審決取消請求事件(展示物支持具)

解説  審決取消請求事件において、出願に複数の請求項がある場合、その内の1つにでも拒絶理由が存在するときは、出願は全体として拒絶されるとする特許庁の審査実務が最高裁判決により支持されており、特許権成立後に請求項の1つ1つに特許権があるような取扱いを受けても適用されるとして、最高裁判例を引いて棄却された事例
(平成21年(行ケ)第10086号、 口頭弁論終結 平成22年7月7日)
 
第1 事案の概要
 原告は、発明の名称「展示物支持具」とする発明について、平成8年特許出願をした(請求項の数11)。特許法29条2項の規定により、拒絶理由通知を受けて、これの手続補正を行い(請求項の数4)としたが、平成18年拒絶査定を受けた。原告はこれを不服として平成19年不服の審判を請求した。平成21年拒絶理由通知を受け、補正を行った(請求項の数11に補正した)。特許庁は、平成22年「本件審判の請求は、成り立たない」との審決(以下「審決」という。)をした。本件は、これを不服として審決取消訴訟を提起したものである。

第2 争点
(1)原告の主張
@取消事由1:要旨認定に誤りがある。(省略)
A取消事由2:審理不尽がある。
 特許庁は、原告の本件補正を受理しており、請求項1・2のみでなく、少なくともいったん請求項を11に戻して審理しなければならないが、何もされていない。しかも請求項3における「角溝」箇所の補足・補正内容も含まれていないものである。特許庁は、本審決を取消し、審理をやり直すべきである。
 従って、本件審決は取り消されるべきである。
(2)被告の主張
 特許法49条によれば、1つの特許出願に複数の請求項に係る発明が含まれる場合であっても、そのうちいずれか1つでも特許法29条等の規定に基づき特許を受けることができないものであるときは、特許出願は全体として拒絶を免れない。よって、本審決が、本願発明が特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるとして、請求項2ないし11に論及しなかったことに違法はない。

第3 裁判所の判断
 (注)本稿では、取消事由2についてのみ解説する。
判決 原告の請求を棄却する。
理由
取消事由2(審理不尽)
(1)原告の上記主張は、請求項1ないし11に係る発明を総合して本願発明を捉え、その本質につき主張しているとも解されなくもない。
 しかしながら、特許法36条5項は、「特許請求の範囲には、請求項を区分して、各請求項ごとに特許出願人が特許を受けようとする発明を特定する為に必要と認める事項のすべてを記載しなければならない。」と規定し、特許請求の範囲の各請求項に記載された、特許を受けようとする発明のそれぞれが、独立した1つの発明である。よって、各請求項に係る発明はそれぞれ別の発明であるから、本件審決が本願発明について、請求項1に記載されたとおりのものと認定し、「角溝」をその本質として認定しなかったことに誤りはない。
(2)原告は、本件補正書(乙5)により補正された特許請求の範囲は、請求項の数が11であり、特許庁は本件補正を受理したにもかかわらず、請求項1に係る本願発明についてのみ審理の対象としており、それ以外の請求項に係る発明について審理を尽くしていないと主張する。
(3)特許法は、1つの出願に対し、1つの行政処分としての特許査定又は特許審決がされ、これに基づいて1つの特許が付与され、1つの特許権が発生するという基本構造を前提としており、請求項ごとに個別に特許が付与されるものではない。このような構造に基づき、複数の請求項に係る特許出願であっても、特許出願の分割をしない限り、当該特許出願全体を一体不可分なものとして特許査定又は拒絶査定をするほかなく、一部の請求項に係る特許出願について特許査定をし、他の請求項に係る特許出願について拒絶査定をするというような可分的な取扱いは予定されていない。そして、このことは、特許法49条、51条の文言のほか、特許出願の分割という制度の存在自体に照らしても明らかである(最高裁平成19年(行ヒ)第318号、同20年7月10日第一小法廷判決・民集62巻7号1905頁参照)ということができる。
 原告は、上記示唆に基づく補正を行う機会を与えられ、拒絶理由通知を受けた請求項1及び2について削除したり、分割出願したりする機会を与えられたにもかかわらず、本件補正において当該請求項1及びについて格別の補正をすることなく、請求項を11とする補正を行って、その結果、本願発明についての拒絶理由通知とほぼ同一の理由により、審判請求不成立の審決を受けたものである。
 以上のとおりの特許庁における審査の運用と本件出願の経緯とにかんがみれば、本件出願においては、前記1のとおり、請求項1に係る本願発明が特許法29条2項の規定により、特許を受けることができないものである以上、特許庁がその余の請求項に係る発明について検討しなかったとしても、本件出願全体として拒絶を免れないものであったといわざるを得ないから、本件審決が、審判請求不成立の判断をした点に、結論に影響を及ぼすべき違法はない。

第4 考察
 本件判決は、出願の段階においては、出願に複数の請求項がある場合、その内の1つにでも、拒絶理由が存在するときは、出願は全体として拒絶されるとする特許庁の審査実務は、前記の最高裁判決により支持されており、実務としては既に定着されているものである。他方、特許権成立後は、請求項の1つ1つに特許権があるような取扱いを受け、例えば、無効審判等においては、請求項ごとに審判請求できることが条文で規定されている。
 本件審決の理由は、請求項1につき引用発明1ないし3に基づいて、当業者が容易に発明することができたものであり、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないというものである。原告は、要旨認定の誤りを言う他、請求項1に係る発明以外の発明について審理をしていないから審理不尽を主張したものであるが、上記最高裁判例を引いて棄却されたものである。
 今後、実務の参考になる部分があると思われるので紹介した。
以上


〔戻る〕
鈴木正次特許事務所

最終更新日 '11/05/04