審決取消請求事件(経管栄養剤)

解説  発明と対比される特許法29条1項3号にいう刊行物の記載としては、当該刊行物の記載及び特許出願時の技術常識に基づいてその物ないし同一性のある構成の物を入手することが可能であれば、必ずしも当該刊行物に具体的に開示されている必要はなく、それをもって足りるというべきであると判示している審決取消請求事件
(平成22年(行ケ)第10163号)判決言渡 平成22年12月22日)
 
第1 事案の概要
 本件は、原告が平成15年に出願した発明の名称「経管栄養剤」とする出願に対して拒絶査定を受け(共同出願に変更)、原告らが請求した拒絶査定不服審判において、取消しを求めたのに対し、特許庁が、不服2009−16558号事件について平成22年3月31にした「本件審判の請求は成り立たない」とした審決につき、取消しを求めたものである。

第2 争点
 本件審決の理由は、要するに、本願発明は、引用例1及び2に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとしたものである。
原告の主張
 原告は次のとおり主張し、審決の取消を求めた。
(1)一致点の認定の誤り(取消事由1)
(2)相違点1についての判断の誤り(取消事由2)
(3)相違点2につての判断の誤り(取消事由3)
(4)相違点3についての判断の誤り(取消事由4)

第3 裁判所の判断
(1)判決 原告らの請求を棄却する。
(2)取消事由2について
 原告は、引用例には粘度についての記載がないと主張した。これについて裁判所は、以下のとおり判断した。
「刊行物に記載された発明」について
 特許法29条2項は、特許出願前にその発明の技術の分野における通常の知識を有する者が、同条1項各号に掲げる発明に基づいて容易に発明をすることができたときは、その発明は、特許を受けることができない旨を規定している。そして、発明が技術思想の創作であることからすると(特許法2条1項)、特許を受けようとする発明が特許法29条1項3号に言う特許出願前に「頒布された刊行物に記載された発明」に基づいて容易に発明をすることができたか否かは、特許出願当時の技術水準を基礎として、当業者が刊行物を見たときに、特許を受けようとする発明の内容との対比に必要な限度において、その技術的思想を実施し得る程度に技術的思想の内容が開示されていることが必要であり、かつ、それをもって足りると解するのが相当である。
 これを、特許を受けようとする発明が物の発明である場合についてみると、特許を受けようとする発明と対比される特許法29条1項3号にいう刊行物の記載としては、その物の構成が、特許を受けようとする発明の内容との対比に必要な限度で開示されていることが必要であるが、当業者が、当該刊行物の記載及び特許出願時の技術常識に基づいて、その物ないしその物と同一性のある構成の物を入手することが可能であれば、必ずしも、当該刊行物にその物の性状が具体的に開示されている必要はなく、それをもって足りるというべきである。
(3)取消事由2(相違点の判断の誤り)について
 原告らが、本件審決が、本願出願後に頒布された刊行物D(甲17)に基づいて引用例1記載の「テルミールソフト」の粘度を認定したことは誤りであると主張した。
 これに対して、判決は発明の進歩性の有無を判断するに当たり、上記出願当時の技術水準を出願後に頒布された刊行物によって認定し、これにより上記進歩性の有無を判断しても、そのこと自体は、特許法29条2項の規定に違反するものではない(最高裁昭和51年(行ツ)第9号同年4月30日第二小法廷判決・判例タイムズ360合148頁)。
 よって、本願発明の進歩性の有無を判断するにあたって引用発明である「テルミールソフト」が持つ粘度を認定するために、本願出願後に頒布された刊行物Dを参酌したことは、特許法29条2項に反するものではない。
(4)さらに、原告らは、引用例1の著者は経腸栄養に関する専門家ではないと主張するが、刊行物に対する進歩性の有無の判断には、当該刊行物の著者が上記発明の技術分野における当業者であるか否かは影響を及ぼさないから、上記主張も採用することができないとした。
(5)取消事由3について
 原告らは、相違点2の判断において、本件審決が、引用例1のすりかえを行った上で本来の引用例でない現実の商品に基づいて判断した点が違法であると主張した。
 判決は、しかしながら、前記2の通り、本件審決が認定した引用発明は、特許法29条1項3号所定の「刊行物に記載された発明」にほかならない。そして、引用発明の認定が当業者の出願当時の技術常識に照らしてされるべきであることからすると、本件において入手可能な現実の商品の性質を勘案して引用発明を認定したことには、誤りはない。そして引用例1の「テルミールソフト」が「半固形状」であることによると、管状材を通過する前も後も粘体の状態であることは、技術常識というべきである。よって、引用発明は、管状材を通過する前後において、粘体の状態が維持されるように調整されている経管栄養剤であるということができる。よって、相違点2についての認定に誤りはない。

第4 考察
 本件は、引用例の記載内容の程度に関する判決である。
 判決は、特許を受けようとする発明と対比される特許法29条1項3号にいう刊行物の記載としては、その物の構成が、特許を受けようとする発明の内容との対比に必要な限度で開示されていることが必要であるが、当業者が、当該刊行物の記載及び特許出願時の技術常識に基づいて、その物ないしその物と同一性のある構成の物を入手することが可能であれば、必ずしも、当該刊行物にその物の性状が具体的に開示されている必要はなく、それをもって足りるというべきであると判示している。
 従って、実務においては、引用例の記載と併せて出願当時の技術水準を考慮して対応する必要があることを示した判決とである。意見書等において反論する際には、引用例に具体的な記載がなくとも、出願当時の技術水準をも合わせて考慮し、引用例に記載がある、又は記載がないという判断が必要となろう。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '10/07/18