審決取消請求事件(高圧縮フィルタートウベール、およびその製造プロセス)

解説  「特許無効審判請求事件の係属中に、複数の請求項に係る訂正がなされた場合において、その訂正の目的の実質が特許無効審判請求に対する防御的手段としてのものであるときは、訂正の対象となっている請求項ごとに個別にその許否を判断すべきである。」として、一体的な取り扱いをして、請求項ごとに訂正の許否の判断をしなかった審決が取り消された事件
(知財高裁・平成21年(行ケ)第10004号、判決言渡 平成21年9月3日)
 
第1 事案の概要
 原告は、発明の名称「高圧縮フィルタートウベール、およびその製造プロセス」(以下「本件特許」という。)特許第3917590号の特許権者であり、被告は平成19年5月に本件権特許を無効とすることを求める審判請求をした。原告は、訂正請求(以下「本件訂正」という。)を行ったが、特許庁は、平成20年9月に、本件訂正を認めることができないとした上で、「本件特許の請求項1〜26に係る発明についての特許を無効とする」との本件審決を行った。原告はこれを不服として本審決の取り消しを求めて審決取消訴訟を提起したものである。

第2 原告の主張
(1) 個別の請求項ごとに訂正の許否を判断しなかった誤り(取消事由1)
(2) 特許法36条4項1号違反とした判断の誤り(取消事由2)
(3) 特許法36条4項1号の解釈の誤り(取消事由3)

第3 裁判所の判断
 判決:特許庁が無効2007−800098号事件についてした審決を取り消す。
 取消事由1(個別の請求項ごとに訂正の許否を判断しなかった誤り)について
(1) 特許法改正により昭和62年改善多項制、平成5年無効審判における訂正請求の制度がそれぞれ導入され、特許無効審判については、2以上の請求項に係るものについては請求項ごとにその請求をすることができ(123条1項柱書後段)、請求項ごとに可分的な取扱いが認められるところ、無効審判の申立てがされている請求項についての特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正請求は、この請求項ごとに請求をすることができる特許無効審判請求に対する防御手段としての実質を有するものであるから、このような訂正請求をする特許権者は、請求項ごとに個別に訂正を求めるものと理解するのが相当であり、また、このような請求項ごとの個別の訂正が認められないと、特許無効審判事件における攻撃防御の均衡を著しく欠くことになることに照らすと、無効審判請求がされている請求項についての特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正請求は、請求項ごとに個別に行うことが許容され、その拒否も請求項ごとに個別に判断されることになる(最高裁・平成20年7月10日判決参照)。
 そして、特許無効審判の請求がされている請求項についての訂正は、請求書に請求人が記載する訂正の目的が、特許請求の範囲の減縮ではなく、明瞭でない記載の釈明であったとしても、その実質が、特許無効審判請求に対する防御手段としてのものであるならば、このような訂正請求する特許権者は、請求項ごとに個別に訂正を求めるものと理解するのが相当であり、また、このように請求項ごとの個別の訂正が認められないと、特許無効審判事件における攻撃防御の均衡を著しく欠くことになることからして、請求項ごとに個別に判断されるべきものである。

(2) しかるところ、本審決は、本件訂正につき、請求項19及び23についてのみ判断をし、その訂正が認められないことをもって、他の請求項1ないし18、20ないし22および24ないし26に係る訂正の判断をしないまま、これらの請求項に係る訂正も認められないとしたものであるから、これらの請求項に係る各訂正事項に判断することなく、本件発明の請求項1ないし18、20ないし22および24ないし26の各要旨を認定してしまったものであって、この点において、本件審決には違法があることになる。
(3) 本件特許の請求項1およびこれを引用する請求項2ないし26につき、36条4項1号の規定に適合しないとした本件審決にも問題があるところである。
 以上の通り、本件訂正が認められないとした本件審決の判断は是認できないから、本件訂正が認められないことを前提として本件発明について判断した本件審決には違法があり、取消事由2及び3について判断するまでもなく、本件審決は取り消されるべきことになる。

(4) 取消事由2(特許法36条4項1号違反とした判断の誤り)
 本件発明1につき、当業者において、本件明細書の記載により、その課題との関係で数値限定を附した技術的意義を理解できるものと解され、そうとすると、数値限定を附した場合の効果(実施例)と、このような数値限定を満足しない場合の効果(比較例)との十分な記載がないから、本件発明1の技術的意義が十分に記載されているとはいえないとの理由のみで、本件発明1及びこれを引用する本件発明2ないし26が特許法36条4項1号の規定に適合しないとした本件審決の判断も肯首し得ないものといわなければならない。

(結論)
 以上の次第であるから、本件審決は取り消されるべきものである。

第4 考察
 無効審判の請求については、2以上の請求項に係るものについては請求項ごとにその請求をすることができ(特許法123条1項柱書き後段)、請求項ごとに可分的な取扱いが認められている。
 これに対し、特許無効審判請求の手続きの中で行われる訂正請求(平成5年法改正により導入された)については、その取扱いは、一体的な取扱いか又は可分的な取扱いをするのかについては、法律上明記されていない。
 この判決の結論は『特許無効審判請求事件の係属中に、複数の請求項に係る訂正がなされた場合において、その訂正の目的の実質が特許無効審判請求に対する防御的手段としてのものであるときは、訂正の対象となっている請求項ごとに個別にその許否を判断すべきである。』として、一体的な取り扱いをして、請求項ごとに訂正の許否の判断をしなかった審決が取り消された事件であった。
 この判決の中にも引かれている最高裁判決平成20年7月10日は、改正前の特許異議申立事件(現行法では、特許異議申立制度が廃止されている)の係属中に複数の請求項に係る訂正がなされた場合、特許異議申立てがされている請求項についての特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正は、訂正の対象となっている請求項ごとに個別にその許否を判断すべきであるとしたものである。この判決を受け当然の事ながら、この最高裁判決の射程距離内に訂正請求もあるものと想定・理解されていたところであるが、この知財高裁の判決によって、このことが確認され実務上の対応が明確になった点に意義があると考える。
 今後の実務上の参考となると思われるので紹介した。
以上


〔戻る〕
鈴木正次特許事務所

最終更新日 '10/03/16