審決取消請求事件(耐油汚れの評価方法)

解説  複数の引用例から、本願発明の到達することができるための論理プロセスを的確に行うことが要請されるとし、そのような判断過程に基づいた説明が尽くせない限り、特許法29条2項の要件を充足するとする結論を下してはならないとして、特許法29条2項の該当性を肯定した審決を取り消した審決取消請求事件
(平成21年(行ケ)第10361号、 口頭弁論終結 平成22年3月25日 知的財産高等裁判所)
 
第1 事案の概要
 原告は、平成11年に発明の名称「耐油汚れの評価方法」につき、特許出願し、平成18年に手続補正、同19年に手続補正をしたが。何れも手続補正が却下されるとともに、特許庁から拒絶査定がされたことから、不服の審判を請求し、平成21年に手続補正をした。
 特許庁は、平成21年9月「本件審判の請求は成り立たない」との審決をした。
 これを、不服として審決の取消しを求めて、本件審決取消訴訟を提起したものである。

第2 争点(原告の主張)
(1) 引用刊行物Aに引用刊行物Cを組み合わせることの阻害要因がある。
 また、引用刊行物Aにおいては、汚れが泥水を含むがゆえにその付着のために乾燥を必須の工程とするものであるから、そのような引用刊行物A記載の発明に、引用刊行物C記載の発明のうち、直ちに水洗いをするという一部の技術的事項のみを取り出して組み合わせることは、引用刊行物A記載の発明の目的に反することになり、両者の組合せについては阻害要因が存在する。
(2) 解決課題や技術分野の相違がある。
 また、刊行物A、Cが開示する個々の技術的要素は、各刊行物記載の異なる発明の課題の下で組み合わされているものであるから、個々の技術的要素のみを任意に取り出して、それらを組み合わせても本願発明の構成を想到できない。
 従って、審決の判断は誤りである。

第3 裁判所の判断
判決 審決を取り消す。
理由
 審決が相違点(い)に係る構成中の「本願発明では、油汚れを付着する為に乾燥を必要としないとした」との技術が、引用刊行物C記載の技術事項を組み合わせることによって、容易に想到することができたと判断した点は、誤りである。以上を総合すると、引用刊行物Cからは、油汚れの評価に当って、時間、労力、価格を抑え、手順を簡略化しようとする本願発明の解決課題についての示唆はない。
 引用刊行物C記載の発明における、「乾燥工程を経由しない滴下」という操作は、本願発明における同様の操作と、その目的や意義を異にするものであって、引用刊行物C記載の発明は、本願発明と解決課題及び技術思想を異にする発明である。
 前記の通り、引用刊行物A記載の発明は、擬似油汚れについて特定量を滴下し、乾燥工程を設けないとする相違点(い)に係る構成を欠くものである。同発明は、本願発明における時間、労力、価格を抑えことを目的として、手順を簡略化しようとする解決課題を有していない点で、異なる技術思想の下で実施された評価試験に係る技術であるということができる。
 このように、本願発明における解決課題とは異なる技術思想に基づく引用刊行物A記載の発明を起点として、同様に、本願発明における解決課題とは異なる技術思想に基づき実施された評価試験に係る技術であって引用刊行物C記載の発明の構成を適用することによって、本願発明に到達することはできないというべきである。
 本願発明は、決して複雑なものではなく、むしろ平易な構成からなる。従って、耐油汚れに対する安価な評価方法を得ようという目的(解決課題)を設定した場合、その解決手段として本願発明の構成を採用することは、一見すると容易であると考える余地が生ずる。本願発明のような平易な構成からなる発明では、判断する者によって、評価が分かれる可能性が高いといえる。このような論点について結論を導く場合には、主観や直感に基づいた判断を回避し、予測可能性を高めることが、特に、要請される。
 その手法としては、従来実施されているような手法、すなわち、当該発明と出願前公知の文献に記載された発明等とを対比し、公知発明と相違する本願発明の構成が、当該発明の課題解決及び解決方法の技術的観点から、どのような意義を有するかを分析検討し、他の出願前公知文献に記載された技術を補うことによって、相違する本願発明の構成を得て、本願発明の到達することができるための論理プロセスを的確に行うことが要請されるのであって、そのような判断過程に基づいた説明が尽くせない限り、特許法29条2項の要件を充足したとの結論を導くことは許されない。
 本件において、審決は、本願発明と引用刊行物A記載の発明とを対比し、擬似油汚れについて特定量を滴下し、乾燥工程を経由しないで水洗いするとの構成の相違点と認定している。しかし、審決は、本願発明と、課題解決及び解決手段の技術的な意味を異にする引用刊行物A記載の発明に、同様の前提に立った引用刊行物C記載の事項を組み合わせると本願発明の相違点に係る構成に到達することが、何故可能であるかについての説明をすることなく、この点を肯定したが、同判断は、結局のところ、主観的な観点から結論を導いたものと評価せざるを得ない。
 以上のとおり、審決が示した理由を、結論を導く論理過程において十分な説明がされているとは言えない。

第4 考察
 本件判決は、特許法29条2項の該当性を肯定した審決を取り消した事例である。
 日常の実務において、引用例AとBとを組み合わせると、該発明は容易に想到出来るとされ、拒絶理由を受けることは、頻繁に生ずるテーマであり、実務に携わるものが最も頭を悩ます問題であろう。
 この判決においては、複数の引用例から、本願発明の到達することができるための論理プロセスを的確に行うことが要請されるとし、そのような判断過程に基づいた説明が尽くせない限り、特許法29条2項の要件を充足するとする結論を下してはならないと、説示している。
 今後、実務上の参考となる部分があると思われるので紹介した。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '10/11/29