損害賠償請求事件(弁理士との委任契約について)

解説  損害賠償請求事件において、被控訴人がした補正はやむを得ないものであったと解されるのみならず、控訴人の承諾に基づいて補正書が作成されたものと認められるから、被控訴人の行為が債務不履行又は不法行為に該当するものと言うことはできないとされた事例
(知財高裁・平成24年(ネ)第10007号、口頭弁論終結日 平成24年4月11日)
 
第1 事案の概要
 本件は、控訴人(原審・原告)が、被控訴人である弁理士との間で締結した本件特許出願AないしC(実用新案登録出願1件及び特許出願)の出願手続に係る委任契約について、被控訴人の行った補正等の行為が債務不履行又は不法行為に当たるとして、損害賠償請求を求めたものであるが、第1審判決は、被控訴人は控訴人の意向や承諾に沿って補正等を行ったものであるから、債務不履行又は不法行為に当らないとして、原告の請求を棄却した。
 本件は、これを不服とした控訴人が控訴したものである。

第2 主な争点
1 本件出願Aに係る被控訴人の債務不履行又は不法行為の成否
2 本件出願Bに係る被控訴人の債務不履行又は不法行為の成否
3 本件出願Cに係る被控訴人の債務不履行又は不法行為の成否

第3 判決
 本件控訴を棄却する。
(1)本件出願Aについて
 控訴人は、特許庁審査から、平成9年3月4日付で拒絶理由通知を受けた。本件出願は、実用新案法3条1項柱書の要件を満たしていない。請求項1、2の記載事項が物品の形状、構造又は組み合わせに係るものであるか否かが不明確である。
 請求項1、2には考案の構成に欠くことのできない事項のみが記載されているものとは認められないから、5条5項2号の規定を満たしておらず、拒絶をすべきものである、と認定された。
 前記によると、各請求項には、考案の作用及び効果しか記載されておらず、技術的構成が記載されていない為、特許庁審査官及び審判官から、拒絶理由通知や拒絶査定を受けたものと言わねばならない。そうとすると、拒絶理由通知を受けた時点で、少なくとも全面的に書き換える手続き補正をする必要があったことは明らかである。
 上記手続補正をするに当たっては、あらかじめ控訴人に手続補正書の原稿を送って承諾を得た、控訴人とは複数回にわたり長時間の打ち合わせを経た、控訴人から具体的な補正内容を指示されるなどしており、当該補正内容では要件を満たさないなどと説明してもなかなか受け入れられなかったため、控訴人の意向に沿った内容の手続補正をせざるを得なかったなどと説明する。
 控訴人が被控訴人に対し、手続補正の内容を詳細に指示したことも認められるのである、上記各事実からすると、被控訴人が、本件出願Aについても控訴人に説明し、控訴人からの指示を受け、承諾を得ていたものと推認することができる。
 従って、平成9年10月6日付の手続補正内容は、控訴人の承諾に基づいて作成されたものと認められる。
(小括)
 以上からすると、本件出願Aについて、被控訴人がした補正は、全面的な補正の必要性が認められ、その内容自体も拒絶理由を前提とすると、やむを得ないものであったと解されるのみならず、控訴人の承諾に基づいて補正書が作成されたものと認められるから、被控訴人の行為が債務不履行又は不法行為に該当するものと言うことはできない。
(2)本件出願Bについて
 平成9年11月11日付けの拒絶理由通知の後、被控訴人が審査官と面談し、請求項2に限定すれば特許査定する旨の合意が得られたこと自体、むしろ被控訴人による大きな成果と評価し得得るものである。それに従った手続補正をしなかった理由としては、控訴人がそのような補正を拒絶したこと以外は考えられず、上記経過は被請求人の供述を前提としてしか了解できないものである。
 以上からすると、本件出願Bについて、被控訴人が審査官との合意に沿った補正を行わなかったことは、控訴人の承諾に基づくものと認められるから、被控訴人の行為が債務不履行又は不法行為に該当するものと言うことはできない。
(3)本件出願Cについて
 本件出願Cについても、技術的内容は別として、控訴人と被控訴人との折衝の経緯については、同じような認定・評価がなされた。
 以上からすると、本件出願Cについて、被控訴人がした補正は、全面的な補正の必要性が認められ、その内容自体も拒絶理由を前提とすると、やむを得ないものであったと解されるのみならず、控訴人の承諾に基づいて補正書が作成されたものと認められるから、被控訴人の行為が債務不履行又は不法行為に該当するものと言うことはできない。
第4 考察
 本件は、弁理士と依頼人との関係を考えさせられる問題点を多々含んでいるケースであると思われる。
 弁理士と依頼者との関係は、基本的に信頼関係に基礎を置くものであり、委任契約であるとされているが、時には、所謂ボタンの掛け違いと言われる状況に陥り、トラブルに発展することもある。判決の記載から推測すると、本件は、補正等に当たり、依頼者の強い希望に沿って補正等をした結果、最終的に特許権が得られなかった事実関係であると思われる。
 弁理士は手続を行うに当たって、その意味と結果の予測を丁寧に説明することが必要であり、また、最悪の場合も予測して、結果の安請け合いをしないことが肝要である。また、本件の経過を詳細に検討することによって、今後、実務の参考になる部分があるかと思われるので紹介した。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '13/02/24