拒絶査定不服審判審決取消請求事件(ロウ付け用のアルミニウム合金製の帯材) |
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解説 |
拒絶査定不服審判審決取消請求事件において、進歩性判断となる技術常識が時代により変遷することを考慮した事例
(知財高裁 平成25年(行ケ)第10277号 平成26年8月27日判決言渡)
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第1 事案の概要 |
原告は、平成16年11月24日、発明の名称を「ロウ付け用のアルミニウム合金製の帯材」とする国際出願をした(特願2006−540530号。パリ条約による優先権主張:2003年11月28日 フランス共和国)。原告は、平成24年2月14日、拒絶査定を受け、同年3月16日、審判請求をする(不服2012−5039号事件)とともに補正を行った。特許庁は、平成25年5月27日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、同年6月17日に原告に送達された。原告が拒絶審決取消訴訟を提起したものである。
審決が認定した本願発明の要旨、刊行物2(特開2000−303132号公報)記載の発明(引用発明)、本願発明と引用発明との一致点、本願発明と引用発明との相違点1、2を、判決はすべて認めた。 審決及び判決が認定した相違点2は次の通りである。 「本願発明は、管理された窒素の雰囲気下でフラックスレスのろう付けによってろう付けされた部材を製造するための芯材用のアルミニウム合金製の帯材又は板材であるのに対し、引用発明は、真空雰囲気下でのろう付けによってろう付け部材を製造するための芯材用アルミニウム合金製の帯材又は板材である。」 審決は、相違点2について、「フラックスレスろう付けの手法として、真空ろう付け法と窒素ガス雰囲気ろう付け法がともに技術常識であることから、相違点2に係る構成は、当業者が容易に想到できるもの」と判断した。 一方、判決は、「相違点2に係る構成を当業者が容易に想到し得たとはいえず、この点に関する審決の判断は誤りである。」として審決を取り消した。 以下、「審決の判断は誤り。」とした判決の部分に絞って紹介する。 |
第2 判決の理由 |
本願出願時の技術常識
遅くとも平成7年ころには、アルミニウムのろう付けの分類として、フラックス法とフラックスレス法があること、フラックスレス法には真空法と雰囲気法があること、雰囲気法には窒素ガス中で行うものがあること、ろう付けを良くするためにはろう材や芯材に工夫をすることが一般的であり、ろう付けに用いられるろう材の基本組成として、真空法ではAl−Si−Mg系であり、雰囲気法ではAl−Si−微量添加元素(Bi、Be、Sr等)であること、芯材の基本構成として、窒素雰囲気下ではMgを微量添加することが知られていた。 アルミニウム合金ブレージングシート(芯材とろう材を熱間圧延工程でクラッド圧延した板)を使用してろう付けする際に、どのような成分組成のものが使用されるかは、通常、ろう付け法により決せられ、真空雰囲気下でのろう付け法と、管理された窒素雰囲気下でのろう付け法が、いずれも同じフラックスレスろう付け法であるとしても、これらのろう付け法において使用されるろう材、芯材は、通常、区別されるものであるとされていた。 |
相違点2の容易想到性について
本願発明は、管理された窒素雰囲気でのろう付けによるものであるのに対して、引用発明は、真空雰囲気下でのろう付けによるものであるという相違点があるのであり、相違点2に係る構成が当業者にとって容易に想到し得るものか否かは、結局、刊行物2に記載されたイットリウムの使用が、管理された窒素雰囲気下でのろう付けにも使用できるという示唆があるかどうか、また、本願出願時の技術常識から、それぞれのろう付け法におけるろう材や芯材の相互の互換性があるといえるか否かにより判断されるべきである。 刊行物2そのものには、管理された窒素雰囲気下でのろう付けについて、何らの記載も示唆もない。また、芯材用アルミニウム合金にイットリウムを含有させることにより、管理された窒素雰囲気下でのろう付けにおいて、改善されたろう付け性が得られることについて、何らの記載も示唆もない。 そして、本願出願時には、ろう付け法ごとに、それぞれ特定の組成を持ったろう材や芯材が使用されることが既に技術常識となっており、ろう付け法の違いを超えて相互にろう材や芯材を容易に利用できるという技術的知見は認められない。 したがって、真空雰囲気下でのろう付け法である引用発明において、芯材用アルミニウム合金にイットリウムを含有させることにより、ろう付けの際に生じるエロージョンを抑制することができるものであるとしても、管理された窒素雰囲気下でのろう付け法において、改善されたろう付け性が得られるかどうかは、試行錯誤なしに当然に導き出せる結論ではない。 被告は、真空ろう付け法と窒素ガス雰囲気ろう付け法は、いずれもフラックスレスのろう付け法として、当業者において良く知られた技術であり(乙1〜7)、また、特開昭62−13259号公報(乙1)、特開昭58−163573号公報(乙4)、特開昭53−131253号公報(乙5)、特開昭63−157000号公報(乙6)、特開昭61−7088号公報(乙7)には、これらのろう付け法が並列して記載されていることからすると、これらのろう付け法は、当業者にとって適宜置換可能な方法といえるから、刊行物2に接した当業者であれば、刊行物2に記載された材料からなる芯材用アルミニウム合金製の帯材又は板材を、真空ろう付け法だけでなく、窒素ガス雰囲気ろう付け法にも使用できることを容易に理解すると主張する。 確かに、上記乙1、5〜7の記載によると、昭和50年代から昭和60年代初めにかけて、ろう付け法の種類に着目することなく、芯材、ろう材や母材にBe、Biを添加する方法がろう付け性向上のための技術思想として把握されていたことがうかがわれる。 しかしながら、ろう付け法が並列に記載されていることと、各方法において利用されていた技術が相互に容易に置換可能であることは別次元の問題であって、その後の本願出願時においては、技術常識として、真空ろう付け法と窒素ガス雰囲気ろう付け法とでは、使用されるアルミニウム合金ブレージングシートは、通常、区別されるものであるとされていたと認められるから、当業者にとって、真空ろう付け法において使用できた芯材を、窒素ガス雰囲気下のろう付け法において、当然に利用できると認識することは困難といえる。 したがって、乙1、4〜7に、真空ろう付け法と窒素ガス雰囲気ろう付け法が並列して記載されているからといって、これらのろう付け法が、当業者にとって適宜置換可能な方法であることにはならない。 |
第3 考察 |
特許出願前に多数の文献に記載されていた技術事項は一般的には技術常識になり、拒絶理由・無効理由を構成する先行技術になると思われるが、本件判決では、特許出願時の技術常識を考慮に入れて判断が行われた。
拒絶理由通知書に引用された先行技術文献の引例としての適格性検討、異議申立・特許無効審判でどのような先行技術文献を採用するか、時代の経過に応じて技術常識に変遷が生じ得ることや、特許出願時の技術常識を考慮に入れる慎重さが要請されることになる。 今後、実務の参考になる部分があると思われるので紹介した。 以上
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