審決取消請求事件(医療用器具)

解説  審決取消請求事件において、特許法29条2項の判断に関し、本件特許発明は原告らの主張する引用文献に基づいて容易に発明することができたとはいえないとして、無効不成立審決の取消請求を棄却した事例
(平成22年(行ケ)第10036号、 判決言渡 平成22年9月28日)
 
第1 事案の概要
 原告は、発明の名称を「医療用器具」とする特許第1907623号の特許権者である(以下「本件特許」という、請求項1〜7)。被告補助参加人は、本件特許の専用実施権の設定登録を平成19年に受けた者である。
 原告らは、平成20年に本件特許について無効審判を請求し(無効2008−800273号)、これに対し特許庁は、平成21年に「本件審判の請求は成り立たない。」との無効不成立の審決をした。原告らはこれを不服として、本件審決取消訴訟を提起したものである。

第2 争点
(原告らの主張)
 取消事由1:審決には、旧法36条5項1号に係る判断の誤りがある。
 取消事由2:甲1記載の発明の認定の誤りがある。
 取消事由3:一致点・相違点の認定の誤りがある。
 取消事由4:相違点に係る容易想到性判断の誤りがある。
 従って本件審決は取り消されるべきである、と主張した。
(注)技術上の争点は、省略し、法解釈論についてのみ説明する。

第3 裁判所の判断
判決 原告らの請求を棄却する。
(1)取消事由1から3は何れも理由がないとされた。
(2)取消事由4〔相違点に係る容易想到性の判断の誤り〕について
(3)甲1記載の発明に、甲2、4、5、7を組み合わせることにより、本件発明1の相違点に係る構成(「本件貫通構成」及び「本件固定構成」)に想到することは、容易であるとはいえない。その理由は以下の通りである。
(4)発明の特徴は、当該発明における課題解決を達成するために採用された、当該発明中にこれに最も近い先行技術との相違点たる構成中に見出される。したがって、当該発明の容易想到性の有無を判断するに当っては、先行技術と対比した、当該発明の課題を達成するための解決方法がどのようなものであるかを的確に把握することが必要となる。
 そして、当該発明が特許されるか否かの判断に当っては、先行技術から出発して、当該発明の相違点に係る構成に至ることが当業者において容易であったか否かを検討することになるが、その前提としての先行技術の技術内容の把握、及び発明が容易であったか否かの判断過程で、判断の対象であるべきはず当該発明の「課題を達成するための解決手段」を含めて理解する思考(事後分析的な思考)は、排除されるべきである。
 そして、容易であったか否かの判断過程で、先行技術から出発して当該発明の特徴点に到達できる試みをしたであろうという推測が成り立つのみでは十分ではなく、当該発明の特徴点に到達するためにしたはずであるという程度の示唆等の存在していたことが必要であるというべきである(知的財産高等裁判所平成20年(行ケ)第10096号平成21年1月28日判決参照)。
(5)上記の観点から、本件特許発明1が、甲1記載の発明から容易に発明したことができたか否かを検討する。
〔容易想到性の判断〕
 しかし、甲1記載の発明と甲2記載の発明とは、その技術分野及び課題・目的において共通するものであるとしても、甲1、2、4、5及び7においては、本件発明の特徴点(本件固定構成及び本件貫通構成)に到達するためにしたはずであるという程度の示唆等は、何ら存在しない。したがって、甲1、2、4、5及び7に基づいて本件発明1の相違点に係る構成に到達することが、当業者にとって容易であったということはできない。
 甲2と同様に甲7には、甲1から本件発明1の相違点に係る構成(本件貫通構成及び本件固定構成)の想到するためにしたはずであるという程度の示唆等の存在しないことは明らかである。
 以上の検討によれば、本件特許発明1は、原告らの主張の甲1、2、4、5 及び7に基づいて容易に発明することができたとは言えない。
 そして、本権発明2ないし7は、本件発明1の前記相違点に係る構成を有するものであるから、本件特許発明1と同様な理由により、甲1、2、4、5及び7に基づき容易に発明をすることができたとは言えない。
(6)結論
 以上に拠れば、原告等の主張の取消事由は何れも理由がない。

第4 考察
 本件判決は、特許法29条2項の判断に関するものである。本件特許発明は原告らの主張する引用文献に基づいて容易に発明することができたとはいえないとして、無効不成立審決の取消請求を棄却したものである。
 この判決では、特許法29条2項の容易想到性の判断に、前提としての先行技術の技術内容の把握、及び容易であったかどうかの判断過程において、判断の対象であるべきはずの当該発明の「課題を達成するための手段」を含めて理解する思考(事後分析的な 思考)は排除されるべきである。そして、容易であったか否かの判断過程では、先行技術から出発して当該発明の特徴点に到達できる試みをしたであろうと言う推測が成り立つのみでは十分ではなく、当該発明の特徴点に到達するためにしたはずであるという程度の示唆等が存在していたことが必要であるとしている。
 事後判断の問題と、記載された示唆等の関係を考える一助となるケースである。日常の実務にしばしば登場する問題であり、今後、実務の参考になる部分があると思われるので紹介した。

以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '11/07/18