審決取消請求事件(携帯型電子計算機のキャリングケース)

解説  発明の構成要件に該当する構成を個別に備える複数の公知技術があったとしても、それらを組み合わせることに阻害要因がある場合は、それらの組合せにより本件発明に想到することが容易であるとは言えない、との判断を示した審決取消請求事件
(平成21年(行ケ)第10164号、 口頭弁論終結 平成21年11月18日)
 
第1 事案の概要
 被告は、発明の名称「携帯型電子計算機のキャリングケース」とする特許権を有しており、原告は、該特許権の請求項1に係る発明(本発明という)につき、特許無効審判を請求した。これに対し、特許庁は、請求不成立の審決をした。
 原告は、これを不服として、審決取消訴訟(本件)を提起したものである。

第2 争点(原告の主張)
(1)原告の主張は、審決が、甲3発明に、甲2発明の周回状枠材の構成を採用したとすると、甲3発明の目的、作用効果を達成することができないものとなり、このことは甲2発明と甲3発明を組み合わせることの阻害要因というべきであるとし、甲3発明に甲2発明を適用して容易に本件発明をすることができないと判断したことは、審決の誤りである。
(2)審決の要旨
ア 本件特許発明は、本件特許出願日前に頒布された刊行物である甲2(米国特許)に記載された発明と同一とはいえない。
イ 本件発明は、甲2発明に、本件特許の出願日前に頒布された刊行物甲3(実開昭63−88119号)に記載された発明を適用することによって、当業者が容易に発明をすることができない。
ウ 本件発明は、甲3発明に、甲2発明又は周知技術を適用することによって、当業者が容易に発明することができない。

〔注〕
(1)請求項1「重ね合わせた状態において携帯型電子計算機を間に挟みこんで保持する一対の保持体を有しており、この一対の保持体がそれぞれ、保持すべき携帯型電子計算機を枠内空間に納める大きさの周回状をなす線材よりなる枠材と、この枠材に張り込まれたゴム又はゴム状弾性体よりなるシート状体とを備えると共に、
 一方保持体の一側縁部と他方の保持体の一側縁部とが、重ね合わせた状態にある両保持体を当該両保持体の他側縁部間の間隔を離れ出させる向きに開き出し操作可能に、止め付け合わされていることを特徴とする携帯型電子計算機のキャリングケース。」である
(2)引用発明
 甲2発明は、(パソコン用保護装置)は、周回状枠材に該当する枠を備えていたが、枠に張られたダイヤフラムは、伸縮自在ではなく、枠にぴんと張られたものであった。
 甲3発明は、(手さげカバン)は、ゴム又はゴム状弾性体材よりなるシート状体を備えていたが、周回状枠材を備えていなかった。

第3 裁判所の判断
判決 原告の請求を棄却する。
理由
(1)原告は、@甲2発明と甲3発明は、本件発明と共に、重ね合わせた状態でパソコンを間に挟みこんで保持するキャリングケースである点で共通し、技術分野の関連性、作用・機能の共通性があること、A周回状枠材は、周知技術であること、B本件特許の出願前に、可撓性を有するが故に折畳むことができる周回状の枠体が存在する等を挙げて、容易想到性を肯定すべきであると主張する。

(2)しかし、原告の主張も、以下の理由により、採用することができない。
 すなわち、甲2発明と甲3発明が、パソコンを間に挟みこんで保持するキャリングケースである点で共通すること、A周回状枠材が周知技術であること、B可撓性を有するが故に折畳むことができる周回状の枠体が本件特許発明の出願前に存在することを斟酌したとしても、甲3発明を基礎にして、これに周回状枠材を採用するならば、甲3発明の前記(1)イの特有の目的、作用効果を失うことになるから、甲3発明に甲2発明を適用することが、当業者にとって、容易であったということはできない。と判示した。

(3)上記のことを敷衍すると、原告は、@甲2発明と甲3発明とは、いずれもゴムまたはゴム状弾性材よりなるシー状体を採用している点に共通性があること、A甲2発明と甲3発明とは、重ね合わせた状態でパソコンを間に挟みこんで保持するキャリングケースである点において共通性があること、B伸縮性・非伸縮性を含めた各種の材質のシート素材の中からどれを選択するかと言うことは、適宜選択し得る設計事項に過ぎないとして、容易想到性を肯定すべきであると主張した。

(4)これに対して裁判所の判断は、甲2発明のダイヤフラムの実質的に、伸縮自在でない材料に代えて、甲3発明のゴムまたはゴム状弾性材よりなるシー状体を採用することには、阻害要因があり、甲2発明に甲3発明を組み合わせて本件特許発明を想到することは容易であるとは認められない、との判断を覆す根拠とはなり得ず、原告の主張は何れも採用できない。

(5)また、甲3発明の目的、作用効果は、収容すべき物品の形状に制約されること無く種々の形状をもった物品を容易に収容できること、及び不要時に小さくコンパクトに纏めることができることの両者であるとし、仮に甲2発明の周回状枠材を甲3発明に適用するならば、カバン本体の大きさ、形状が、周回状枠材によって規制されることとなるから、上記の目的、作用効果を達成することができなくなる。従って、甲3発明に甲2発明の周回状枠材を採用することには阻害要因があり、これを当業者が容易に想到することはできないというべきである。

(6)そして、本件発明は、甲2発明及び甲3発明から容易に想到することはできないとした審決の判断に誤りはないとした。

第4 考察
 本件判決は、審決取消訴訟であり、審決の結論が支持されたものである。
 特許庁が公表している審査基準においても、複数の引用例の間にその組み合わせを妨げる阻害要因が存在する場合には、いわゆる進歩性を認めるとの取扱いが示されている。発明の構成要件に該当する構成を個別に備える複数の公知技術があったとしても、それらを組み合わせることに阻害要因がある場合は、それらの組合せにより本件発明に想到することが容易であるとは言えない。との判断を示した事例である。審決取消訴訟においても、審査基準と同一の判断基準が使用されているのが解る。本件判決は、技術内容が分かりやすく、公知技術の組合せに対する阻害要因について基本に遡って考える機会を提供するものであると思われる。
 今後、実務上の参考となる部分があると思われるので紹介した。

以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '10/10/01