特許権侵害差止等請求控訴事件(安全後退用針を備えたカニューレ挿入装置)

解説  特許権侵害差止等請求控訴事件において、控訴審において新たに提出された控訴審追加無効主張について、同主張が後れて提出されたことについてやむを得ない事情があるとは認められないとされた事例
((知的財産高等裁判所〔第3部〕・平成24年(ネ)第10030号 平成25年1月30日判決言渡))
 
第1 事案の概要
 原告は、発明の名称を「安全後退用針を備えたカニューレ挿入装置」(本件発明1及び、これについて特許庁での訂正審判によって訂正が認められた本件訂正発明1)及び、「医療器具を挿入しその後保護する安全装置」とする2件の特許権(本件特許1、本件特許2)の権利者である。原告は、被告が原告の特許権を侵害しているとして被告製品の製造・販売等の差止めと損害賠償請求を行った(平成20年11月26日 平成20年(ワ)第33536号)。
 第一審裁判所は平成20年12月26日の第1回口頭弁論、第1回弁論準備手続において控訴人(第一審被告)に無効論の準備を指示し、控訴人は平成21年2月、同年9月に追加の無効理由を主張した。
 平成22年2月の第8回弁論準備手続において裁判所は本件各特許について無効理由の追加は原則として認めないとした。
 平成22年6月1日に特許庁での訂正審判により本件発明1を本件訂正発明1とする訂正が認められた。
 控訴人は平成22年6月14日の第11回準備手続期日に本件特許1に対する新たな無効主張・立証を行ったが、裁判所はこれを「時機に遅れた攻撃防御方法」として却下し、以後、侵害論についての主張立証を認めないこととし、心証を開示して被控訴人(一審原告)に対し損害論の主張を促した。
 その後、控訴人は平成22年12月に本件訂正発明1についての無効主張を提出し、平成23年5月に米国特許第5135505号明細書(以下「505号明細書」という)を証拠として提出し本件特許2に対する無効主張を行った。
 平成23年9月の第2回口頭弁論期日において裁判所は前述した心証開示以降の控訴人による無効主張・立証を「時機に遅れた攻撃防御方法」として却下し、弁論を終結した。
 平成24年2月7日 原審判決言渡。損害賠償の支払いを一部認容し、その余の請求を棄却。
 そこで、第一審被告は、これを不服として控訴し、控訴の際に更に無効主張を追加したものである。
 本稿では特許権の有効性に関する議論は省略し下記の争点ついてのみ説明する。

第2 控訴審での主な争点
 (1) 本件訂正発明1に係る無効理由(原審追加無効理由)を時機に後れた攻撃防御方法として却下したのは誤りか否か。
 (2) 控訴審で提出の無効理由(控訴審追加無効理由)は認められるべきであるか否か。

第3 判決
 本件控訴を棄却する。

第4 裁判所の判断
(ア) 原審追加無効理由に対する判断
 原審の審理経過によれば、原審裁判所が侵害論についての主張立証の追加は認めないとした平成22年6月14日(本件主張期限)は、本件訴訟の提起から1年6カ月以上後で、本件特許2の請求項が請求原因に追加されてから約1年を経過し、しかも受命裁判官が無効理由の追加は原則として認めないとした第8回弁論準備手続期日からも4カ月以上を経過しているのであるから、侵害論の主張を制限する期間としては短すぎるとはみとめられない。
 控訴人は「505号明細書は米国特許明細書であるから、提出が遅れたことはやむを得なかったものである」旨主張する。然しながら、同無効主張及び証拠(505号明細書)の提出が行われたのは、上述した本件主張期限から更に10カ月以上後の平成23年5月であり、また、同無効主張を審理するためには505号明細書に記載された技術事項及びこれに基づく容易想到性の理論づけ等について被控訴人に反論反証の機会を与えなければならず、そのためには相当の期間を要するものと認められ、訴訟の完結を遅延させることは明らかである。
 当審においても、原審追加無効主張は、少なくとも重大な過失により時機に後れて提出されたものという他なく、かつ、これにより訴訟の完結を遅延させるものであることも明らかである。よって、当審において提出された控訴人らの原審追加無効主張は、民事訴訟法157条1項によりこれを却下する。
(イ) 控訴追加無効理由について
 控訴審追加無効主張は、控訴人らの平成24年4月2日付けの控訴理由書により追加された無効主張であり、本件主張期限から1年9カ月以上経過した後に提出されたものであるところ、上記審理経過に照らして、同主張が後れて提出されたことについてやむを得ない事情があるとは認められない。
 従って、控訴審追加無効主張は、少なくとも重大な過失により時機に後れて提出されたものと言うほかなく、かつ、これにより訴訟の完結を遅延させるものであることも明らかである。よって、控訴人らの控訴審追加無効主張は、民事訴訟法157条1項によりこれを却下する。
(ウ) 以上のとおり、控訴人らの控訴理由は何れも理由がなく、原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

第4 考察
 控訴審判決は、第1審の判断を支持し、かつ、控訴審において新たに提出された控訴審追加無効主張についても、同主張が後れて提出されたことについてやむを得ない事情があるとは認められないとした。
 また、平成23年改正特許法施行後(平成24年4月1日施行)は、特許法104条の4の規定で、特許侵害訴訟の確定判決に対する再審の訴えにおいて特許を無効にする審決が確定したことを再審において主張することが制限された。
 侵害訴訟と無効審判とのダブルトラックを原則とする従来の訴訟進行形態から、侵害訴訟を中心とするシングルトラックに近い訴訟進行形態に移行することが予想され、原告の特許の有効性を巡る争いは、審理の場が侵害訴訟に限定されることになることが想定される。
 そうであれば、侵害裁判所においても、当事者の主張を十分に尽くさせるために、民事訴訟法157条1項は、軽々に適用することなく、謙抑的に適用されるべきであるとの意見も実務家からは聞かれる。
 弁論準備手続と時機に後れて提出した攻撃又は防衛の方法の却下の規定は、訴訟を進行させる有効な手段として規定されている。また、104条の4については、改正法施行後に提起される再審の訴え等に適用するものと規定されている(附則2条15項)。今後の実務の参考になる部分があるかと思われるので、紹介した。

〔参考〕
民事訴訟法第157条1項
 当事者が故意又は重大な過失により時機に後れて提出した攻撃又は防衛の方法については、これにより訴訟の完結を遅延させることとなると認めた時は、裁判所は、申立てにより又は職権で、却下の決定をすることができる。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '13/10/20