損害賠償請求事件(シリカ質フィラー及びその製法) |
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解説 |
損害賠償請求事件において、特許請求の範囲の記載中に、粒径の数値を限定した場合に、特許請求の範囲に粒径の測定方法を記載するか、又は明細書中においてその測定方法を規定することが重要であることを示した事例
(東京地方裁判所〔民事46部〕・平成23年(ワ)第6868号 損害賠償請求事件 平成25年3月15日判決言渡)
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第1 事案の概要 |
原告は、発明の名称を「シリカ質フィラー及びその製法」とする特許権の権利者である。被告によるシリカ製品(被告製品)の製造、販売及び販売のための展示などが本件特許権の侵害に当たる旨主張して、被告に対し、特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償の一部請求として1億円及び遅延損害金の支払いを求めた事案である。
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第2 主な争点 |
争点1 被告製品について本件発明の技術的範囲の属否
争点2 特許法104条の3第1項の規定による本件特許権の権利行使の制限の成否 争点3 被告が賠償すべき原告の損害額 (注)この解説では、争点1の技術的範囲の属否についてのみ論じ、他は省略する。 |
第3 判決 |
判決 原告の請求を棄却する。
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第4 裁判所の判断 |
(ア) 特許請求の範囲の記載
本件請求項1には、真円度の測定方法、その測定対象試料(粒子)の状態及び調整方法を規定する記載は存在しない。 |
(イ) 本件明細書の記載
本件発明の特許請求の範囲の記載、本件明細書の記載事項を考慮して検討するに、特許請求の範囲及び本件明細書には、「粒径30μm以上の粒子の真円度が0.83〜0.94」(構成要件C)及び、「粒径30μm未満の粒子の真円度が0.73〜0.90」(構成要件D)にいう各「粒子」の状態及びその真円度の測定に当たっての調整方法を限定する趣旨の記載は存在しないから、真円度が測定される上記「粒子」は、本件出願時に通常行われていた試料の調整方法によって調整されたものであれば、その調整方法は特に限定されるものではないと解すべきである。 |
(ウ) そして、証拠によれば、本件出願時、画像解析法に用いる画像解析用試料の調整方法としては、乾燥した粉体(乾燥粒子)をそのまま試料とする場合(乾式の試料)や、液相中に粒子を分散するなどの前処理をしたものを試料とする場合(湿式処理をした試料)があり、何れの調整方法も、通常行われていたものと認められる。従って、本件発明の真円度を測定するに当たっては、乾式の試料又は湿式処理をした試料の何れを用いても差し支えないというべきである。
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(エ) ところで、本件発明の真円度の測定に当たり乾式の資料を測定対象とするか、又は湿式処理をした試料を測定対象とするかによって真円度の数値に有意の差が生じる場合、当業者が何れか一方の試料を測定対象として測定した結果、構成要件所定の真円度の数値範囲外であったにもかかわらず、他方の試料を測定対象とすれば上記数値範囲内にあるとして構成要件を充足し、特許権侵害を構成するとすれば、当事者に不測の不利益を負担させる事態となるが、このような事態は、特許権者において、特定の測定対象試料を用いるべきことを特許請求の範囲又は明細書において明らかにしなかったことにより招来したものである以上、上記不利益を当業者に負担させることは妥当でないというべきであるから、乾式の試料及び湿式処理をした試料のいずれを用いて測定しても、本件発明の構成要件Dが規定する粒径30μm未満の粒子の真円度の数値範囲(「0.73〜0.90」)を充足する場合でない限り、構成要件Dの充足を認めるべきではないと解するのが相当である。 しかるところ、原告測定データ3は、被告製品の乾式の試料を対象として粒径30μm未満の粒子の真円度を測定した場合、被告製品が構成要件Dの数値範囲内にあることを示している。 しかし、他方では、本件においては、被告製品の湿式処理をした試料を対象として粒径30μm未満の粒子の真円度を測定した場合に、被告製品が構成要件Dの数値範囲内にあることを認めるに足りる証拠はなく、かえって、湿式処理をした試料を対象にした被告測定データによれば、被告製品は構成要件Dに規定する数値の範囲外にあるというべきである。 従って、被告製品は、構成要件Dを充足するものと認めることはできない。 |
(オ) まとめ
以上のとおり、被告製品は、構成要件Dを充足しないから、本件発明の技術的範囲に属するものとは認めることはできない。 |
第4 考察 |
特許請求の範囲の記載中に、粒径の数値を限定した発明がしばしば見受けられる。この場合に、特許請求の範囲に粒径の測定方法を記載するか、又は明細書中においてその測定方法を規定することが重要であることを示している判決である。 また、その測定方法を記載しなかった場合は、出願当時、当業界で一般的に知られていた方法で測定されると解釈されることとなる。然し乍ら、技術の進歩の激しい時代においては、一般的に行われていた測定方法であることを証明すること自体、実際問題としても難しく、訴訟の場で立証に苦労することが多いと思われる。 そして、本件の場合、測定試料の差により、測定数値に有意差が生じる場合、この様な事態は、特許権者の不記載に起因するものであるから、その不利益を当業者に負担させることは妥当でないから、何れの測定方法で測定しても、本件発明の構成要件を充足するものでない限り、侵害は認められないとされた。 今後の実務の参考になる部分があるかと思われるので、紹介した。 以上
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