審決取消請求事件(換気扇フィルター及びその製造方法)

解説  進歩性の認定が争点となった審決取消事件において、当該発明が容易であったとするためには、「課題解決のための特定の構成を採用することが容易であった」事のみでは十分ではなく、「解決課題の設定が容易であった」ことも必要となる場合があることを示した事例
(平成22年(行ケ)第10075号、口頭弁論終結日 平成22年11月30日)
 
第1 事案の概要
 原告らは、発明の名称「換気扇フィルター及びその製造方法」とする特許第3561899号の特許権者である。
 被告は、平成21年、本件特許の無効審判を請求し、特許庁は、同年11月、「本件特許を無効とする」との審決をした。
 原告は、これを不服として、本審決取消訴訟を提起したものである。

第2 争点
 争点は、進歩性の判断に関する点である。

原告の主張
(1)取消事由1、3(略)
(2)取消事由2
 審決は、本件各発明及び周知技術の課題を誤って認定し、容易想到性を判断した誤りがある。

第3 裁判所の判断
(1)判決 審決を取り消す。
(2)判断
 当裁判所は、原告主張に係る取消事由2(本件発明及び周知技術)の課題を誤って認定し、容易想到性を判断した誤り)は理由があるから、審決は、特許法29条2項に違反し、取り消されるべきものと判断する。
(3)容易想到性判断と発明における解決課題
 審決には、本件各発明の解決課題を正確に認定していない点で誤りがあり、また、誤った解決課題を前提とした上で本件各発明が容易想到であるとした点において誤りがある。
 (i) 当該発明について、当業者が特許法29条1項各号に該当する(以下「引用発明」と言う。)に基づいて容易に発明することができたか否かを判断するに当たっては、従来技術における当該発明に最も近似する発明(「主たる引用発明」)から出発して、これに、主たる引用発明以外の引用発明(「従たる引用発明」)及び技術常識等を総合的に考慮して、当業者において、当該発明における、主たる引用発明と相違する構成(当該発明の特徴的部分)に到達することが容易であったか否かによって判断するのが客観的かつ合理的な手法といえる。
 (ii) 当該発明における、主たる引用例と相違する構成(当該発明の構成上の特徴)は、従来技術では解決できなかった課題を解決するために、新たな技術的構成を付加ないしは変更するものであるから、容易想到性の有無の判断するに当たっては、当該発明が目的とした解決課題(作用・効果)を的確に把握した上で、それとの関係で「解決課題の設定が容易であったか否か」及び「課題解決のために特定の構成を採用することが容易であったか否か」を総合的に判断することが必要かつ不可欠となる。
 (iii) 上記の通り、当該発明が容易に想到できたか否かは総合的な判断であるから、当該発明が容易であったとするためには、「課題解決のために特定の構成を採用することが容易であった」ことのみでは十分ではなく、「解決課題の設定が容易であった」ことも必要となる場合がある。すなわち、例え「課題解決のための特定の構成を採用することが容易であった」としても、「解決課題の設定・着眼がユニークであった場合」(例えば、一般には着想しない課題を設定した場合等)には、当然には、当該発明が容易想到であるということはできない。
 (iv) ところで、「解決課題の設定が容易であったこと」についての判断は、着想それ自体の容易性が対象とされるため、事後的・主観的な判断が入りやすいことから、そのような判断を防止するためにも、証拠に基づいた論理的な説明が不可欠となる。また、その前提として、当該発明が目的とした解決課題を正確に把握することは、当該発明の容易想到性の結論を導く上で、とりわけ重要であることは言うまでもない。
 (v) 上記の観点から、以下、本件各発明の容易想到性の有無に関して審決の判断の当否を検討する。
 審決において、本件発明1における「金属フィルター枠と不織布製フィルター材とが接着剤で接着されている換気扇フィルターにおいて、通常の状態では強固に接着されているが、使用後は容易に両者を分別し得ることを容易化すること」と言う解決課題の設定及び解決手段の達成が容易に想到できたとの点について、証拠を基礎とした客観的合理的な理論に基づいた説明がされていると判断することはできない。
 (vi) 従って、甲2に接した当業者が、換気扇フィルターの廃棄時に金属製フィルター枠と不織布製フィルター材とを容易に剥離するために、発明Aに「被膜形成性重合体を含む水性エマルジョン系接着剤」を用いることは困難なくなし得たとした審決の判断は誤りであり(この点は、甲2記載の粘着剤、並びに甲10、11及び24記載の接着剤が「被膜形成性重合体を含む水性エマルジョン系接着剤」に相当するか否かに左右されるものではない。)、これを前提とした本件発明1に関する容易想到性の判断にも誤りがあるというべきである。上記に述べた理由は、本件発明2ないし4についても、同様に妥当する。
 (vii) 以上の通り審決には、各発明の解決課題を正確に認定していない点で誤りがあり、誤った解決課題を前提とした上で、本件各発明が容易想到であるとした点に誤りがあるから、取り消されるべきである。

第4 考察
 本件は、審決取消訴訟であり、進歩性の認定が争点となった事件である。
 次の理由により、本件各発明が容易想到であるとした審決を取り消した。
 判決では、容易想到性の有無の判断にあたっては、発明が目的とした「解決課の設定が容易であったか」及び「課題解決のために特定の構成を採用することが容易であったか否か」を総合的に判断することが必要不可欠となる。当該発明が容易であったとするためには、「課題解決のための特定の構成を採用することが容易であった」事のみでは十分ではなく、「解決課題の設定が容易であった」ことも必要となる場合があることを示している。
 引用発明と発明の想到容易性判断の基準の一つとして、実務の参考になればと思い、紹介した。
以上


〔戻る〕
鈴木正次特許事務所

最終更新日 '11/12/25