審決取消請求事件(発明の明確性の判断について)

解説 発明の明確性の判断についての審決取消請求事件
(知的財産高等裁判所 平成25年(行ケ)第10121号 平成25年11月28日判決言渡)
 
第1 事案の概要
 1.原告は、特許第3290336号(本件特許)に対して特許無効審判を請求した(無効2012−800126号)。特許庁は、平成25年3月19日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(本件審決)をし、原告は、本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。
2.本件発明
 本件特許の特許請求の範囲の請求項1は以下の通りであり、本件発明で、明確性要件充足が問題となっている請求項1の「その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間」は、請求項1から7まで共通している。
 【請求項1】金属板を円筒状に曲成しその両端部を接合することにより形成した胴部と、この胴部の下縁部に結合した底板、及び胴部の上縁部に装着したバランスリングとを具備するものにおいて、フィルタ部材を具え、このフィルタ部材が上下の全長で前記胴部の接合部を内側より覆い、その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間を前記バランスリング又は底板との間に余すことを特徴とする洗濯機の脱水槽。

 3.本件審決の理由の要旨
 本件審決の理由の要旨は、特許を受けようとする発明が明確であるとの要件(特許法第36条第6項第2号)を満たしていないとはいえない、というものである。

 4.取消事由
 原告が主張した取消理由は、明確性の要件(特許法第36条第6項第2号)に係る判断の誤りである。

第2 判決
 原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。

第3 判決の理由
(1) 原告は、フィルタ部材の全長より充分に小さな寸法がいかなる技術的意味を有するかは特許請求の範囲の記載からは不明であり、「充分に」とは比較の基準又は程度が不明確な表現であるから、本件発明の特許請求の範囲の記載は殊更に不明確な表現を用いることによりその技術的範囲を曖昧なものとしており、本件審決も、本件発明の「隙間」の技術的意義は特許請求の範囲の記載のみでは一義的に理解することはできないとする以上、本件発明の特許請求の範囲の記載が明確性の要件を充足していないことは明らかであるなどと主張する。
(2)本件発明において、「隙間」とは、胴部の接合部を内側より覆うフィルタ部材について、バランスリング又は底板との間に設けられた隙間を意味することは明らかであるところ、当該「隙間」は、フィルタ部材につき、「その上下の全長より充分に小さな寸法の」隙間であり、当該隙間を「バランスリング又は底板との間に余すこと」と特定されている。
(3)そして、本件発明における「その上下の全長」とは、「フィルタ部材の上下の全長」を意味することは明らかであるから、「その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間」とは、「フィルタ部材の上下の全長」より「充分に小さな寸法の隙間」と特定されていることが明らかである。
(4)したがって、本件発明の「充分に小さな寸法」とは、「フィルタ部材の上下の全長」を基準とした比較において「充分に小さな寸法」をいうことが明らかであり、基準となる長さが明示されている以上、「充分に」なる用語が用いられていることをもって、比較の基準又は程度が不明確であり、殊更に不明確な表現が用いられているということもできない。
(5)したがって、本件発明の特許請求の範囲の記載が直ちに明確性の要件を充足しないとはいえない。
(6)もっとも、特許請求の範囲の記載において特定された「フィルタ部材の上下の全長」に対して「充分に小さな寸法の隙間をバランスリング又は底板との間に余す」構成の技術的意義については、特許請求の範囲の記載からは明らかではないから、その技術的意義を明らかにするために本件明細書の記載を参酌することは、特定された構成の説明を本件明細書の記載に求めるにすぎず、当然に許容される。
(7)そこで、以下、本件明細書の記載を参酌して、明確性の要件を検討するが、上記構成の技術的意義が特許請求の範囲の記載のみでは一義的に理解することができないからといって、直ちに明確性の要件を充足しないとはいえないから、この点に関する原告の上記主張は採用することができない。
(8) 本件明細書の記載の参酌について
A 原告は、本件明細書における発明の効果に関する記載から本件発明の構成を想定することは、解決課題から解決手段を想定することに等しく、解決手段を開示することによって特許を得るという特許法の論理に反すると主張する。  しかしながら、発明の技術的意義は、その構成自体だけでなく、作用等も考慮して定められるものであるから、発明の技術的意義や特許請求の範囲に記載された発明特定事項を検討する際に、明細書の発明の詳細な説明に記載された構成だけではなく、発明の目的、課題及び効果を参酌することも当然に許されるのであって、参酌する範囲を構成に関する記載に限定する合理的理由はない。
B 本件発明は、「フィルタ部材の上下の全長」に対して「充分に小さな寸法の隙間」を設けることにより、(1) 「胴部の接合部を見えなく」し(死角の存在)、(2) 「その接合部に洗濯物が触れないようにできるばかりでなく」「洗濯物が挟まれるようになることなく」(接合部に洗濯物が触れないこと)、(3) 「組立性を悪くすることもなく達成できる洗濯の脱水槽を提供する」(熱膨張率の相違に基づく変形への対応)との効果を奏するものである。本件審決も、上記(1) ないし(3) の観点から、本件発明の明確性の要件を検討しているものである。
C 本件発明の「フィルタ部材の上下の全長」に対して「充分に小さな寸法の隙間」を設ける構成については、当業者が、(1) 使用者から胴部の接合部を見えなくするという死角を存在させるという技術的意義、(2) その接合部に洗濯物が触れないようにするという技術的意義、(3) 各部材の熱膨張率の相違が存在しても、隙間に洗濯物が挟まれないようにするという技術的意義を有することを前提として、適宜設定可能であるということができるから、当該構成は明確である。
D そうすると、本件発明の特許請求の範囲の記載は、請求項だけでなく、本件明細書の記載を参酌しても明確性の要件を充足するというべきであるから、本件審決の認定及び判断は相当であって、取り消すべき違法はない。

第4 考察
 従来の判例は、発明の要旨認定について、特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解できない、等の特段の事情があるときは、明細書の記載の参酌が許されるとされていた(リパーゼ事件)。
 本判決では、発明の構成要件の技術的意義が特許請求の範囲の記載のみでは一義的に理解することができないからといって、直ちに明確性の要件を充足しないとはいえず、明細書の記載を参酌して、明確性の要件を検討することが許容されることを確認した。
 このような解釈は、明確性の要件が求めているのは特許請求の範囲の記載それ自体ではなく、発明の明確性であることから許容される。また、明細書の記載の内、発明の作用効果に関する記載を参酌することにより、特許請求の範囲に記載された発明の明確性の要件の充足性をみとめ明細書の記載を参酌することが認められた。
 今後、実務の参考になる部分があるかと思われるので紹介した。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '15/3/23