補正却下処分取消請求事件(腕時計用側)

解説  優先権の主張を願書に記載するのを失念(推測)し、これに気がつき、同日中に(時間以内に)手続補正で補正したが、認められなかった補正却下処分取消請求事件
(東京地裁平20年(行ウ)第82 判決 平成20年6月27日)
 
第1 事案の概要
(1)原告は、スイス連邦国所在の外国法人である。
原告は平成18年3月29日スイス連邦において、意匠に係る物品を「腕時計用側」とする意匠登録出願を行った(以下「基本出願」という)。
(2)原告は、日本において平成18年9月28日、午後3時49分、電子情報処理組織を使用して、前記意匠の意匠登録出願をした(以下「本件出願」という)。本件出願の願書にはいわゆる優先権の主張に関する記載はされていなかった(解説子、注・失念したものと思われる)。
(3)原告は、本件出願と同日の午後6時6分、基本出願に基づく優先権主張の効果を得る意図の下に、電子情報処理組織を使用して、本件出願の手続の補正として、優先権の主張に関する記載を含む手続の補正を行った(以下「本件補正」という)。原告は平成18年12月28日、優先権証明書(以下「本件提出書」という)を特許庁に提出した。
(4)平成18年10月4日、特許庁長官は、本件補正書に関し「本願は出願時にパリ条約による優先権主張の手続がなされておらず、本件補正書によりその主張の追加補正を目的とするものであり認められない」として却下理由通知をした。
(5)原告は、平成18年12月13日、「本件補正書は、出願と同日に提出されたものであり、出願と同時と同視することができるものである。また、そのように取り扱われることが、プロパテントによる発明、意匠の保護につながる」との内容の弁明書を提出した。
(6)特許庁長官は、平成19年1月15日、本件補正書に係る手続について、前記却下理由通知書に記載した理由により却下する旨の処分をした。
(7)原告は、平成19年3月23日、本件処分について、行政不服審査法に基づく異議申立てをした。特許庁長官は、平成19年8月10日異議申立てを棄却する決定をし、原告に送達した。
(8)優先権証明書提出に係る手続に関する処分(省略する)。
(9)原告は、本件各処分の取消しを求める本件訴訟を提起した。

第2 争点
 本件の争点は、本件各処分の違法性の有無、即ち、
@ 意匠法15条1項で準用される特許法43条1項、A 意匠法60条の3の解釈及び運用を誤った違法事由の有無である。

(注)意匠法15条1項、特許法43条1項
『意匠登録出願について優先権を主張しようとする者は、所定事項を記載した書面(以下「主張書面」という。)を意匠登録出願と同時に特許庁長官に提出しなければならない』。他方、優先権を主張しようとする者は、意匠登録出願の願書に所定事項を記載して、主張書面の提出を省略することができ(意匠法施行規則19条3項、特許法施行規則27条の4第1項)、提出を省略する場合、様式を指定して願書に所定事項を記載することを明確にしている(意匠法施行規則2条1項)。
 つまり、意匠登録について優先権の主張をしようとする者が、願書の所定欄に所定事項を記載することで、意匠登録出願と同時に主張書面が提出されたことになり、そうして、初めて当該優先権の効力が生じるものである。

第3 判決
 原告の請求をいずれも棄却する。

第4 裁判所の判断
@  この優先権は、第一国における最初の出願によって、観念的、潜在的に発生ずると言えるものの、優先期間内に第二国において出願する際に、優先権を主張することによって、初めて現実的な効力を生ずるものであると解される。
A  パリ条約による優先権は、先願主義の例外事由となり、新規性等の判断の基準日を遡らせるなど、その効果が第三者に与える影響は大きく、第二国における出願の際に主張することによって、現実的な効力が生じるものであることから、優先権主張の手続には、前記の通りの方式が要求されるものである。
B  特許法43条1項の「同時に」の意味は、「同時に」とは「二つ以上のことが殆ど同じ時に行われるさま。まさにその時。いちどきに」(広辞苑第六版)を意味する言葉であり、「同一日に」とは異なる意味で用いられていることは明らかである。意匠法及び特許法においても、「同一日に」を意味する場合には「同日に」の文言が用いられている。そうである以上、特許法43条1頂の「同時に」の文言を、原告の主張するように「同一日に」と解釈することは、そのように解すべき特別の事情が認められない限り許されないものと言うべきである。
C  パリ条約4条D(1)は、「最初の出願に基づいて優先権を主張しようとする者は、その出願の日付け及びその出願がされた同盟国の国名を明示した申立てをしなければならない」と規定し、各同盟国に優先権主張の時期的な終期の定めを委ねており、その結果、我が国においては、特許法43条1項で「同時に」と定めたものであるから、その解釈は、あくまで国内法の問題である。
D  また、原告は、実質論として、原告の意匠登録を受ける権利及び優先権と、想定される第三者の被る不利益との間の考量をした上、原告がこれらの権利や利益の制限を受けるに値するような第三者の不利益はない旨主張する。
 然しながら、当該優先権による基準時より後の日で、当該出願より前の日までに同一発明の出願を完了した第三者は、出願と「同時に」されなかった優先権主張の手続が事後的に適法な手続として取扱われることによって、優先順位が覆ることになる不利益を被ることになる。当該出願の後、同一日中に当該優先権の主張手続がされる前に出願した第三者も、同日出願人の地位(協議成立により特許を受ける地位)出願と「同時に」されなかった優先権の主張が事後的に適法な手続として取扱われることによって、得るべき地位が失われることによる不利益を被ることになる。
 第三者の被るこれらの不利益は、到底看過し得るようなものではなく、原告の主張する実質論は、特許法43条1項の「同時に」を「同一日に」と解釈する根拠とはなり得ないことが明らかである。
E  本件補正によって優先権の主張の手続が適法にされたということはできず、全く優先権主張の手続が行われていないと言わざるを得ない。
F  以上によれば、本件各処分には@意匠法15条1項で準用される特許法43条1項及びA意匠法60条の3の解釈及び運用を誤った違法事由は認められない。

第5 考察
 優先権の主張を願書に記載するのを失念(推測)し、これに気がつき、同日中に(時間以内に)手続補正で補正したが、認められなかった事例である。
 本件では、多少のリスクは残っているものの、該出願を取り下げ、再出願の手続を採る余地もあったのではないかとも考えられる。実務上の指針・参考になると思われるので紹介した。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '09/01/05