審決取消請求事件
(赤外線透過性に優れた表示を印刷してなる包装用アルミニウム箔)

解説  進歩性の有無が争点となった審決取消訴訟において、公知技術は、世上数限りなく存在するものであり、その中から特定の技術思想を発明として選択し、他の発明と組み合わせて進歩性を否定するには、その組み合わせについての示唆ないし動機付けが明らかとされなければならない、との原則が示された事例
(平成22年(行ケ)第10273号 口頭弁論終結日 平成23年2月22日)
 
第1 事案の概要
 原告は、平成15年に発明の名称「赤外線透過性に優れた表示を印刷してなる包装用アルミニウム箔」とする出願をしたが、平成21年10月に拒絶査定を受けたので、平成22年1月、これに対する不服の審判を請求した。
 特許庁は、同年7月に「本件審判の請求は成り立たない」との審決をした。
 本件は、これを不服として、本審決取消訴訟を提起したものである。

第2 争点
 争点は、進歩性の判断に関する点である。

原告の主張
(1)取消事由1
(引用発明2を引用発明1に適用した誤り)
 審決は、引用発明2の構成を引用発明1の構成に適用し得ると認定しているが、そこに理論的合理性はなく、誤りである。
 引用発明1の課題と引用発明2の課題とは、前者が外観検査装置の性能の向上を図る点にあり、後者が被覆顔料の性能の向上を図る点にあるから、共通性は全くなく、両者を組み合わせる動機がないから、進歩性を否定した審決の判断は誤りである。

(2)取消事由2
(本願発明の顕著な作用効果の誤認)
 審決は、原告が意見書において述べた本願発明の作用効果の原理の説明に基づいて、本願発明が格別顕著な作用効果を奏しないと認定しており、引用発明1及び2に基づかずに、本願発明が格別顕著な作用効果を奏しないと認定しているのであって、誤りである。
 作用効果が格別顕著であるか否かを判断するに当っては、引用発明1及び2の作用効果(又は引用例1及び2の記載事項)に基づいて判断されるべきであって、原告の原理の説明に基づいて行うべきものではない。
 着色力を低下させずに赤外光を透過しやすくするのにどのような解決手段を採用するかは、引用発明1及び2には何らの記載も示唆もない。即ち、引用発明1及び2に基づけば、前記の効果を奏することは、当業者においては容易に導き出せない格別顕著な作用効果なのである。

第3 裁判所の判断
(1)判決 審決を取消す。
(2)判断
 (i) 審決は、引用発明1のインクに代えて、引用発明2の塗料を用いること、即ち、上記相違点は、当業者が容易に想到し得たことであると判断して、進歩性を否定した。
 (ii) しかし、審決の上記判断には、以下に説示する通り、引用発明2の構成、即ち、「反応性水可溶樹脂で被覆した、分散性が良好な被覆顔料を樹脂ワニスに添加してなる油性塗料」を適用し得るための動機付けが示されておらず、当業者が、引用発明2を引用発明1に適用し得るとすることは、誤りといわなければならない。
 (iii) また、審決は、上記の通り、「引用発明2は、「塗料」であるが、そもそも「塗料」と「インク」は厳密に区別されるものではなく、例えば、金属板の上に盛るように付着させる場合は「塗料」と呼び、紙に染みこませる場合は「インク」と呼ぶとしても、材料自体に本質的な相違がない場合が多く、引用発明2の塗料はアルミニウム箔の表面に印刷するときにも使用出来ることは、容易に推察される。」と述べるところ、この説示は、「塗料」と「インク」とが厳密に区別されるものではなく、本質的な相違がない旨を述べるだけであり、仮に、「塗料」と「インク」が区別されず、また、引用発明2の塗料がアルミニウム箔の表面の印刷に使用できるとしても、それはただ単に、引用例2がアルミニウム箔に使用できる可能性のあるインクを開示しているに過ぎない。引用例2には、当該塗料が赤外光に対する透過性に優れることは記載されておらず、引用発明2の「塗料」を引用発明1の「インク」として使用することが示唆されていると言うことにはならない。
 (iv) そもそも、「塗料」又は「インク」に関する公知技術は、世上数限りなく存在するものであり、その中から特定の技術思想を発明として選択し、他の発明と組み合わせて進歩性を否定するには、その組み合わせについての示唆ないし動機付けが明らかとされなければならないところ、審決では、当業者が引用発明1に対してどのような技術的観点から被覆顔料を使用する引用発明2の構成が適用できるのか、その動機付けが示されていない(当該技術が、当業者にとっての慣用技術等に過ぎないような場合には、必ずしも動機付け等が示されることは要しないが、引用発明2の構成を慣用技術と認めることは出来ないし、被告もその主張をしていない)。
 (v) 以上のとおり、相違点についての審決の判断は誤りであるから、この判断を前提とし、引用発明1に対して引用発明2の構成を適用して本願発明の進歩性を否定した審決の判断は誤りと言うべきである。
 (vi) 以上の通り、相違点につての審決の判断は誤りであるから、この判断を前提とし、引用発明1に対して引用発明2の構成を適用して、本願発明の進歩性を否定した審決の判断は、誤りというべきである。
 なお、相違点に関する本願発明の構成の容易想到性についての審決の判断が誤りである以上、この構成が容易想到であることを前提にし、構成から来る原理のみに依拠した作用効果についての審決の判断も誤りである。

第4 考察
 本件は、審決取消訴訟であり、進歩性の有無が争点となった事件である。
 判決の中で、公知技術は、世上数限りなく存在するものであり、その中から特定の技術思想を発明として選択し、他の発明と組み合わせて進歩性を否定するには、その組み合わせについての示唆ないし動機付けが明らかとされなければならない、との原則が示されている。
 審決では、当業者が引用発明1に対してどのような技術的観点から被覆顔料を使用する引用発明2の構成が適用できるのか、その動機付けが示されていない。
 また、当該技術が、当業者にとっての慣用技術等に過ぎないような場合は、必ずしも動機付け等が示されることは要しない。ことが示されている。
 引用発明と発明の進歩性判断の基準の一つを示したものとして、実務の参考までに、紹介した。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '10/12/25