特許権侵害差止等事件(ごみ貯蔵機器)

解説 特許法102条2項の損害額の算定方法についての特許権侵害差止等本訴、損害賠償反訴請求控訴事件
(平成24年(ネ)第10015号 知財高裁 平成25年2月1日 大合議判決言渡)
 
第1 事案の概要
 発明の名称を「ごみ貯蔵機器」とする本件特許権(特許第4402165号)を有する一審原告が、一審被告に対し、一審被告が輸入・販売する紙おむつ用のごみ貯蔵カセットは本件特許権等を侵害するとして、一審被告製品の輸入販売等の差止め及び廃棄、並びに損害賠償を求めた。
 主な争点は、一審被告製品が本件特許発明の技術的範囲に属するか(争点1)、一審被告の本件特許権侵害による一審原告の損害額の算定方法(争点2)である。
 原判決(東京地裁 平成21年(ワ)第44391号(本訴)、平成23年(ワ)第19340号(反訴))は、争点1について、一審被告製品は、本件特許発明の技術的範囲に属し、本件特許権を侵害すると判断した。争点2について、特許法102条2項の適用には、特許権者が特許発明を実施していることを要するとの立場から、一審原告は、本件特許発明の実施をしていないとして、同項による損害額の推定は認められないと判断し、同条3項に基づき、実施料相当額の損害を認容した。
 本判決は、争点1についての原判決の判断を是認した上で、争点2で原判決の損害賠償認容額を変更した。
 この解説では、争点2についてのみ紹介する。

第2 判決(要旨)
 被告製品は本件特許発明の技術的範囲に属する。
 原判決の損害賠償認容額を変更する(増額する)。

第3 判決の理由
1 特許法102条2項を適用するための要件について
 特許法102条2項は、「特許権者が故意又は過失により自己の特許権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為により利益を受けているときは、その利益の額は、特許権者が受けた損害の額と推定する。」と規定する。
 特許法102条2項は、民法の原則の下では特許権侵害によって特許権者が被った損害賠償を求めるためには特許権者において、損害の発生及び額、これと特許権侵害行為との間の因果関係を主張、立証しければならないところ、その立証等には困難が伴い、その結果、妥当な損害の填補がされないという不都合が生じ得ることに照らして、侵害者が侵害行為によって利益を受けているときは、その利益額を特許権者の損害額と推定するとして、立証の困難性の軽減を図った規定である。
 このように、特許法102条2項は、損害額の立証の困難性を軽減する趣旨で設けられた規定であって、その効果も推定にすぎないことからすれば、同項を適用するための要件を、殊更厳格なものとする合理的な理由はないというべきである。
 したがって特許権者に、侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合には、特許法102条2項の適用が認められると解すべきであり、特許権者と侵害者の業務態様等に相違が存在するなどの諸事情は、推定された損害額を覆滅する事情として考慮されるとするのが相当である。
 そして、後に述べるとおり、特許法102条2項の適用に当たり、特許権者において、当該特許発明を実施していることを要件とするものではないというべきである。

2 本件についての判断
 一審原告は、A社との間で販売店契約を締結しこれに基づき、A社を日本国内における一審原告製品の販売店とし、A社に対し、英国で製造した本件特許発明に係る一審原告製カセットを販売(輸出)している。A社は、一審原告製カセットを、日本国内において、一般消費者に対し、販売している。そこで、一審原告は一審原告製カセットを日本国内販売しているといえる。
 一審被告は、一審被告製品を日本国内に輸入し、販売することにより、一審原告とごみ貯蔵カセットに係る日本国内の市場においてA社のみならず一審原告とも競業関係にあり、一審被告の侵害行為(一審被告製品の販売)により、一審原告製カセットの日本国内での売上げが減少していることが認められる。
 一審原告には、一審被告の侵害行為がなかったならば、利益が得られたであろうという事情が認められるから、一審原告の損害額の算定につき、特許法102条2項の適用が排除される理由はないというべきである。
 一審被告は、特許法102条2項が損害の発生自体を推定する規定ではないことや属地主義の原則の見地から、同項が適用されるためには、特許権者が当該特許発明について、日本国内において、同法2条3項所定の「実施」を行っていることを要する、一審原告は、日本国内では、本件特許発明に係る一審原告製カセットの販売等を行っておらず、一審原告の損害額の算定につき、同法102条2項の適用は否定されるべきである、と主張する。
 しかし、特許法102条2項には、特許権者が当該特許発明の実施をしていることを要する旨の文言は存在しないこと、同項は、損害額の立証の困難性を軽減する趣旨で設けられたものであり、また、推定規定であることに照らすならば、同項を適用するに当たって、殊更厳格な要件を課すことは妥当を欠くというべきであることなどを総合すれば、特許権者が当該特許発明を実施していることは、同項を適用するための要件とはいえない。
 特許権者に、侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合には、特許法102条2項の適用が認められると解すべきである。
 したがって、本件においては、一審原告の上記行為が特許法2条3項所定の「実施」に当たるか否かにかかわらず、同法102条2項を適用することができる。また、このように解したとしても、本件特許権の効力を日本国外に及ぼすものではなく、いわゆる属地主義の原則に反するとはいえない。
 以上のとおり、一審被告の主張は採用することができず、一審原告の損害額の算定については、特許法102条2項を適用することができ、同項による推定が及ぶ。

第4 考察
 特許法102条2項は、特許権侵害のあったとき、損害賠償請求する際に、侵害者が侵害行為により得た利益の額を、特許権者等が受けた損害の額と推定することを規定している。
 特許法102条2項の適用に関し、特許権者等において、特許発明を実施していることを要件とするか否かについて、裁判例および学説上解釈が分かれていた。
 知財高裁は、大合議事件として審理し、本判決で、特許法102条2項の適用について、特許権者において、当該特許発明を実施していることを要件とするものではなく、特許権者に、侵害者による特許権侵害がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合には、同項の適用が認められると解すべきであるとした。
 今後、実務の参考になる部分があるかと思われるので紹介した。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '15/7/14