイオード光源)

解説  原審(知財高裁)が、いわゆる一部訂正を原則として否定した最高裁判決の趣旨は、本件にも妥当するとして、特許庁の決定の取り消しを求めた上告人の請求を棄却した事件において、最高裁の判断を示した特許取消決定取消請求事件
(最高裁判決 平19年(行ヒ)318 裁判年月日 平成20年7月10日)
 
第1 事案の概要
(1)本件特許は、発明の名称「発光ダイオードモジュールおよび発光ダイオード光源」とし、平成15年12月26日設定登録がされた。請求項の数は4である。

(2)平成15年12月26日、本件特許に対し特許異議の申立てがされ、同事件の係属中の平成17年12月7日、上告人は、平成15年法律第47号による改正前の特許法120条の4第2項(以下「旧特許法120条の4」と表記する。)に基づき、特許請求の範囲の訂正請求した(以下この訂正を「本件訂正」という。)。

(3)本件訂正は請求項1の訂正は訂正事項a、2はb、3はc、4はdからなり、aは特許請求の範囲の減縮、bは明瞭でない記載の釈明、c、dは単なる形式的な誤記の訂正である。

(4)特許庁は、平成18年2月22日、上記特許異議申立事件につき、本件訂正は認められないとした上、請求項1〜4に係る本件特許を取り消す旨の決定をした。その理由の要旨は、訂正bは、特許請求の範囲を減縮、誤記又は誤訳の訂正、明瞭でない記載の釈明の何れをも目的とするものではなく、特許請求の範囲を実質的に拡張するものであるから、特許法旧120条の4第3項において準用する平成6年法律第116号による改正前特許法126条1項ただし書又は2項の規定に適合しない。よって、その余の訂正事項について判断するまでもなく、訂正bを含む本件訂正は認められない。

(5)(特許取消決定取消請求事件)知財高裁である原審は、本件決定の取消しを求める上告人の請求を棄却した。

第2 争点
 特許異議申立事件の係属中に複数の請求項に係る訂正請求がなされた場合、特許異議の申立てがされている請求項についての特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正は、訂正の対象となっている請求項ごとに個別にその許否を判断すべきか。

第3 判決
@ 原判決のうち、特許第3441182号の請求項1に係る特許の取消決定に関する部分を破棄する。
A 特許庁が異議2003−73487号事件について平成18年2月22日にした決定のうち、特許第3441182号の請求項1に係る特許を取り消した部分を取り消す。

第4 裁判所の判断
@  特許法は、一つの特許出願に対し、一つの行政処分としての特許査定又は特許審決がされ、これに基づいて一つの特許が付与され、一つの特許が発生するという基本構造を前提としており、請求項ごとに個別に特許が付与されるものではない。このような構造に基づき、複数の請求項に係る特許出願であっても、特許出願の分割をしない限り、当該特許出願の全体を一体不可分なものとして特許査定又は拒絶査定する他なく、可分的な取り扱いは予定されていない。このことは、特許法49条、51条の文言のほか、特許出願の分割という制度の存在自体に照らしても明らかである。一方で、特許法は、複数の請求項に係る特許ないし特許権の一体不可分な取り扱いを貫徹することが不適当と考えられる一定の場合には、明文の規定をもって、請求項ごとに可分な取り扱いを認める旨の例外規定を置いており、特許法185条のみなし規定のほか、特許法旧113条柱書き後段が「二以上の請求項に係る特許については、請求項ごとに特許異議の申立てをすることができる」と規するのは、そのような例外規定の一つに他ならない。
A  訂正審判に関しては、旧特許法113条柱書き後段、123条1項桂書き後段に相当するような請求項ごとに可分な取り扱いを定める明文の規定が存在しない上、訂正審判請求は一種の新規出願としての実質を有することに照らすと、複数の請求項について訂正を求める訂正審判請求は、複数の請求項に係る特許出願の手続きと同様、その全体を一体不可分なものとしての取り扱いが予定されている。
B  これに対して、特許法旧120条の4第2項の規定に基づく訂正の請求は、特許異議申立事件における付随的手続であり、独立した審判手続である訂正審判の請求とは特許法上の位置付けを異にするものである。そして、特許異議申立てがされている請求項についての訂正請求は、請求項ごとに申立てをすることが出来る特許異議に対する防御手段としての実質を有するから、訂正請求する特許権者は、各請求項ごとに個別に訂正を求めるものと理解するのが相当であり、これを認めないと特許異議事件における攻撃防御の均衡を著しく欠くことになる。
C  本訴において、被上告人は、発明を表現する明細書は常に全体が一体不可分なものとして把握されるべきであると主張するが、いわゆる一発明一出願の原則を定めていた規定が削除され、しかも、一発明に複数の請求項を記載することが認められるようになったことを考えると、改正後の特許法の下では、上記のように解すべき根拠は見出せない。平成5年5月1日(第1小法廷)最高裁判決は、所謂一部訂正を原則として否定したものであるが、1つの実用新案登録請求の範囲の中の複数の個所の訂正事項が含む場合に関する判断であり、本件のような、請求項ごとに訂正の許否を個別に判断する場面にまで趣旨が及ぶものではない。
D  以上の点からすると、特許異議申立事件の係属中に複数の請求項に係る訂正請求がなされた場合、特許異議の申立てがされている請求項についての特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正については、訂正の対象となっている請求項ごとに個別にその許否を判断すべきであり、一部の請求項に係る訂正事項が訂正の要件に適合しないことのみを理由とじて、他の請求項に係る訂正事項を含む訂正の全部を認めないとすることは許されないと言うべきである。
E  これを本件についてみると、上告人は訂正事項aは特許請求の範囲の減縮を目的とする旨主張し、これを含む本件訂正を請求しているところ、訂正事項aは、特許異議申立てがされている請求項1に係る訂正であるから、他の請求項に係る訂正事項とは可分のものとして、個別にその許否を判断すべきものである。ところが、本件決定は、請求項2に係る訂正事項bが訂正の要件に適合しないことのみを理由として、請求項1に係る訂正事項aについて何ら検討することなく、訂正事項aを含む本件訂正の全部を認めないと判断したものである。
F  これを前提として本件訂正前の特許請求の範囲の記載に基づいて特許発明の認定をし、請求項1に係る部分を含む本件特許を取り消した本件決定には、取り消されるべき瑕疵があり、この瑕疵を看過した原審の判断には、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違反がある。

第5 考察
 原審(知財高裁)は、いわゆる一部訂正を原則として否定した前記最高裁判決の趣旨は、本件にも妥当するとして、特許庁の決定を支持し、その取り消しを求めた上告人の請求を棄却した。本件判決は、上記問題について最高裁の判断を示したものであり、実務上の指針・参考になると思われるので紹介した。
以上


〔戻る〕
鈴木正次特許事務所

最終更新日 '09/01/13