審決取消等請求事件(殺菌消毒液の製造方法)

解説 拒絶理由が通知されることなくなされた拒絶審決
 審決には本願発明の認定の誤り、引用発明認定の誤り、本願発明の新規性判断の誤り及び手続違背があると主張し提起した審決取消等請求事件において、出願人の防御権を保障し、手続の適正を確保するという観点から審決が取り消された事例
(知財高裁 平成24年(行ケ)第10405号 平成25年10月16日判決言渡)
 
第1 事案の概要
(1)原告は、発明の名称を「殺菌消毒液の製造方法」とする発明について、平成17年に特許出願したが、平成21年に拒絶査定を受けたので、同年11月これに対する不服の審判を請求し、特許庁はこれを不服2009−21966号として審理した。
 この審理において、特許庁は、平成24年7月18日付けで拒絶理由通知(最後)(以下「本件拒絶理由通知」という)を行い、原告は、請求項の数を2から1へ減少させるなどの手続補正(以下「本件補正」という)を行ったところ、特許庁は補正後の本願について、「本件審判の請求は成り立たない」との審決をした。
 そこで、原告(特許出願人)が拒絶査定不服審判不成立の審決の取消しを求めた事案である。
(2)審決の理由
 本願発明は、本願出願日前に頒布された刊行物である刊行物1に記載された発明(以下「引用発明」という)と、以下の点で一致し、相違点を有しないから、特許法第29条第1項第3号の規定により、新規性欠如で、特許を受けることができないというものである。
 「次亜塩素酸ナトリウムの水溶液に、炭酸ガスを混入した後に、塩酸の水溶液を溶解してpH調整を行うようにした希釈用濃縮殺菌消毒液の製造方法」。
(3)原告の主張
 原告は、審決には本願発明の認定の誤り、引用発明認定の誤り、本願発明の新規性判断の誤り及び手続違背があると主張し、本件を提起した。

第2 争点
 取消事由1(本願発明認定の誤り)
 取消事由2(引用発明認定の誤り)
 取消事由3(本願発明の新規性判断の誤り)
 取消事由4(手続違背)

第3 判決
(1)判決:特許庁が不服2009−21966号事件について平成24年10月9日にした審決を取り消す。
(2)当裁判所は、審決には、特許法159条2項の準用する同法50条に違反する違法があり(取消事由4)、かかる手続違背は審決の結論に影響を及ぼすものであるから、審決は取消しを免れないと判断する。
(3)原告は、平成24年8月27日、本件補正を行い、補正前発明1に係る請求項1を削除するとともに、補正前発明2を請求項1に繰り上げた上、同請求項中の明瞭でない記載の釈明を目的とする補正を行い、本願発明とした。これの審決は、平成24年10月9日に行われた。
(4)(取消事由4について)
 原告は、本願発明が刊行物1に記載された発明であり新規性を欠くとの拒絶理由は原告 に通知されていないから、審決には、特許法159条2項の準用する同法50条に反する違法があると主張する。
 本願発明が引用発明と一致し相違点を有しないから新規性を欠如するとの拒絶理由は、拒絶査定において示されていないから、特許法159条2項の「査定の理由と異なる拒絶理由」に当たる。そして、補正の内容に照らすと、本願発明は、実質的には補正前発明2に当たるところ、補正前発明2については、本件拒絶理由通知においては進歩性を欠如するとの拒絶理由(特許法第29条第2項該当)が通知されていたものの、補正前発明1とは異なり、引用発明との差異はないから新規性を欠如するとの拒絶理由が通知されたとは認められない。
 本件拒絶理由通知は、あえて補正前発明1についてのみ、引用発明と差異がないとの拒絶理由を通知し、補正前発明2については相違点(炭酸水の遊離炭酸濃度が、本願発明では100ppm〜3000ppmであるのに対し、引用発明ではそのような特定がなされていない)が存在することを理由に、進歩性を欠くとの拒絶理由のみを通知したに過ぎないから、原告において引用発明と同一であるとの拒絶理由が示されていることを認識することは困難であったと考えられる。
 そうすると、審決は、かかる拒絶の理由を通知することなく行った点で、同法50条の規定に違反したものと言わざるを得ず、出願人の防御権を保障し、手続の適正を確保するという観点からすれば、審決の結論に影響を及ぼすものというべきである。

第4 考察
 特許法50条には、審査官が出願の拒絶査定をする場合には、出願人に対し、その理由を通知して意見を述べる機会を与えなければならないことが規定されている。この特許法第50条の規定は、拒絶査定不服審判において査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合に準用されている(特許法第159条第2項)。
 特許庁が審決に先立って行った拒絶理由通知(本件拒絶理由通知)は、補正前の請求項1に発明についてのみ、引用発明と差異がないとし、実質的に本願発明にあたる補正前の請求項2の発明については、相違点が存在することを理由に進歩性を欠くとの拒絶理由通知をしたに過ぎないから、出願人である原告において、本件拒絶理由通知によって、補正前の請求項2の発明に対して引用発明と同一であるとの拒絶理由が示されていることを認識することは困難であったと考えられる。
 進歩性(特許法第29条第2項)の判断の対象となる発明は「(特許法第29条第1項各号に該当しない)新規性を有する『請求項に係る発明』」であるとされている(特許庁  特許・実用新案審査基準)。
 新規性欠如で本願発明は特許を受けることができないとした本件審決は、本願発明(補正前の請求項2の発明)に新規性欠如の拒絶理由が存在することを通知することなく行った点で、特許法第159条第2項の準用する同法50条の規定に違反したものであり、この手続違背が、審決の結論に影響を及ぼすとされたものである。
 実務の参考になる部分があるので紹介した。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '14/11/10