秘密保持命令申立て却下決定に対する抗告棄却決定に対する許可抗告事件

解説  秘密保持命令申立て却下決定に対する抗告棄却決定に対する許可抗告事件において、仮処分事件についても秘密保持命令制度が必要であるとの理由を示し、秘密保持命令と民事保全手続きについてした初めての最高裁決定
(最高裁・平成20年(許)第36号 決定 平成21年1月27日)
 
第1 事案の概要
 本件秘密保持命令申立事件は、シャープ(株)が債権者、日本サムスン(株)を債務者とし、特許権の侵害行為の差止めを求めた特許権仮処分命令申立事件である。そして、その手続において、提出を予定している債務者準備書面(3)の記載は、債務者の保有する「営業秘密」に該当すると主張し、債権者代理人の弁護士等5名を相手方として、特許法104条の4第1項に基づいて該情報につき秘密保持命令を申立てた。

第2 事案の経緯
(1)原々審は、東京地裁決定、平成20年4月14日。
保全手続と訴訟手続の違いなどを理由に、特段の事情のない限り、該規定は民事保全手続きには適用されないとして、本件申立てを却下する決定をした。
(2)原審は、知財高裁決定、平成20年7月7日。
 特許法105条の4第1項柱書き本文に規定する「特許権又は専用実施権の侵害に係る訴訟」には、特許権の侵害差止めを求める仮処分事件は含まれないから、本件仮処分事件において秘密保持命令の申立てをすることはできない旨を判示して、本件申立てを却下すべきものとした。
 刑事罰規定の謙抑性及び明確性の趣旨に鑑みれば、処罰の範囲の拡大を招来するような法解釈は差し控えるべきであることを理由として、抗告を棄却し、原々審決定を維持した。
(3)そこで、債務者が抗告許可の申立てをし、原審がこれを許可した。

第3 原審の争点
 特許権の侵害差止め等を求める仮処分事件において、秘密保持命令の申立てが許されるか否かが、争点となった。より具体的には、同項の「特許権又は専用実施権の侵害に係る訴訟」に仮処分事件が含まれるか否か争点である。

第4 裁判所の判断
(1)主文:原決定を破棄し、原々決定を取り消す。本件を東京地方裁判所に差し戻す。

(2)特許権または専用実施権の侵害差止めを求める仮処分事件においても、秘密保持命令の申立てをすることが許されるとし、原決定を破棄したうえ、原々決定を取り消し、さらに審理を尽くさせるため、本件を原々審に差し戻す旨の自判をした。
@ 秘密保持命令制度の趣旨
 特許権又は専用実施権の侵害に係る訴訟において、提出を予定している準備書面や証拠の内容に営業秘密が含まれる場合には、当該営業秘密を保有する当事者が、相手方当事者によりこれを訴訟の追行の目的以外の目的で使用され、又は第三者に開示されることによって、これに基づく事業活動に支障を生ずるおそれがあることを危惧して、当該営業秘密を訴訟に顕出することを差し控え、十分な主張立証を尽くすことができないという事態が生じ得る。特許法が、秘密保持命令制度(同法105条の4ないし105条の6、200条の2、201条)を設け、刑事罰による制裁を伴う秘密保持命令により、当該営業秘密を当該訴訟の追行の目的以外の目的で使用すること及び同命令を受けた者以外の者に開示することを禁ずることができるとしている趣旨は、上記のような事態を回避するためであると解される。
A 仮処分事件と本案訴訟の差異
 特許権又は専用実施権の侵害差止めを求める仮処分事件は、仮処分命令の必要性の有無という本案訴訟とは異なる争点が存在するが、その他の点では本案訴訟と争点を共通にするものであるから、当該営業秘密を保有する当事者について、上記のような事態が生じ得ることは本案訴訟の場合と異なるところはなく、秘密保持命令の制度がこれを容認していると解することができると解しても、迅速な処理が求められるなどの仮処分事件の性質に反するということもできない。
B 文言解釈上の問題
 特許法においては、「訴訟」という文言が、本案訴訟のみならず、民事保全事件を含むものとして用いられる場合もある(同法54条2項、168条2項)。
C 結語
 上記のような秘密保持命令の制度の趣旨に照らせば、特許権又は専用実施権の侵害差止めを求める仮処分事件は、特許法105条の4第1項柱書き本文に規定する「特許権又は専用実施権の侵害に係る訴訟」に該当し、上記仮処分事件においても、秘密保持命令の申立てをすることが許されると解するのが相当である。

 結論
 以上と異なる原審の判断には、裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり、原決定は破棄を免れない。そして原々決定を取り消したうえ、更に審理を尽くさせるため、本件を原々審に差し戻すこととする。

第5 考察
 本件の原審については、本誌の2009年4月号第2頁に知財高裁判決を掲載したものであるが、これに対して、最高裁が破棄自判したものであり、知財高裁の決定とは逆の結論となっている。
 本件の決定は、仮処分事件についても秘密保持命令制度が必要であるとの理由を示し、特許法における「訴訟」の文言の使用例からも、文理解釈上の障害はないこと等を理由に示している。
 また、原審において論じられた「刑事罰規定の謙抑性及び明確性の趣旨に鑑みれば、処罰の範囲を拡大を招来するような法解釈」は控えるべきであるとの(罪形法定主義の精神)については言及されていない。
 尤も、法律解釈理上は、「訴訟」の文言に仮処分手続が含まれるとの解釈を採る以上、これを論ずる余地はないのは当然であるから、論じられなかったものと推測する。
 本決定は、秘密保持命令と民事保全手続きについてした初めての最高裁決定である。教科書等であまり論じられていない問題であるが、解釈論の空白部分を埋めた判例であり、今後の実務上の重要な指針・参考となると思われるので紹介した。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '10/03/08