審決取消請求事件(排気ガス浄化システム)

解説 拒絶理由の引用文献に記載されている発明の認定
(知財高裁・平成25年(行ケ)第10248号 審決取消請求事件 平成26年5月26日判決言渡)
 
第1 事案の概要
 原告は、名称を「排気ガス浄化システム」とする発明につき特許出願(特願2008−103684号)したが拒絶査定を受けたので不服審判を請求(不服2012−20370号)するとともに、特許請求の範囲の変更を含む手続補正をした。特許庁は、補正を却下した上で「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決を下し、原告が審決の取消を求めて出訴した。

第2 本件の争点
 補正についての独立特許要件(新規性及び進歩性)の有無。具体的には、(1) 引用発明の認定の誤り、(2) 相違点の認定誤り、(3) 新規性判断の誤り、(4) 相違点に係る進歩性判断の誤りである。
(注)本解説では「引用発明の認定の誤り」について焦点を絞って解説する。

第3 判決
 特許庁が不服2012−20370号事件について平成25年7月22日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。

第4 判決の概要
 引用発明の認定について
 審決は、引用例1に記載された引用発明(甲1発明)として、「排気ガスの酸素濃度が高い酸素過剰雰囲気ではNOxを吸収し、理論空燃比近傍又は空気過剰率λ≦1でのリッチ燃焼運転時にはNOxを放出するNOx吸収材と、Pt、Rh等の貴金属と、排気ガスの酸素濃度を変化させる排気制御手段8と、を備える車両用のリーンバーンエンジンや直噴ガソリンエンジンのようなエンジン4の排気ガス浄化装置であって、排気ガスの酸素濃度が高い酸素過剰雰囲気ではNOxを上記NOx吸収材に吸収させ、理論空燃比近傍又は空気過剰率λ≦1でのリッチ燃焼運転時にはNOx吸収材からNOxを放出させ、排気制御手段8でNOx吸収材と貴金属を含む排気ガス浄化用触媒1の入口側の排気ガスの酸素濃度は2.0%以下に制御され、HCが部分酸化されて活性化されNOxの還元反応が進みやすくなり、結果的にHC及びNOx浄化率が高まる、排気ガス浄化装置。」と認定している。
 この中で、審決は、HC及びNOx浄化率が高まるとの作用効果を奏する機序として、「HCが部分酸化されて活性化」されることを認定している。

 しかし、・・・・甲1発明における、排気ガスの酸素濃度が低下したとき(リッチ燃焼運転時)に、「HCが部分酸化されて活性化され、NOxの還元反応が進みやすくなり、結果的に、HC及びNOx浄化率が高まる」という作用効果は、NOx吸収材と貴金属とを含む排気ガス浄化用触媒に追加した「Ce−Zr−Pr複酸化物」によって奏したものであって、排気ガスの酸素濃度を「2.0%以下、あるいは0.5%以下」となるように制御することによって奏したものではない。
 すなわち、「Ce−Zr−Pr複酸化物」は、前記作用効果を奏するための必須の構成要件であるというべきであり、排気ガスの酸素濃度を「2.0%以下、あるいは0.5%以下」となるように制御した点は、単に、実施例の一つとして、リーン燃焼運転時に「例えば4〜5%から20%」、リッチ燃焼運転時に「2.0%以下、あるいは0.5%以下」との数値範囲に制御したにとどまり、前記作用効果を奏するために施した手段とは認められない。
 したがって、引用発明において、「HCが部分酸化されて活性化」されるのは、NOx吸収材と貴金属とを含む排気ガス浄化用触媒において、「Ce−Zr−Pr複酸化物」を含むように構成したことによるものであるから、引用例1に、「排気ガス浄化用触媒1の入口側の排気ガスの酸素濃度は2.0%以下に制御」することにより、HCの部分酸化をもたらすことを内容とする発明が、開示されていると認めることはできない。
 そうすると、審決は、引用発明の認定において、「酸素濃度は2.0%以下に制御され、HCが部分酸化されて活性化されNOxの還元反応が進みやすくなり、結果的にHC及びNOx浄化率が高まる、排気ガス浄化装置」と認定しながら、そのような作用効果を奏する必須の構成である「Ce−Zr−Pr複酸化物」を排気ガス浄化用触媒に含ませることなく、欠落させた点において、その認定は誤りであるといわざるを得ない。
 被告(特許庁)は、引用発明の認定は、補正発明の特許要件を評価するために必要な限度で行えばよいものであって、引用例1自体で特徴とされる事項(例えば、請求項1に係る発明の発明特定事項)を必ず認定しなければならないというものではなく、引用発明の認定において、必ずCe−Zr−Pr複酸化物が含まれていることまでも認定しなければならないことにはならないと主張する。
 確かに、特許法29条1項3号に規定されている「刊行物に記載された発明」は、特許出願人が特許を受けようとする発明の新規性、進歩性を判断する際に、考慮すべき一つの先行技術として位置付けられるものであって、「刊行物に記載された発明」が特許公報である場合に、必ず当該特許公報の請求項における発明特定事項を認定しなければならないものではない。
 一方で、「刊行物に記載された『発明』」である以上は、「自然法則を利用した技術的思想の創作」(特許法2条1項)であるべきことは当然であって、刊行物においてそのような技術的思想が開示されているといえない場合には、引用発明として認定することはできない。
 本件において、審決は、前記のとおり、引用発明として、「HCが部分酸化されて活性化されNOxの還元反応が進みやすくなり、結果的にHC及びNOx浄化率が高まる」との効果を認定しておきながら、その作用効果を奏するための必須の構成である「Ce−Zr−Pr複酸化物」を欠落して認定したものである。したがって、審決は、前記作用効果を奏するに必要な技術手段を認定していないこととなり、審決の認定した引用発明を、引用例1に記載された先行発明であると認定することはできない。よって、被告の主張は採用できない。

 判決では、以上のように、審決の引用発明の認定に誤りがあるとした上で、審決の引用発明の認定に誤りがある結果、相違点の認定にも誤りがあり、正しい引用発明を前提とすると、新規性がないとした審決の判断は誤りであり、かつ、正しく認定した相違点を前提とした場合に、相違点に係る構成を容易に想到できたものとはいえないとして、「独立特許要件(新規性、進歩性)を欠く」として補正を却下した審決を取り消した。

第5 考察
 「『刊行物に記載された“発明”』である以上は、『自然法則を利用した技術的思想の創作』(特許法2条1項)であるべきことは当然であって、刊行物においてそのような技術的思想が開示されているといえない場合には、引用発明として認定することはできない。」という知財高裁の判断が示された事案である。実務の参考になる部分があるので紹介した。
以上


〔戻る〕
鈴木正次特許事務所

最終更新日 '14/12/26