審決取消請求事件(ツインカートリッジ型浄水器)

解説  特許を受ける権利を共有にするとの合意の効力が、製品開発委託契約の合意解除後も、特約により存続すると解釈された審決取消請求事件
(知的財産高等裁判所・平成19年(行ケ)第10351 判決平成20年10月28日)
 
第1 事案の概要
(1)被告(ジョブラックス)は、平成13年6月、発明の名称「ツインカートリッジ型浄水器」とする発明について特許出願し、特許第3723749号(以下「本件特許」という。)の特許権の設定登録を受けた。
(2)原告(OGS)は、本件特許につき平成18年7月、上記特許に対し特許無効審判を請求し、被告は平成18年9月に訂正請求をした。これに対し特許庁は、平成19年9月、「訂正を認める。本件審判の請求は成り立たない」との審決をした。
 これを不服として、原告は、本件審決取消訴訟を提起したものである。

第2 審決の理由
(1)本件訂正は認められ、引用例及び周知例に記載された技術に基づいて、当業者が容易に発明することができたとは言えない。
(2)原告は、本件特許を受ける権利が共有であると主張するが、その根拠となった開発委託契約書の共同出願の約定は、原告の債務不履行により民法541条に基づいて、被告から解除された為に遡及的に消滅しているから、上記共同出願約定を根拠とする特許法38条の共同出願要件違反の主張は、無効理由とはならない。

第3 争点
 本件の争点は、特許を受ける権利を共有とする約定は、原告の債務不履行による民法541条に基づいて被告から解除されて遡及的に消滅しているか、にある。

第4 判決
 特許庁がした審決を取り消す。

第5 裁判所の判断
@ 平成5年9月、原告と被告は、原告が被告に対して浄水器の製造及び商品開発を委託することを内容とする本件取引基本契約を締結した。該契約書15条においては、新たに発生する特許、実用新案、意匠等については原被告の共同出願とする旨が合意され、それ以降、原告と被告との間で新開発された商品については約7年間に亘って共同出願がされていた。

A その後、原告は、被告との間で、原告が新たに販売企画する新型浄水器「NEWツイン」の開発業務を被告に委託する旨の本件開発委託契約を締結した(平成12年4月1日付)。

B 開発委託契約書には、次の記載がある。
「第6条(工業所有権)
 1.本開発品に関しての工業所有権を取得する権利は次の通りとする。
 (1)商標及び意匠登録は甲が取得し、甲が単独所有する。
 (2)特許及び実用新案は甲(原告)と乙(被告)の共同出願とし、甲と乙の共有とする。
 第8条(有効期間)
 (1)本契約の有効期間は、本契約締結の日から第2条の委託業務の終了日までとする。
 (2)前項の定めに関わらず、第5条(秘密保持)に関する定めは、この契約終了後5ヵ年間とし、第6条(工業所有権)に関する定めは、当該工業所有権の存続期間中有効とする。」
C 新商品の設計作業が完成し、金型製作代金の協議を実施したが、協議は進展せず、平成13年3月26日に本件開発委託契約を合意解除するに至った(当事者間に争いがない。)。

D 原告は、中国で金型を製作し、平成14年1月から新型浄水器の販売を開始した。また、原告は、平成18年7月、被告を被供託者として本件発明の開発費用1155万円余及び遅延損害金の合計額の1316万円余を弁済供託し、被告はこれを受領した。

(1)上記の事実を前提とすると、本件共同出願条項(条2項にいう「第6条(工業所有権)に関する定め」に当たる)は、本件開発委託契約の合意解除を原因とする「委託業務の終了」(条1項)にもかかわらず、本件効力存続条項(条2項)により、委託業務終了後の平成13年6月6日の本件特許出願時においても、「当該工業所有権の存続期間中」(8条2項)として、その効力を有するものと解すべきことは、疑いの余地がない。
(2)従って、上記認定した事実経緯の下における本件では、平成12年中に、新型浄水器についての設計開発作業は完了し、特許出願することができる段階に至っていたのであるから、合意解除がされた平成13年3月26日には、本件効力存続条項によって、合意解除の後においても、引き続き、原告及び被告は相互に、特許を受ける権利の共有、共同出願義務を負担することになる。
(3)本件開発委託契約では、最終的には、原告が被告の開発費用を負担することとし、被告が技術等を提供することが定められ、両者の間において特許等を共有とすることとした趣旨は、互いに相手方の同意を得ない限り独占的な実施ができないこととして、共同で開発した利益の帰属の独占を相互に牽制することにある点に照らせば、合意解除された場合においても、両者の利益調整のために設けられた規定を別の趣旨に解釈する合理性はないこと。
(4)また、秘密保持の規定は、契約が合意解除された場合にも、その効力を特約により存続させて互いの営業秘密を保護しようとするのが当事者の合理的意思に合致する等、諸般の事情を総合的に考慮するならば、本件開発委託契約書8条2項において、上記秘密保持規定と同様に記載された「6条(工業所有権)に関する定め」は、合意解除の場合においても、その効力を特約により存続させることが契約当事者間の合理的意思に合致すると言える。
(5)そして、被告は、特許を受ける権利について、原告と共有であるにもかかわらず、単独で出願し、その登録を受けたものであるから、本件特許の登録は、特許法38条に違反するものとして、123条1項2号の無効理由を有することになる。
(6)以上によれば、原告主張の取消事由は(共同出願要件違反1、2)は何れも理由があるから、その余の点について判断するまでもなく、審決には違法がある。

第6 考察
 本件は、特許を受ける権利を共有にするとの合意の効力が、製品開発委託契約の合意解除後も、特約により存続すると解釈された事例である。実務においては、共同研究契約、開発委託契約等の解消の際には、開発費の負担額の清算、知的財産権の帰属等につき、明確な清算条項を定めるのが望ましいことを示した事例である。実務上の指針・参考となるので紹介した。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '09/04/23