特許権侵害差止等請求控訴事件(遠赤外線放射体)

解説  明細書に「平均粒子径」の意義を特定することができる手がかりとなる記載が存在するとは認められないから、本件発明の「平均粒子径10μm以下」という文言についてその意義を理解することができないため、特許法36条6項2号に規定するいわゆる明確性の要件を満たさず、無効の理由を有するとして控訴を棄却した特許権侵害差止等請求控訴事件
平成20年(ネ)第10013号 判決言渡 平成21年3月18日      
(原審・大阪地裁平成18年(ワ)第11881〔甲事件〕、1882〔乙事件〕号)
 
第1 事案の概要
 控訴人(1審原告・美濃顔料)は、名称を「遠赤外線放射体」とする特許第3085182号の特許権者であり、該特許を平成16年に訂正審決により訂正した。
 控訴人は、原審の大阪地裁に、被控訴人等の製造販売している商品の販売等の差止及びこれによる損害賠償請求する訴訟を提起した。
 原判決は、本件特許の明確性要件の充足性の有無について、次の判断を示し、被告人らの各物件の構成要件充足性や、進歩性等の他の無効理由について判断するまでもないとして、原告の請求は何れも理由がないとして棄却したので、これを不服として控訴したものである。
 すなわち、本件特許の特許請求の範囲の記載中「共に10μm以下の平均粒径としてなる混合物」との記載は、それが具体的にどのような平均粒径を有する粒子からなる混合物を指すかが不明であるというほかないから、特許法36条6項2号の明確性の要件を満たしておらず、同法123条1項4号の無効理由を有する、とした。
 第1審原告がこれを不服として控訴したものである。

第2 控訴人の主張
(1) 控訴人は、「10μm以下の平均粒子径」という場合に「平均粒子径」の「径」が「体積相当径」を意味することは明らかであって、その上で、体積相当径で算出したものについて、算術平均で平均粒子径を算出するものである。

(2) 被控訴人は、本件発明の「10μm以下の平均粒子径」とは「10μm以下の平均粒子径」を限界値として特定するものではなく、境界値として特定しているに過ぎない。しかし、特許請求の範囲に「10μm以下の平均粒子径」と記載されている以上は、その「平均粒子径」の定義(算出方法)や採用されるべき測定方法が明確にされなければ特許発明の技術的範囲を画することができないから、特許法にいう明確性要件を満たすことにはならない。

第3 裁判所の判断
 判決:本件控訴を棄却する。
(1) 当裁判所も、本件発明は、特許法の定める明確性の要件を満たさないという無効理由を有するから、原判決と同じく、控訴人の請求を棄却すべきと判断する。  その理由は、次に付加するほか、原判決の「事実及び理由」欄の「第3 当裁判所の判断」に記載したとおりであるから、これを引用する。
(2) しかし、本件発明における「10μm以下の平均粒径」とは、具体的な技術的意義を有する発明特定事項というべきであり、当業者が「粒子径」という文言の意義を理解できる必要があるところ、「10μm以下の平均粒径」という場合の「粒子径」について、技術的に見て、粒子をふるいの通過の可否等の見地から二次的に捉えたり(幾何学的径、ふるい径)、体積等の見地から三次元的に捉える(相当径、等体積球相当径)など様々な見地があり、それにもかかわらず、本件明細書に記載がなく特定できないものである。原判決は、こうした内容について敷衍したものと見ることができる。
(3) しかるに、本件発明の「10μm以下の平均粒径」の「径」は、本件明細書の段落【0035】等の記載に照らしても、当然に、ふるい径等の幾何学的径や投影面積円相当径等ではなく体積相当径という意味であるということは困難であるから、原判決が、本件明細書の段落【0035】の粒子相互間を密接化するという内容と異なる概念を根拠なく導き入れたということはできない。また、仮に個々の実際の粒子の体積、外形を測定する技術が確立されていないということを前提としても、そのことからは、平均粒径については測定方法により有意な差異が生じ得ることが導かれることはあっても、数ある捉え方の中から、当業者が、本件発明の平均粒子径の「粒子径」の意義を体積相当径の意味であると理解することが導かれることにはならない。
(4) さらに、本件特許の出願(平成8年2月)当時において、当業者の間で、既にレーザー回析・散乱法による測定装置で計測することが自明であるという技術常識が存在していたといえる程度に、同測定装置で計測することが自明であるという技術常識が存在していたということはできない、とした。

(小括) 以上によれば、控訴人の上記主張は採用することができない。

(結論)
 以上のとおりであるから、本件控訴はいずれも理由がない。よって、主文の通り判決する。

第4 考察
(1) 本件明細書に「平均粒子径」の意義を特定することができる手がかりとなる記載が存在するとは認められないから、本件明細書に接した当業者は、本件発明の「平均粒子径10μm以下」という文言について、その意義を理解することができないから、特許法36条6項2号に規定するいわゆる明確性の要件を満たしていない(サポート要件を満たしていない)から、該特許権は無効の理由を有するので、控訴人の主張は採用できないとして、控訴棄却の判決をした。
 即ち、明細書の記載及び当時の技術常識を加味して、「平均粒子径10μm以下」という文言について、その意義を理解することができるか否かが争われた。

(2) もっとも、該技術の当該業界で、特定物質について、平均粒径の測定方法が技術常識として特定の測定方法が定っている技術分野の場合は、別であるとおもわれるが、明細書の作成作業にあたっては、この点の配慮を欠かすことができないので、注意を要する点であろう。今後の実務上の参考となると思われるので紹介した。

〔参考〕
 参考までに、「平均粒径」の語が多義であることを示す原判決には、「1個の粒子の多きさ(粒子径、代表径)の表し方としては種々のものがあり、大きく幾何学径と相当径(何らかの物理量と等価な球の直径に置き換えたもの)とがあり、幾何学径には定方向径、マーチン径、ふるい径などがあり、相当径には投影面積円相当径、等表面積球相当径、等体積球相当径、ストーク径、空気力学径、流体抵抗相当径、光散乱径など種々のものがある。平均粒子径とは、粒子群を代表する平均的な粒子径(代表径)を意味するものであるが、個数平均径、長さ平均径、面積平均径といった種々の平均粒子径及びその定義式(算出方法)があり、同じ粒子であってもその代表径の算出方法によって異なる」と説示している。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '10/06/07