特許権侵害差止請求事件(プロダクト・バイ・プロセス・クレームについて)

解説 プロダクト・バイ・プロセス・クレームに係る特許権に関する特許権侵害差止請求事件において、最高裁が知財高裁の出した(5人の裁判官で慎重審議する)大合議判決を初めて破棄し、知財高裁に差し戻した事例
(最高裁 第二小法廷・平成24年(受)第1204号 判決言渡 平成27年6月5日
原審 知的財産高等裁判所 平成22年(ネ)第10043号
大合議判決・言渡 平成24年1月27日)
 
第1 事案の概要
 本件は、特許が物の発明についてされている場合において、特許請求の範囲にその物の製造方法の記載があるいわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレームに係る特許権を有する上告人が、被上告人の製造販売に係る医薬品は上告人の特許権を侵害しているとして、被上告人に対し、当該医薬品の製造販売の差止め及びその廃棄を求める事案である。被上告人は、当該医薬品が上告人の特許の特許発明の技術的範囲に属しないなどと主張しており、物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法の記載がある場合における特許発明の技術的範囲の確定の在り方が争われている。

第2 原審の判断
 原審は、次のとおり判断して、上告人の請求を棄却すべきものとした。
(1)物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法の記載がある場合における当該発明の技術的範囲は、当該物をその構造又は特性により直接特定することが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在するときでない限り、特許請求の範囲に記載された製造方法により製造される物に限定して確定されるべきである。
(2)本件発明には上記(1)の事情が存在するとはいえないから、本件発明の技術的範囲は、当該製造方法により製造された物に限定して確定されるべきである。そして、被上告人製品の製造方法は、少なくとも本件特許請求の範囲に記載されている「a)プラバスタチンの濃縮有機溶液を形成」することを含むものではないから、被上告人製品は、本件発明の技術的範囲に属しない。

第3 最高裁の判決
 原審の示した上記(1)の基準は是認することができず、そうすると、それを前提とした上記(2)の判断も是認することができない。その理由は、次のとおりである。
(1) 願書に添付した特許請求の範囲の記載は、これに基づいて、特許発明の技術的範囲が定められ(特許法70条1項)、かつ、同法29条等所定の特許の要件について審査する前提となる特許出願に係る発明の要旨が認定される(最高裁昭和62年(行ツ)第3号平成3年3月8日第二小法廷判決・民集第45巻3号123頁参照)という役割を有しているものである。そして、特許は、物の発明、方法の発明又は物を生産する方法の発明についてされるところ、特許が物の発明についてされている場合には、その特許権の効力は、当該物と構造、特性等が同一である物であれば、その製造方法にかかわらず及ぶこととなる。
 したがって、物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合であっても、その特許発明の技術的範囲は、当該製造方法により製造された物と構造、特性等が同一である物として確定されるものと解するのが相当である。
(2)特許法36条6項2号によれば、特許請求の範囲の記載は、「発明が明確であること」という要件に適合するものでなければならない。
 特許制度は、発明を公開した者に独占的な権利である特許権を付与することによって、特許権者についてはその発明を保護し、一方で第三者については特許に係る発明の内容を把握させることにより、その発明の利用を図ることを通じて、発明を奨励し、もって産業の発達に寄与することを目的とするものであるところ(特許法1条参照)、同法36条6項2号が特許請求の範囲の記載において発明の明確性を要求しているのは、この目的を踏まえたものであると解することができる。
 この観点からみると、物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されているあらゆる場合に、その特許権の効力が当該製造方法により製造された物と構造、特性等が同一である物に及ぶものとして特許発明の技術的範囲を確定するとするならば、これにより、第三者の利益が不当に害されることが生じかねず、問題がある。
 すなわち、物の発明についての特許に係る特許請求の範囲において、その製造方法が記載されていると、一般的には、当該製造方法が当該物のどのような構造若しくは特性を表しているのか、又は物の発明であってもその特許発明の技術的範囲を当該製造方法により製造された物に限定しているのかが不明であり、特許請求の範囲等の記載を読む者において、当該発明の内容を明確に理解することができず、権利者がどの範囲において独占権を有するのかについて予測可能性を奪うことになり、適当ではない。
 他方、物の発明についての特許に係る特許請求の範囲においては、通常、当該物についてその構造又は特性を明記して直接特定することになるが、その具体的内容、性質等によっては、出願時において当該物の構造又は特性を解析することが技術的に不可能であったり、特許出願の性質上、迅速性等を必要とすることに鑑みて、特定する作業を行うことに著しく過大な経済的支出や時間を要するなど、出願人にこのような特定を要求することがおよそ実際的でない場合もあり得るところである。
 そうすると、物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法を記載することを一切認めないとすべきではなく、上記のような事情がある場合には、当該製造方法により製造された物と構造、特性等が同一である物として特許発明の技術的範囲を確定しても、第三者の利益を不当に害することがないというべきである。
 以上によれば、物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合において、当該特許請求の範囲の記載が特許法36条6項2号にいう「発明が明確であること」という要件に適合するといえるのは、出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか、又はおよそ実際的でないという事情が存在するときに限られると解するのが相当である。
(3)以上と異なり、物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合において、そのような特許請求の範囲の記載を一般的に許容しつつ、その特許発明の技術的範囲は、原則として、特許請求の範囲に記載された製造方法により製造された物に限定して確定されるべきものとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。
 論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本判決の示すところに従い、本件発明の技術的範囲を確定し、更に本件特許請求の範囲の記載が上記(2)の事情が存在するものとして「発明が明確であること」という要件に適合し認められるものであるか否か等について審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。

第4 考察
 特許は、物の発明、方法の発明又は物を生産する方法の発明がある。物の発明についての特許に係る特許請求の範囲に、その物の製造方法の記載がある場合における発明の要旨の認定(技術的範囲の確定)のあり方が問題となった。
 本判決は、知財高裁の出した(5人の裁判官で慎重審議する)大合議判決を破棄し、知財高裁に差し戻したものである。最高裁が知財高裁の大合議判決を破棄するのは、これが初めてのケースである。従って、知財高裁では、この最高裁の判断の範囲内で再度検討することになる。
 判決は、4人の裁判官の全員一致である。結論には賛成であるが、千葉勝美裁判官の補足意見、山本庸幸裁判官の意見が付されている。
 今後、実務の参考になる部分があるかと思われるので紹介した。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '15/10/23