債務不存在確認請求控訴事件(円筒式絞り機) |
---|
解説 |
民事訴訟法上の確認訴訟における訴えの利益に関する債務不存在確認請求控訴事件において、被控訴人は、控訴人製品が発明の技術的範囲に属するかを検討しておらず、現時点において特許権を行使する意思を有していないことから、確認の利益を認めることはできないと判断された事例 (知的財産高等裁判所 平成26年(ネ)第10052号 平成26年10月22日判決言渡)
〔原審 東京地裁 平成25年(ワ)第32026号〕 |
第1 事案の概要 |
本件は、控訴人(一審原告)が、被控訴人(一審被告)に対し、控訴人による控訴人製品の生産、譲渡等は、被控訴人の有する本件特許権(特許第3537377号。発明の名称:円筒式絞り機)を侵害するものではない旨主張し、被控訴人が、控訴人に対して、特許法100条1項に基づく差止請求権、廃棄請求権を有しないこと、不法行為に基づく損害賠償請求権、不当利得返還請求権を有しないことの確認を求めた事案である。
被控訴人は、本案に対する答弁をすることなく、控訴人の訴えは確認の利益を欠くものであるから不適法であるとして、訴えの却下の答弁を行った。 原審は、平成26年4月24日、控訴人の訴えを却下する旨の判決を言い渡したところ、控訴人は、同年5月7日に控訴した。 |
第2 争点 |
控訴人が訴えを提起したのは、控訴人旧製品に関する別件訴訟の和解を締結する過程において、控訴人が、被控訴人に対して、控訴人製品が本件発明の技術的範囲に属しないことの確認を求めたが、被控訴人が、技術的範囲の属否を明言することなく、回答を拒否し、控訴人製品の構成であれば当然に本件発明の範囲外と考える控訴人の主張は誤解であると伝えたためである。
原審は、被控訴人の上記対応につき、被控訴人は、控訴人製品が本件発明の技術的範囲に属するか否か明らかにしていないだけであり、本件発明の技術的範囲に属すると主張している訳ではないから、即時確定の利益がなく、確認の利益はないとして、控訴人の訴えを却下したが、これに対し、控訴人が控訴した。 |
第3 判決 |
本件控訴を棄却する。
|
(1)私的自治と自己責任の原則が妥当する私法の領域において、私人は、他の私人に対して自己の権利の有無に関して意見を求める権利を有するものではないことが原則であり、意見を求められた者がこれに回答すべき法律上の義務を負うものでもないのである。
|
(2)被控訴人が、控訴人の旧製品の構成を熟知していたという事情があるが、そうであるとしても、控訴人旧製品と控訴人製品との差異が、控訴人の説明の通り、スクレーパーの形状だけに止まるものであるのか否かは、被控訴人にとって真偽不明であり、被控訴人がこれを実際に確認したことを裏付ける資料はないから、被控訴人が控訴人製品の構成を承知していたとは認められない。
|
(3)従って、被控訴人の上記対応に際し、被控訴人は、控訴人製品の構造を確認したうえで、控訴人旧製品のY型スクレーパーを並行スクレーパーに設計変更したものと認めたわけではない。そして、被控訴人が、別件訴訟の対象ではない控訴人製品につき、別件訴訟の和解交渉の課程において、その構造を確認もせず、上申書や準備書面において何らかの発言をしたとしても、控訴人製品が本件特許権の特許請求の範囲に属すると確定的に意見表明したとは言えない。 上記書面の一部において、断定的な表現が用いられたとしても、上記認定には左右されない。 |
(4)また、現時点では、本件訂正(本件特許権に対する特許無効審判請求事件(無効2013−800218)において特許権者である被控訴人が行った訂正請求)は確定していない。そして、控訴人が指摘するこれまでの被控訴人の控訴人製品に関する言動は、いずれも本件訂正前になされたものに過ぎないから、それらが、訂正によって付加した構成要件についての充足を主張する趣旨の言動と評価する余地はないのであって、紛争の成熟性は一層低下したものと言える。また、本件訂正前の請求項を前提とした不法行為に基づく損賠賠償債務の不存在確認請求自体が、当事者間の紛争解決のための法的手段として適切なものとは言い難い。
従って、本件訂正が確定していない段階とは言え、確認の利益が認められないと言う結論は一層明らかと言える。 |
(5)以上により控訴人の本件訴えを却下した原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。
|
第4 考察 |
本件は民事訴訟法上の確認訴訟における訴えの利益に関するものである。
確認訴訟は、制限を設けなければ無限定に広がってしまう性質を持っている。 紛争の解決を目的とする訴訟制度を利用するには、単なる抽象的な争いの確認では不十分で、具体的な紛争が存在し、これを解決するものでなければならないとされている。 このような即時確定の利益を判決の中では「紛争の成熟性」と表現している。 原審判決は、特許権に基づく差止請求権、損害賠償請求権等の不存在確認の訴えについて確認の利益があると言うためには、特許権者である一審被告(本件被控訴人)が、一審原告(本件控訴人)に対し、一審原告(本件控訴人)の製造販売に係る製品等が当該特許発明の技術的範囲に属すると主張して訴訟外で差止め、損害賠償を請求し、または少なくともその意思を明確に示すことにより、原告と被告の間に特許侵害を巡る紛争が現実に存在していることを要するとした上で、本件において、被控訴人(一審被告)は、控訴人製品が発明の技術的範囲に属するかを検討しておらず、現時点において特許権を行使する意思を有していないことから、確認の利益を認めることはできないと判断して、訴えを却下した。 また、控訴審も、原審の判決を是認したものである。 特許権者から警告書などを受けた者は、特許権が存在していて正当な権限を有する者からの警告であるか否かの確認、警告を受けた製品等が特許発明の技術的範囲に属するか否かの検討、先使用権などの抗弁成立の可能性の検討、特許権に無効理由が存在していないか検討する先行技術調査、等を対応策として行う。そして、警告を受けた製品等が特許発明の技術的範囲に属しない場合、特許権に基づく差止請求権、損害賠償請求権等の不存在確認の訴えが対応策の一つとしてあげられることがある。 今後、実務の参考になる部分があるかと思われるので紹介した。 以上
|