審決取消請求事件(日焼け止め剤組成物)

解説  審決取消請求事件において、拒絶査定不服審判請求の段階で、いわゆる後から提出された実験証明書等の取り扱いについての判断基準を示されているケースで、後出しされた実験結果を参酌した上で、進歩性を肯定した事例
(平成21年(行ケ)第10238号、口頭弁論終結日 平成22年5月27日)
 
第1 事案の概要
 本件は、原告が平成11年に、発明の名称「日焼け止め剤組成物」とする国際特許出願をしたが、この出願に対して、平成18年11月15日に拒絶査定を受けた。平成19年2月19日、拒絶査定不服審判において、取消しを求めたのに対し、特許庁が、不服2007−5283号事件について平成22年3月31にした「本件審判の請求は成り立たない」とする審決をした。これにつき、取消しを求めたものである。

第2 争点
1.審決
 本件審決では、審判請求理由補充書において、【参考資料1】として記載された本願発明の、SPF値及びPPDによる効果が何ら具体的に記載されていいないので、参酌することはできない。仮に、これを参酌したとしても、SPF値及びPPDの効果を持って、当業者が予期し得ない格別予想外のものであるとすることはできない、というものである。

2.原告の主張
(1)審決理由補充書の実験結果を参酌することができないとした判断の誤り(取消事由1)
(2)本件【参考資料1】実験の結果を参酌しても、顕著な作用効果がないとした判断の誤り(取消事由2)
があり、取り消されるべきである。

第3 裁判所の判断
(1)判決 審決を取り消す。

(2)当裁判所は、@本願発明の容易想到性の判断に当たり、本願当初明細書には「UV−Bフィルター」として、「2−フェニルベンズイミダゾールー5−スルホン酸」と特定したことによる本願発明の効果に関する記載がされていると理解できるから、本件においては、本願発明の効果の内容について審判手続において原告から提出された、審判請求理由補充書における本件【参考資料1】実験の結果を参酌することが許される場合であると判断すべきである。したがってこれに反して、審決が、同実験結果を参酌すべきでないとした判断には誤りがある。また、A本願発明は、同実験結果を参酌すれば、引用発明に比較して当業者が予想し得ない格別予想外の顕著な効果を奏するものであって、引用発明から容易に発明することができなかったというべきであるから、審決が、本願発明は予想外の顕著な効果を奏するとはいえず、引用発明から容易に発明をすることができたとした点に誤りがあると解する。その理由は、以下の通りである。
<審判請求理由補充書の実験結果を参酌することができないとした判断の誤りについて>
(1)審決は、本願発明が、特許法29条2項の要件を充足しないことを理由とするものである。
 ところで、特許法29条2項の要件充足性を判断するに当たり、当初明細書に、「発明の効果」について、何らの記載がないにもかかわらず、出願人において、出願後に実験結果等を提出して、主張又は立証することは、先願主義を採用し、発明の開示の代償として特許権(独占権)を付与するという特許制度の趣旨に反することになるので、特段の事情のない限りは、許されないというべきである。
 また、出願に係る発明の効果は、現行特許法上、明細書の記載要件とはされていないものの、出願に係る発明が従来技術と比較して、進歩性を有するか否かを判断する上で、重要な考慮要素とされるのが通例である。出願に係る発明が進歩性を有するか否かは、解決課題及び解決手段が提示されているかという観点から、出願に係る発明が、公知技術を基礎として、容易に到達することができない技術内容を含んだ発明であるか否かによって判断されるところ、上記の解決課題及び解決手段が提示されているか否かは、「発明の効果」がどのようなものであるかと不即不離の関係があるといえる。そのような点を考慮すると、当初明細書において明らかにしていなかった「発明の効果」について、進歩性の判断において、出願の後に補充した実験結果等を参酌することは、出願人と第三者との公平を害する結果を招来するので、特段の事情のない限り許されないというべきである。
 他方、進歩性の判断において、「発明の効果」を出願の後に補充した実験結果等を考慮することが許されないのは、上記特許制度の趣旨、出願人と第三者との公平等の要請に基づくものであるから、当初明細書に、「発明の効果」に関し、何らの記載がない場合はさておき、当業者において「発明の効果」を認識できる程度の記載がある場合やこれを推論できる記載がある場合には、記載の範囲を超えない限り、出願の後に補充した実験結果等を参酌することは許されるというべきであり、許されるか否かは、前記公平の観点に立って判断すべきである。
 確かに、本願当初明細書には、本件【参考資料1】実験の結果で示されたSPF値及びPPD値について、格別な効果が明記されているわけではない。しかし、本件においては、当業者において、広域スペクトル紫外線防止効果と光安定性をより一層向上させる効果を有する発明であると認識することができる場合であると言えるから、進歩性の判断の前提として、出願の後に補充した実験結果等を参酌することは許され、また、参酌したとしても出願人と第三者との公平を害する場合であるということはできない。
(2)また、本願発明は、2−フェニルーベンズイミダゾールー5−スルホン酸を他の特定成分と組み合わせることにより、各成分が互いに作用し合う結果として、当業者において予想外の顕著な作用効果(広域スペクトルの紫外線防止効果及び光安定性が顕著に優れるという作用効果)を有するものであると認めることができる。
 したがって、紫外線防止効果を一般的指標であるSPF値等で確認したこと等を理由として当業者が予想し得た範囲内であるした審決の判断は誤りである。

第4 考察
 本件は、いわゆる拒絶査定不服審判請求の段階で、いわゆる後から提出された実験証明書等の取り扱いについての判断基準を示されているケースである。
 拒絶査定不服審判の段階において提出された【参考資料1】実験の結果を参酌して進歩性を認めた事例である。実験結果に示されている効果が、当初明細書に明記されている訳ではない。しかし、当業者がその効果を認識することが出来る場合であれば、後から提出された実験結果等を参酌して進歩性を判断できる、との判断が示されている。どのような場合に後から提出された実験証明書等が採用されるのか、実務の参考になる事例であるから紹介した。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '11/10/11