損害賠償等請求事件(電話番号情報の自動作成装置)

解説 損害賠償等請求事件において、特許権者不実施の場合も含めて102条2項の請求が認められ、損害額の推定の一部覆滅という102条1項ただし書きによるのと類似の減額がされた事例
平成21年(ワ)第32515号 損害賠償等請求事件
(東京地方裁判所 平成26年1月30日判決言渡)
 
第1 事案の概要
 本件は、原告が、被告による被告装置の製造及び使用が、原告の有する特許権(特許第3998284号「電話番号情報の自動作成装置」)の侵害に当たる旨主張して、被告に対し、特許法100 条1項及び2項に基づき、上記装置の製造及び使用の差止め並びに廃棄を求めるとともに、特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償金のうち5億円及びこれに対する不法行為の後の日である平成21年10月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

第2 争点
(1)損害賠償請求の対象となる被告装置の構成(略)
(2)損害賠償対象装置が本件発明の技術的範囲に属するか(略)
(3)差止め及び廃棄の可否 (略)
(4)被告が賠償すべき原告の損害額
 この解説では争点4についての判決のみ紹介する。

第3 判決
 被告は、原告に対し、2748万5556円及びこれに対する平成21年10月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第4 判決の理由(争点(4)(被告が賠償すべき原告の損害額))
(1)被告は、被告装置2〜4を製造し、使用することにより本件特許権を侵害したものであり、この点につき過失があることが推定される(特許法103条)。したがって、被告は原告に対しこれにより原告に生じた損害の賠償をすべきものとなる。
(2)原告が特許法102条2項に基づく損害額の算定を主張するのに対し、 被告は同項の適用があることを争うので、まずこの点について検討する。
(2)−ア
 特許法102条2項は特許権者における損害額の立証の困難性を軽減する趣旨で設けられた規定であるから、侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合にはその適用が認められ、特許権者が特許に係る発明を実施していないことは、その適用を排除する理由にはならないと解される。
(2)−イ
 上記認定の事実によれば、原告は電話番号の利用状況の調査を必要とする顧客に原告装置を使用して蓄積された電話番号の利用状況履歴データベースを提供しているところ、原告装置が本件発明の実施品に当たらないとしても、被告と同種の営業を行っているものといえるから、侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情があるものと認められる。
(2)−ウ
 被告は、@ 原告装置は特定の566個の局番を発呼の対象から除外しているため、原告は本件発明を実施していないこと、A 被告の顧客は本件特許権の特許登録前からの顧客であり、原告の売上高はその後も減少していないこと、B 原告と被告の事業のほかにも他社による同種のサービスが多数存在すること、C 本件発明は物の発明であり、原告には本件発明に係る装置を利用して得られたデータの独占権があるわけではないことを根拠に、特許法102条2項の適用はないと主張する。
(2)−エ
 しかし、@については、原告は調査を必要としない局番を発呼の対象から除いているにすぎず、原告の逸失利益の発生を否定する事情ではない。
 また、A〜Cについては、同項の推定の覆滅事由として考慮する余地があるとしても(後記(2)−カ参照)、被告が本件発明の技術的範囲に属する装置を使用して利益を得ている以上、同項の規定の適用を排除する理由にはならないと解される。
(2)−オ
 後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば、被告が被告装置2〜4の製造及び使用により得た利益の額(携帯電話の調査に係る分を除く。)は、後記で認定する「被告事業による売上高」から後記で認定する「控除すべき費用」を控除した金額であると認めることができる。
(2)−カ
 特許法102条2項により損害の額を算定するに当たり、被告が得た利益のうちに当該特許発明の実施以外の要因により生じたと認められる部分があるときは、同項による推定を一部覆滅する事情があるものとして、その分を損害額から減ずることが相当である。
(2)−キ
 これを本件についてみると、被告は被告事業による利益を得るために被告の保有する3件の特許権に係る特許発明を実施していること、本件発明と同様の調査データを取得し得る方法として被告装置5の実施態様(b)等の代替的な方法があることに照らすと、本件発明の技術的意義はさほど高くなく、被告事業による利益に対する本件特許の寄与は限定的なものであるというべきである。さらに、特許権侵害期間の被告の顧客のうち6割以上は本件特許権の特許登録前からの被告の顧客であること、原告の事業や被告事業と同種のサービスが多数存在していることなど本件の証拠上認められる一切の事情によれば、上記利益が特許権侵害による原告の損害であるとの推定を覆滅する事情があると認められ、その割合は75%であると評価するのが相当である。
(2)−ク
 したがって、特許法102条2項に基づいて算定される損害額は、上記の利益額(「被告事業による売上高」から「控除すべき費用」を控除した金額)に25%を乗じた2498万5556円であり、原告がこれを上回る損害を被ったことを認めるに足りる証拠はない。

第5 考察
 従来の判例・学説は、特許法102条2項の推定の前提として、特許権者による特許発明の実施を要するか否かについて分かれていた。そのような中、知財高裁大合議判決〔紙おむつ処理容器事件 知財高裁 平成24年(ネ)第10015号 判決:平成25年2月1日〕は、特許権者に、侵害者による特許権侵害行為がなかったならば、利益が得られたであろうという事情が存在する場合には、特許権者が自ら特許発明を実施していない場合であっても、特許法102条2項の推定が及ぶとした。
 但し、該判決は特許権者が日本国内では特許製品を販売していないが、国内販売店を通じて特許製品を販売して特許製品を販売しており、特許権者と侵害者が市場で競合関係にあるとされたやや特殊な事案に関するものであったため、これ以外のどのような場合に上記事情が認められるかについて、注目されていた。
 本件は、特許権者不実施の場合も含めて102条2項の請求が認められ、また、本判決のように損害額の推定の一部覆滅という、102条1項ただし書きによるのと類似の減額がされた例である。
 今後、実務の参考になる部分があるかと思われるので紹介した。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '16/05/05